第五十章 紙繊維差
十月二十日。夜。那覇のホテル。
直人は持参した二重和紙の高精細スキャンデータをタブレットで確認していた。
第一部の調査以降、何度も見返したデータだ。だが今は、新しい目で見ている。百八番目の要素を探す目で。
二重和紙の上層——楮紙と、下層——雁皮紙。二つの紙の繊維の差異は、最初の発見の時点で確認していた。だが、繊維の差異そのものに情報が含まれている可能性は検討していなかった。
直人は早川に連絡した。
『二重和紙の上層と下層の繊維構造を、もう一度比較解析してくれ。今回は繊維の方向だけでなく、繊維の密度分布を二次元マッピングしてほしい。上層と下層を重ね合わせたとき、密度分布の差分に何かパターンがないか確認しろ。』
早川の返信は一時間後。
『やりました。上層の楮紙と下層の雁皮紙、繊維密度の差分マッピング。パターンあります。差分を画像化すると——文字が浮かぶ。二枚の紙を重ねて初めて読める文字。一枚だけでは見えない。』
『何と書いてある。』
『漢字一文字。「空」。』
空。
空白の「空」。空虚の「空」。仏教の「空」。
そして——空は「そら」とも読む。天。天孫降臨の「天」。
直人は文字の意味を反芻した。
上層と下層を重ねて初めて浮かぶ文字。維持と更新を重ねて初めて見える真実。
「空」は——未央印の本質を示している。未央印は形のない印。空の印。何も刻まれていない印。
だが、仏教の「空」は「何もない」という意味ではない。「固定された実体がない」という意味だ。すべてのものは変化し、相互に依存し、固定された本質を持たない。
国家も同じだ。固定された国家は死んだ国家。変化する国家は生きた国家。設計者の思想と、仏教の「空」が重なる。
直人はタブレットを閉じ、天井を見つめた。
百八番目の要素は——「空」か。
いや。「空」は繊維の差分から浮かんだパターンであり、最初から和紙に仕込まれていた。これは百七の要素の中にすでに含まれている。数え漏れていただけだ。
では、百八番目は——本当にまだ存在しないのか。
直人の中で、一つの仮説が形を取り始めた。
百八番目の要素は、設計者が仕込んだものではない。百八番目は——暗号を受け取った人間が、自分自身で加える要素なのだ。
「核心は汝自身の中にあり」。
百八番目は——直人自身が書く。




