第四十六章 GHQタイプ修正
十月十七日。
早川が発見した。
三日三晩の解析作業の末——エナジードリンクの空き缶は研究室の床を埋め尽くし、早川の顔は蝋のように白くなっていたが、目だけが異様に輝いていた。
「先輩。GHQ文書のタイプライター、特定しました」
直人はモニターの前に座った。
「マイクロフィルム版——つまり改変後の文書で使われたタイプライターは、レミントン・ランドのModel 17。GHQ民政局の標準機材。これは前に言いました。で、インクが異なる段落——差し替えられた部分のタイプライターも同じModel 17。ここまでは同じ。」
「だが」
「活字の摩耗パターンが違うんす。タイプライターの活字は、使い込むと微妙にすり減る。特に頻度の高い文字——英語なら'e'や't'——の摩耗が早い。で、本文と差し替え部分で'e'の活字の摩耗度を比較したら、差し替え部分の方が摩耗が進んでる。つまり差し替え部分は、本文よりも後の時期に——より使い込まれた機材で打たれてる」
「時間差がある」
「はい。推定で半年から一年。本文が一九四六年三月なら、差し替えは一九四六年後半から一九四七年前半の間っす」
直人は考えた。一九四六年後半から一九四七年前半。日本国憲法の公布が一九四六年十一月三日。施行が一九四七年五月三日。
「憲法制定の時期と重なる」
「ですね。新憲法で天皇の地位が『象徴』に変わった。三種の神器の法的位置づけも変わった。そのタイミングでGHQ文書が改変されている。つまり——」
「新憲法の制定に合わせて、暗号に関するGHQの記録を書き換えた人間がいる。暗号の存在が新憲法の体制と矛盾しないよう、文書を調整した」
「川村啓一郎。あるいはその協力者。新憲法の下でも暗号が生き残れるよう、GHQ文書の記述を修正した。すげえ話っすよ。暗号を守るために、占領軍の公式文書を内部から改竄してたんすから」
直人は窓の外の空を見た。
暗号は、ただ眠っていたのではない。百五十年間、誰かが常に手を加え、時代の変化に適応させ、生き延びさせてきた。まるで——生き物のように。
「早川。もう一つ、確認したいことがある」
「何すか」
「タイプライターの活字摩耗パターンから、差し替え部分を打った機材を特定できるか。GHQ内の特定の部署、特定の個人のタイプライターに絞り込めないか」
「やってみます。GHQの備品管理記録がデジタル化されてれば——」
早川の指がキーボードを走った。米国国立公文書館のデータベースに接続する。
十五分後。
「——あった。GHQ民政局の備品台帳。タイプライターのシリアル番号と配置先が記録されてる。で、活字摩耗パターンから推定されるシリアル番号に最も近い機材の配置先は——」
早川の声が低くなった。
「GHQ民政局、Government Section。日本国憲法の草案を作成した部署です」
直人の背筋に電流が走った。
日本国憲法の草案を作成した部署のタイプライターで、暗号に関するGHQ文書が改変されていた。
「まさか——新憲法の草案に、暗号の要素が——」
「飛躍しすぎっす、先輩。でも——可能性としてはゼロじゃない。新憲法の象徴天皇制と、更新派の第三の憲法には思想的な共通点がある。設計者は『天皇は国家の記憶であり、権力ではない』と書いた。新憲法の第一条は『天皇は象徴であり、主権は国民に存する』。表現は違うけど、構造は似てる」
偶然の一致か。あるいは——更新派の思想が、何らかの経路でGHQの憲法起草者に影響を与えたのか。
直人は深呼吸した。
これ以上の推測は危険だ。証拠なしに「日本国憲法に暗号の影響がある」などと主張すれば、すべての信用を失う。
「このデータは保留だ。タイプライターの特定は重要な物証だが、憲法との関連は推測の域を出ない。今は未央印に集中する」
「了解っす」




