表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

第五十一章 光の前夜  

十月二十二日。京都。

 十月二十三日の前夜。

 直人、真琴、早川の三人は、京都市内のホテルに集結した。真壁透も京都に来ている。三条冬美は、膝の療養中だが、電話で連絡が取れる状態だ。

 明日の夜、京都御所から見上げた夜空に、五つの星が百五十七年ぶりに勾玉を描く。

 だが問題があった。京都御所は夜間立入禁止だ。

「忍び込むんすか」早川が不安そうに言った。

「必要ない」真琴が答えた。「京都御所の一般公開は申し込みで利用できますが、夜間は不可です。ただし——宮内庁職員は業務上の理由で夜間立入が可能です」

「業務上の理由って何すか」

「文化財の夜間点検。照明条件での保存状態確認。——名目はいくらでも作れます」

 直人は真琴を見た。

「九条さん。それはかなりのリスクだ。監査の最中に——」

「リスクは承知しています。でも、京都御所の中から見なければ意味がないのでしょう。早川さんの解析では、星の配置は観測地点の緯度経度に依存する。京都御所の特定の座標から見なければ、勾玉は完全な形にならない」

「ですね」早川が頷いた。「具体的には、御所の紫宸殿の南庭。左近の桜と右近の橘の間。そこがピンポイントの観測地点っす。北緯35度01分28.7秒、東経135度45分44.2秒。この座標から、明日の午後十一時十七分に天頂を見上げると——五つの星が勾玉を描く」

「紫宸殿の南庭……」真琴が呟いた。「即位礼が行われる場所です」

 天皇の即位の儀式が行われる場所から、百五十七年前の暗号が完成する星空を見上げる。

「九条さん」

「はい」

「無理をしないでほしい。俺たちは御所の外からでも——」

「直人さん」

 真琴の声には、もう迷いがなかった。

「私がやります。宮内庁の職員でなければ、夜の御所には入れません。これは——私にしかできないことです」

 直人は真琴の目を見つめた。

 あの修復室で、毎朝コーヒーを差し入れていた女性。「鷺宮様」の不器用な字。紺のスーツ。父の期待に沿って歩いてきた人生。

 その人が今——自分の意志で、夜の京都御所に踏み込もうとしている。

「分かりました。任せます」

 真琴は小さく頷いた。

 三人はホテルの部屋で、明日の計画を詰めた。真琴が御所に入り、紫宸殿の南庭で星を観測する。直人と早川は御所の外——今出川御門の近くで待機し、真琴からのリアルタイム映像を受信する。真壁は独自に行動する。

「一つ確認」早川が言った。「星を見て——何が起きるんすか。物理的に何か変化するわけじゃないっすよね。星は星。地上の封印が連動して動くとか、そういうオカルトな展開は——」

「ない」直人が断言した。「物理的には何も起きない。五つの星が勾玉を描くのは天文学的な事象であって、超自然現象ではない。だが——」

「だが?」

「暗号の設計者は、百五十七年後にこの星の配置が再現されることを計算していた。それは単なるタイムリミットの設定ではなく——暗号を解読した人間に、空を見上げさせるための仕掛けだ」

「空を見上げる?」

「百五十年前の人間と、今の俺たちが、同じ空を見る。同じ星を見る。それは——時間を超えた対話だ。設計者は百五十七年後の誰かに、空を見上げて何かを感じてほしかった。何を感じるかは——見た人間次第だ」

 早川はしばらく黙った後、ぽつりと言った。

「ロマンチストっすね、設計者も先輩も」

 直人は笑わなかった。

「修復士は全員ロマンチストだ。過去の遺物に、未来の価値を見る仕事だから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ