第四十七章 真壁の家紋
十月十八日。
直人のもとに、封書が届いた。
差出人の名前はない。消印は千代田区。封筒の中に、一枚の写真と、手書きのメモが入っていた。
写真。古いモノクロ写真だ。昭和二十年代のものと推定される。
写真に写っているのは、二人の男性。一人は和装、一人は洋装。背景は——皇居の二重橋の前。二人は並んで立ち、カメラに向かって微かに笑っている。
手書きのメモ。
『写真の左が川村啓一郎。右が私の祖父、真壁鉄太郎。二人は敵対していたのではありません。——真壁透』
直人は写真を凝視した。
川村啓一郎。GHQ文書を改変した「K」。更新派の協力者と推定される人物。
真壁鉄太郎。真壁透の祖父。維持派の番人。
その二人が、並んで笑っている。
直人はメモの裏を見た。もう一行、書き加えられていた。
『祖父のネクタイの家紋をよく見てください。』
直人はルーペを取り出し、写真の真壁鉄太郎の胸元を拡大した。洋装のスーツに、ネクタイ。ネクタイには小さな家紋が織り込まれている。
直人はさらに拡大した。
家紋は——二重円だった。
外側の円は維持派の印。だが内側の円は——崩し字ではなく、別の文字が入っている。
ルーペの倍率では限界だった。直人は写真をスキャンし、早川に送った。
『真壁の祖父のネクタイの家紋を最大限に拡大してくれ。内側の文字を読みたい。』
早川の返信。
『やりました。内側の文字は——「未央」っす。』
直人は椅子から立ち上がった。
真壁鉄太郎——維持派の番人が、「未央」の文字をネクタイに織り込んでいた。未央印。失われた勅印。
維持派は、未央印の存在を知っていた。知った上で——それを封じるのではなく、身につけていた。
真壁透が言った言葉が蘇る。「維持派と更新派は、対立していたように見えて——同じ問いを共有していた」。
対立ではなく、対話。
維持派は未央印を封じたのではない。未央印の記憶を保持していたのだ。
直人は真壁に返信を書いた。
『写真を受け取りました。お祖父様のネクタイの「未央」の文字を確認しました。お祖父様は——未央印の場所を知っていたのですか。』
返信は三十分後。
『祖父は知っていました。そして私も——知っています。ただし、私が知っているのは場所ではなく、条件です。未央印は、五つの封印がすべて正しく解かれ、かつ封印を解いた者が「国家の外に立つ者」であると認められたとき——自ら姿を現すと。』
『自ら姿を現す? 物理的な印章が?』
『物理的な印章ではありません。未央印は——形のある物体ではないのです。鷺宮さん、この先は直接お会いして話したほうがいい。十月二十三日の前に。』




