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婚約破棄された悪役令嬢は百合ルートを開拓するようです  作者: 黒うさぎ


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18/30

18. 悪役令嬢は男装をするようです

「メリア、この後城でお茶でもどうだ。

 ちょうど遠方の珍しい菓子が手に入ったから、メリアにも食べてもらおうと思って、な」


 なれたようにメリアを誘うレイネス。

 実際、何度もメリアを王城へと招いているし、ここ最近はその頻度も高い。

 もはやレイネスにとって、メリアを王城へと誘うことは、習慣の一つとなっていた。


 そして、その習慣に従えば、メリアは二つ返事で誘いに応じてくれる。

 これまではそうだったし、それは今日も同じだと思っていた。

 だが、メリアの返答は、レイネスの想定していたものではなかった。


「殿下、申し訳ありません。

 本日は先約がありまして」


「……先約だと?

 まさかアリシアか」


 レイネスは眉をひそめる。


「いえ。

 相手は殿方ですので、アリシア様ではございません」


「男だと!?」


 メリアの発言に目を吊り上げるレイネス。


「あっ、ちょうどいらしたみたいです」


 いったいどこのどいつだ、とメリアの視線をたどると、教室の入口に茶色い髪を短く切り揃えた男が立っていた。

 線が細く、中性的な顔つきをした男だ。

 どこかで見たことのある顔のような気がするが、どうにも思い出せない。

 学園の制服を着ているということは、ここの生徒なのだろうが。


 男はレイネスと視線が合うと、優雅に一礼をした。

 その動きは洗練されていて、生まれの高貴さがうかがえる。

 王子であるレイネスが知らないということは、王子と親交のあるような高位の貴族ではない。

 だが、あの立ち居振る舞いは、平民のそれではない。

 しっかりとした教育を施された、低位貴族の者といったところだろうか。


「では殿下、失礼いたします」


 一礼したメリアは、呆けているレイネスをその場に残して、茶髪の男と教室を後にした。


 ◇


「殿下、全く気がついていませんでしたね」


「作戦が成功したのは嬉しいけど、顔を見ても気がつかれないのは、元婚約者として少し複雑ね……」


 アリシアは苦笑を漏らした。


 男の正体は男装をしたアリシアだ。

 慎重に行動をするのであれば、変装がばれる可能性のあるレイネスの前に出るべきではなかった。

 だが、アリシアにはレイネスに直接男の存在を認識させることで、作戦を磐石のものとするという狙いがあった。

 リスクのある行為だったが、結果からいえば顔を見られてもアリシアだと気がつかれることはなかった。

 仮にも元婚約者であるというのに、薄情な話だ。


 それはともかく。

 アリシアの作戦はこうである。


 メリアのそばに男がいるということを周囲にアピールする。

 別に婚約者だという必要はない。

 噂好きの貴族たちなら、メリアに婚約者がいると勝手に誤解をするはずだ。

 貴族にとって噂は力だ。

 男の影がある者に婚約を申し込むなど、自身の悪評に繋がりかねないことを王子であるレイネスはできない。

 当然、メリアの婚約者探しにも悪影響が出てしまうだろうが、そこはしっかりメリアの了承を得た。

 それになにより、アリシア自身、メリアと他の者が結ばれることを許容するつもりがないので、なにも問題はない。


 国のことを考えない、わがままで独善的な王子だったらこの手は通用しないだろう。

 婚約者の存在など気にせず、メリアに婚約を申し込むはずだ。


 だが、レイネスはそうではない。

 少なくとも自身に関する評判については、ある程度気にしている。

 それは、未だにメリアへ婚約を申し込んでいないことからも推測できる。


 公爵令嬢であるアリシアとの婚約破棄は、アリシアの名に傷をつけただけではない。

 レイネスの名にも傷をつけていた。


 曰く、第一王子は女癖が酷いと。


 実際にレイネスの女癖が悪いわけではない。

 これまでアリシアや親族以外の異性を、必要以上に自身に近づけたことはない。


 だが、婚約破棄を言い渡した状況が悪かった。

 別の女を庇って婚約破棄をしたのだ。

 悪い噂が立っても仕方がないだろう。


「マジラプ」では、婚約破棄後にアリシアがメリアを衆目の前でいじめていた。

 そのため、アリシアを完全なる悪役に仕立て上げることで、レイネスがメリアに婚約を申し込んでも、悪役令嬢から救いだしたという美談として語ることができた。

 しかし、この世界のアリシアはメリアをいじめてなどいない。

 むしろ愛している。

 そのため、アリシアを悪役に仕立て上げることができないのだ。


 だからこそ、レイネスはすぐにメリアへ婚約を申し込むことができなかった。

 自身の醜聞が風化するのを大人しく待っていた。


 しかし、アリシアの告白を受けて、レイネスに焦りが生じる。

 それこそ、多少の醜聞には目をつぶろうと思うくらいに。


 そこで、メリアに男がいると錯覚させる今回の作戦だ。

 相手のいない女性に婚約を申し込むのと、相手のいる女性に婚約を申し込むのとでは訳が違う。

 王族であるレイネスならば、権力にものをいわせて、婚約者がいようと自身の物にすることは可能性だろう。

 だが、権力を行使するにしても、相手の素性がわからなければ、不測の事態に陥る可能性がある。

 まずは、茶髪の男の身元を特定しよう。

 レイネスならば、そう考えるはずだ。


 だが、レイネスの探す茶髪の男など、この世には存在しない。

 それはアリシアの生み出した幻影なのだから。

 これからレイネスは幻影の尻尾を掴もうと、不毛な調査を開始することだろう。


「アリシア様、笑顔が怖いですよ……」


「あら、ごめんなさい。

 これから殿下が私の手のひらの上で踊ると思うとつい、ね」


「あはは……」


 メリアから乾いた笑いが漏れる。


 それにしても男装というのは、不思議な感じがする。

 貴族令嬢、それも高位貴族である公爵家の令嬢として産まれたため、物心ついた頃には常にドレスを身にまとっていた。

 ズボンを履いたのだって、今生では始めてのことである。


「この格好、私に似合っているかしら?」


「はい!

 とても凛々しいと思います」


「ありがとう。

 私のこと、好きになったかしら?」


 立ち止まってメリアの顔を覗き込みながら尋ねる。

 メリアは今日もかわいい。


「友人として、ですけどね」


 顔を背けながら、メリアは答えた。

 その答えは期待したものではなかったが、その頬がほのかに染まっているのをアリシアは見逃さなかった。


(男装プレイもアリね……)


 メリアとの将来設計に夢が膨らむ。


「そういえば、ロバートさんが制服を貸して下さって助かりましたね」


「そうね。

 あとでもう一度お礼をしておかないと」


 今回男装をするにあたって、障害となったのは男性用の制服の入手だった。


 茶髪のカツラはすぐに入手できたのだが、制服はそういうわけにもいかなかった。

 学園の制服は全て、入学が決まった際に採寸して作られるオーダーメイドだ。

 そのため、お店にいってすぐに手に入れられるようなものではない。

 卒業生から譲り受けるというのが、最も簡単な制服の入手法なのだろうが、あいにくアリシアに親しい年上の異性はいなかった。


 そこで白羽の矢が立ったのがロバートだ。

 ロバートは商売相手ではあるが、今のアリシアにとって最も親しい異性でもある。

 それに男性としては小柄なロバートとアリシアとでは、それほど体格に差もない。


 物は試しにロバートへ制服を貸してくれないかと頼んでみたのだが。

 初めは驚いていた様子だったが、なんとロバートは二つ返事で貸してくれた。

 こういう器の大きさが、商人として大成するためには必要なのかもしれない。


 放課後に急いでロバートとサロンへ向かい、そこでロバートに制服を脱いでもらい、アリシアはそれに着替えた。


 その場で着替え始めたアリシアに、ロバートは顔を赤くしていたが、急いで教室へ向かわなければならなかったため、構っている余裕はなかった。


 制服はそのまま返してくれればいいといっていたが、その言葉に甘えるのはよくない。

 借りたときよりも綺麗にして返して上げようと思う。


「これからどうしましょうか」


「しばらく校内を歩き回って生徒たちに姿を見せましょうか。

 メリアさんには私がいるとアピールしないと」


「アリシア様ではなく、男性がいるアピールですからね」


 元々整った顔つきのアリシアが男装をしているのだ。

 その完成度は非常に高く、すれ違う令嬢たちは思わずといった様子で視線を奪われていく。


「メリアさん?」


 ふと抵抗を感じて視線を落とすと、自身の右手がメリアの左手に包まれていた。


「……作戦の成功率を上げるためには、手くらい繋ぎませんとね」


「メリアさん!」


 これまでも何度かメリアと手を繋いだことはあったが、メリアから繋いでくれたのはこれが始めてだ。

 その事実が、アリシアの心を温かくする。


「二人きりだし、手も繋いでいるし、これってデートといっても過言ではないわよね!?」


「校内を歩いているだけですけどね」


 アリシアは、しばしの制服デートを満喫するのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、スーツを着たアリシアさん! ハハハ、ロバートさん、彼はとても良い友達です。 しかし、私はまだ彼と彼の気持ちを心配しています。 とりあえず、この可愛らしさを楽しんでいきます、ありがとう…
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