第五十一章 光の前夜
十月二十二日。京都。
十月二十三日の前夜。
直人、真琴、早川の三人は、京都市内のホテルに集結した。真壁透も京都に来ている。三条冬美は、膝の療養中だが、電話で連絡が取れる状態だ。
明日の夜、京都御所から見上げた夜空に、五つの星が百五十七年ぶりに勾玉を描く。
だが問題があった。京都御所は夜間立入禁止だ。
「忍び込むんすか」早川が不安そうに言った。
「必要ない」真琴が答えた。「京都御所の一般公開は申し込みで利用できますが、夜間は不可です。ただし——宮内庁職員は業務上の理由で夜間立入が可能です」
「業務上の理由って何すか」
「文化財の夜間点検。照明条件での保存状態確認。——名目はいくらでも作れます」
直人は真琴を見た。
「九条さん。それはかなりのリスクだ。監査の最中に——」
「リスクは承知しています。でも、京都御所の中から見なければ意味がないのでしょう。早川さんの解析では、星の配置は観測地点の緯度経度に依存する。京都御所の特定の座標から見なければ、勾玉は完全な形にならない」
「ですね」早川が頷いた。「具体的には、御所の紫宸殿の南庭。左近の桜と右近の橘の間。そこがピンポイントの観測地点っす。北緯35度01分28.7秒、東経135度45分44.2秒。この座標から、明日の午後十一時十七分に天頂を見上げると——五つの星が勾玉を描く」
「紫宸殿の南庭……」真琴が呟いた。「即位礼が行われる場所です」
天皇の即位の儀式が行われる場所から、百五十七年前の暗号が完成する星空を見上げる。
「九条さん」
「はい」
「無理をしないでほしい。俺たちは御所の外からでも——」
「直人さん」
真琴の声には、もう迷いがなかった。
「私がやります。宮内庁の職員でなければ、夜の御所には入れません。これは——私にしかできないことです」
直人は真琴の目を見つめた。
あの修復室で、毎朝コーヒーを差し入れていた女性。「鷺宮様」の不器用な字。紺のスーツ。父の期待に沿って歩いてきた人生。
その人が今——自分の意志で、夜の京都御所に踏み込もうとしている。
「分かりました。任せます」
真琴は小さく頷いた。
三人はホテルの部屋で、明日の計画を詰めた。真琴が御所に入り、紫宸殿の南庭で星を観測する。直人と早川は御所の外——今出川御門の近くで待機し、真琴からのリアルタイム映像を受信する。真壁は独自に行動する。
「一つ確認」早川が言った。「星を見て——何が起きるんすか。物理的に何か変化するわけじゃないっすよね。星は星。地上の封印が連動して動くとか、そういうオカルトな展開は——」
「ない」直人が断言した。「物理的には何も起きない。五つの星が勾玉を描くのは天文学的な事象であって、超自然現象ではない。だが——」
「だが?」
「暗号の設計者は、百五十七年後にこの星の配置が再現されることを計算していた。それは単なるタイムリミットの設定ではなく——暗号を解読した人間に、空を見上げさせるための仕掛けだ」
「空を見上げる?」
「百五十年前の人間と、今の俺たちが、同じ空を見る。同じ星を見る。それは——時間を超えた対話だ。設計者は百五十七年後の誰かに、空を見上げて何かを感じてほしかった。何を感じるかは——見た人間次第だ」
早川はしばらく黙った後、ぽつりと言った。
「ロマンチストっすね、設計者も先輩も」
直人は笑わなかった。
「修復士は全員ロマンチストだ。過去の遺物に、未来の価値を見る仕事だから」




