第三十七章 GHQ文書
十月七日。
国立国会図書館憲政資料室。
直人は閲覧席に座り、マイクロフィルムのリーダーを操作していた。画面に映るのは、一九四五年から一九五二年までの連合国軍最高司令官総司令部——GHQの内部文書だ。
第一部の調査で判明した暗号の構造は、明治初期に設計されたものだった。だが、百五十年の間に日本は二度の世界大戦を経験し、敗戦し、占領された。暗号が無傷で残っているはずがない。
誰かが、戦後の混乱の中で暗号を守った。あるいは——改変した。
直人が探しているのは、その痕跡だった。
マイクロフィルムのコレクションは膨大だ。GHQ民政局、経済科学局、民間情報教育局——各セクションの文書が数百万ページに及ぶ。この中から暗号に関連する文書を見つけるのは、砂漠で砂金を探すようなものだ。
だが、手がかりはあった。
早川のAI解析が、二重和紙の微細線の中にもう一つのパターンを検出していた。日本列島の図形の上に描かれた五つの座標と墨の放射線に加えて、繊維の密度変化で表現された数字の列。その数字を、GHQの文書管理番号の体系と照合したところ、一件のヒットがあった。
SCAP文書番号AG-091.3。
直人はリーダーのダイヤルを回し、該当の文書を探した。
見つけた。
一九四六年三月付。GHQ民政局から連合国軍最高司令官マッカーサー宛の内部メモ。件名は「Japanese Imperial Regalia: Security Assessment」——日本の皇室宝物:安全性評価。
三種の神器についてのGHQの内部評価だ。
直人は英文を読み進めた。
『日本の皇室が保有する三種の神器(Imperial Regalia)は、天皇制の正統性の核心を成す象徴的財産である。現在、鏡は伊勢神宮内宮に、剣は熱田神宮に、勾玉は皇居に保管されている。占領政策の観点から、これらの管理状況を確認し、安全性を評価する必要がある——』
ここまでは、既知の情報と矛盾しない。GHQが三種の神器に関心を持っていたことは、歴史学者の間で知られている。
だが、文書の二ページ目から、直人の目が止まった。
『追加調査の結果、上記三点の公式な保管場所以外に、関連する文書・物証が複数の場所に分散して存在する可能性が浮上した。調査員の報告によれば、皇居の石垣、国会議事堂の床面、および複数の神社・寺院に、統一的な記号が刻まれている。この記号の意味は未解明であるが、明治期の国家形成過程で意図的に配置されたものと推定される。』
直人の心臓が跳ねた。
GHQは知っていた。
暗号の存在を——少なくとも物証の一部を——GHQの調査員が一九四六年の時点で発見していたのだ。
文書は続く。
『本件について、以下の二つの選択肢を提案する。
選択肢A:関連する物証をすべて押収し、米国に移送する。
選択肢B:関連する物証を現状のまま維持し、日本側の管理に委ねる。ただし、物証の存在が日本国民に広く知られることのないよう、情報管理措置を講じる。
民政局としては、選択肢Bを推奨する。理由は以下の通り——』
直人はページをめくった。
三ページ目。
文書の右上隅に、手書きの書き込みがあった。英語ではない。日本語だ。
誰かが、GHQの公式文書に日本語で書き込みをしている。
直人はルーペをリーダーの画面に当てた。書き込みは薄く、マイクロフィルムの解像度では判読が難しい。だが、修復士の目は——
「『此ノ文書、改変済ミ。原本ハ別途保管ス。——K』」
改変済み。
直人は息を止めた。
このGHQ文書は、誰かによって改変されていた。マイクロフィルムに収められているのは、改変後のバージョンだ。原本——改変前の文書は、「別途保管」されている。
そして署名は「K」。
Kとは誰か。




