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第四十九章 沖縄再訪  

十月二十日。

 直人は再び沖縄にいた。

 今回は一人だった。真琴は書陵部の監査対応で東京を離れられない。早川はデータ解析の最終段階に入っている。

 目的は一つ。沖縄の洞窟が封鎖される前に確認できなかった情報——壁面の空白部分の指紋と、その周囲の微細な痕跡を、もう一度調べること。

 だが、洞窟は立入制限区域に指定されている。合法的にはアクセスできない。

 直人は摩文仁の崖の上に立った。亀裂の周囲には、立入禁止のテープとフェンスが設置されている。監視カメラが一台、フェンスの支柱に取り付けられていた。

 直人はフェンスの前で立ち止まった。

 侵入すれば、法に触れる。文化財保護法違反。最悪の場合、逮捕。修復士の資格も危うくなる。

 直人は引き返した。

 だが、引き返す途中で——別のものを見つけた。

 崖の縁から少し離れた場所。琉球石灰岩の露頭。亀裂とは関係のない、自然の岩場。

 その岩場の表面に、真琴が最初に発見した螺旋と同じパターンの——だが、はるかに大きな螺旋が、風化に半ば隠されて存在していた。

 直径五メートルほどの巨大な螺旋。岩肌の凹凸に紛れているが、修復士の目には人工の線と自然の風化の区別がつく。

 直人はしゃがみ込み、螺旋を辿った。

 螺旋の中心に——石が一つ、埋め込まれていた。周囲の琉球石灰岩とは異なる、黒い石。玄武岩だ。

 沖縄に玄武岩は珍しくない。だがこの玄武岩は、明らかに加工されていた。表面が磨かれ、形は——

 勾玉の形をしていた。

 長さ十センチほどの、黒い玄武岩の勾玉。

 直人は手を伸ばしかけて——止めた。

 触れてはならない。これは物証だ。現状を記録してから、慎重に扱う必要がある。

 写真を撮り、早川に送った。

『沖縄、洞窟の外で新発見。崖上の岩場に巨大螺旋と玄武岩の勾玉。洞窟内の封印とは別系統の物証の可能性がある。解析を頼む。』

 早川の返信。

『玄武岩の勾玉!? 先輩、それ、三種の神器の八尺瓊勾玉の——レプリカとかそういう話っすか?』

『分からない。だが勾玉の形に加工された石が、五番目の座標の近くに埋め込まれている。偶然ではない。』

『写真の解像度を上げてもう一回送ってもらっていいすか。勾玉の表面に文字とか記号がないか確認したい。』

 直人は超接写で勾玉の表面を撮影した。

 表面は滑らかだったが、一箇所だけ——勾玉の「目」にあたる穴の内側に、微細な刻みがあった。

 早川が解析した。

『刻みは——数字です。三桁。「一〇八」。百八。先輩、百八って——煩悩の数っすよね。除夜の鐘の。でもこの文脈だと——』

 直人の思考が一気に加速した。

 百八。

 全百八章。三部作の総章数。

 それは——この物語の構造そのものを指している。

 だが直人にとっての「百八」は別の意味を持った。仏教における百八の煩悩。煩悩を消すのではなく、煩悩を抱えたまま生きること。不完全なまま在ること。

 未完であること。

「早川。百八は——章の数じゃない。これは設計者が選んだ数だ。百八の煩悩。人間の不完全さを肯定する数。設計者はこの暗号全体を、百八の要素で構成したはずだ」

「百八の要素?」

「物証、座標、文字、記号、日付、人名——暗号を構成する全要素を数えろ。百八に近い数になるはずだ」

 早川は三時間かけて、これまでに発見された暗号の全要素をリスト化した。

 結果。

『百七。あと一個足りないっす。』

 百七。あと一つ。

 百八番目の要素。それが暗号の最後のピースだ。

「何が足りない」

「分かりません。でも——先輩がさっき見つけた勾玉を数に入れて百七です。もう一つ、どこかに未発見の要素がある」

 直人は崖の上に立ち、海を見つめた。

 百八番目の要素。

 それは——まだ見つかっていない。あるいは、まだ存在していない。これから生まれる要素なのかもしれない。

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