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【書籍化決定】社畜令嬢だって異世界でキャンプがしたい!~馬鹿王子を婚約破棄してやった私の飯テロスローライフ~  作者: 忍丸
第二部 自由気ままにやらかす編

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78/82

急募)よく効く胃薬

「……えっっぐいんですけど!?」


 水盆に映されたディアーヌの行方を見守っていた私は、たまらず悲鳴を上げた。

 女神様方の晩酌が始まって三十分ほど経過した頃の出来事である。


『アイシャ、ディアーヌがどうなったか見てみる?』なんて、水の女神アクアの誘いに乗って水盆を眺めていた私は、たいそう後悔することになった。


 えぐい。えぐすぎる。常にお尻がブッツブツな時点で辛い。辛すぎる。常にうつ伏せでいないと安らげないってことでしょ!? たぶんジュクジュクした発疹は熱を持つだろうし、かゆみや痛みもあるはずだ。上手く治療できたとしても、肌がクレーターみたいにボコボコになっていそうだった。悲しい。そんなお尻嫌だ。水の女神アクアって残酷!


 灯の女神ホーリーの呪いだってそうだ。常に手許足下が不注意になってしまうのなら、今後ディアーヌは階段に近づけなくなるだろう。だって転ぶ未来しか見えないもの。落ちたら大惨事よ! 飲み物だって飲めない! うっかり手を当ててグラスを転がす気しかしない! これじゃビールも飲めないじゃないか。上手にビールを注げたなあと思った瞬間にこぼしちゃうんだよ。辛い。無理。


 容姿が内面で変わってしまう呪いに関してはもう、あまりの恐ろしさに泣くしかなかった。人間、簡単に改心なんてできないものだ。どう頑張ってもゴブリンタイムは長くなる。辛いな。病んじゃうよ。恋愛の女神って怖~……。恋愛物語が好きらしいし、もしかしてざまあを司ってもいるのだろうか。ざまあの女神様。なにそれ恐ろしすぎない? しかも苛烈なざまあ派。うう、穏やかな話の方が私は好きかなーー!


 思わず呆然としてしまう。正直、あまりいい気分ではなかった。ディアーヌがこんな目に遭ったのは――私のせいだからかも。


『あら。気に病むことなんてないわよ?』


 すると、私の内心を見透かしたように水の女神アクアが言った。

 ニコニコしながら私を手招きする。自分の隣に座らせて、ビールを注いだスチールカップを握らせてきた。困惑している私に、狩猟の女神アイリスがカラカラ笑っている。


『安心しろ。ディアーヌは無事に城から逃げられたみたいだ。狩猟の女神であるアタシが、追手から隠してやったからな! 命までは獲らないのがお前の希望だったろう?』

「そ、それはありがとうございます……?」


 げっそりしながらお礼を言う。無事なのは安心したけれど、そうじゃないんだよなあとも思う。とはいえ、ディアーヌがやってきたことは許されない。誰かを犠牲にして成り立つ幸せなんてあってはならないから、因果応報だとも思う。


 でも――小市民メンタルがなあ……。

「おほほほ! ざまあみろ!」って、悪女みたいに高笑いできる性格だったらよかったのに!


 ひとり悶々としていると、ふいに狩猟の女神アイリスが口を開いた。


「だから気に病むなって。お前が何もしなくても、いずれディアーヌは不幸になってただろうからな」


 そう言って、アイリスは豪快にウイスキーの水割りを呷った。さすが狩猟の女神。アルコール度数高めのお酒が好みらしい。目を丸くしている私にアイリスは言った。


『アイツはディアブロに近づき過ぎた。遅かれ早かれ死ぬような目に遭ってたはずだ』

「それはどういう――」

『アイシャはディアブロという神のことをどれくらい知っている?』


 訊ねられた私は、自分の知識を披露した。かつて神々の戦争で敗れた神だということ。『死』と『怠惰』『色欲』を司っていて、邪悪なる者たちが信奉していたこと。


「……世を乱しすぎたせいで、創世神に天界を追い出されたと聞きました」

『うん。大筋は合ってる。でも、それだけじゃない』


 険しい表情になったアイリスは、グラスの中の氷を眺めながら言った。


『アイツは創世神――アタシたちの父を憎んでる。歴史には残っちゃいないが、何度も何度も反乱を起こしてるんだ』

『…………。ディアブロ、本当にしつこい』

『そうね。今回で十回目だったかしら。そのしつこさを別のことに発揮したらいいのにね♡』

『本当に。でも――あの子の気持ちもわからないではないのよ』


 ほう、とため息をこぼす。

 ワイングラスを片手に、水の女神アクアは切なげに瞼を伏せた。


『父上にディアボロの最愛の人を寝取られたんだもの……』

「…………」


 思わず黙り込んで、しょっぱい顔になった。

 うーーーーーーーーーーーーーーん。これは……。


 どう考えてもゼウス案件的なやつではないだろうか……。


 ゼウス。言わずと知れたギリシャ神話に登場する主神である。

 強大な力を持つ神だが、愛多き神としても知られている。


 ぶっちゃけ見境がない。どこぞの浮気男も真っ青なレベルで、目に付いた女性に手を出す。そしてだいたい孕ませる。婚約者になりすました話もあったなあ……。可哀想なアルクメネ。結果、生まれた子どもがヘラクレスだよ。ヘラクレスはみんな知ってるよね。


 ゼウスのやばいところは、目を付けた女は是が非でも手に入れるところだ。そのための手段は選ばないし、邪魔する相手にはまるで容赦がない。

 興味がある人は、ゼウスの関係図を調べてみよう。あ~~~~~。コイツやっちまってんな! ってなるから。


「……つ、つまり。ディアブロは寝取られの被害者……」


 この世界の創世神も、ゼウスなみに奔放なタイプらしい。


 ――これはヤバい。性癖に合致しないNTRは脳が焼き切れるとよく聞く……!


 激おこなディアボロが、復讐のために虎視眈々と機会を狙っていたとしたら――かなりヤバい状況なのではないだろうか。というか内輪もめじゃん。神様の内輪もめに巻き込まれてんじゃん……! 正直、勘弁してほしい。まあ、女神様方には口が裂けても言えないけれど。


「あの、ディアボロ教がディアーヌに力を貸している理由も、それに関係があるんですか?」

『そうね。あの子の目的――創世神である父を害するために、この国の中枢に入り込む必要があったの』


 水の女神アクアが指さしたのは地面だ。


『この国は、古代遺跡の上に建てられたでしょう? そこにね、創世神の分身が封じられているのよ。どうも、ディアボロはそれを狙っているみたい』

「そんな大層なものがうちの国に!?」

『ええ。場所は――そうね、ちょうどお城の真下あたりかしら』

「だから、城の人間ぜんぶを呪い殺そうと? 極端……いや、神様だからそういうものなんですかね……」

『…………。…………それだけじゃない。ディアボロが城の人間たちを呪って、たのは。大勢の人間を生け贄にして、お父様の分身を穢して貶めるため、だと思う』

『実際、効果が出始めてるみたいね。城にかけられた呪いの余波で、あちこち穢れが噴出してる。男の恨みってしつこくてやあね~♡ おかげで精霊が好む清浄な場所が激減しているの』

「あ! ま、まさか……精霊大発生の原因って……」

『十中八九、ディアボロのせいだろうな』


 原因が判明して遠い目になる。そうまでして復讐したいのか。あわわわ。寝取られの恨みが強い。寝取られってやっぱり脳を焼き切るんだなー! 迷惑!


「いやでも、それとディアーヌがひどい目に遭うことは関係ないんじゃ」


 首を傾げた私に、狩猟の女神アイリスはからから笑った。


『そうでもない。清らかではない――それも、大勢から恨みを買っている人間は、悪神にとって利用価値があるからな』


 善なる神々が清らかな人間を好むように、悪の神にとっても好みがあるらしい。

 ディアブロに近いところにいるディアーヌの行いを見ればわかりそうなものだ。


『このままじゃ世界の危機だ。ここは創世神ありきの世界だからな。分身といえど、父になにかがあれば、世界のバランスが崩れ、大災害が起こるだろう。大勢の人間が死ぬ。地形も変わってしまうかも知れない』


 なんと世界の危機!

 うわあ。なんか話がでっかくなってきたなー!

 ……で、なんで私はこんな話をされているのだろう。


 嫌な予感。現実逃避したくって、手許のビールを呷る。うん、あんまり味がしない。ちっとも落ち着けないからだ。燻製したナッツにも手を伸ばしてみる。……うん。これもよくわかんないなー! きっと脳内のキャパシティがいっぱいいっぱいなのだ。だって話が壮大過ぎる。


 こういう話は勇者とか賢者とか、選ばれし者にするべきだ。私みたいな、ただの(・・・)公爵令嬢には荷が重い。


「まあ、隣国の王の庇護下から出た以上、ディアーヌの暗躍は止められた訳だし。これで私の役目は終わりだよね……」


 後は女神様方に任せておけばいい。なにせ、過去九回もディアブロの反乱を食い止めてきたのだから、素人は手を出さない方がいいに決まっている。……お。そういう風に考えてたら、ビールの味がしてきたかも。いやあ、一仕事終わった感があるね! 帰ったらひとっ風呂浴びようかなー! なんて思っていた私だったのだけれど。


 ……どうにも運命というものは、私に意地悪をしたいらしい。


 ふいに水の女神アクアがこんなことを言い出した。


『それで、アイシャ。あなた、わたくしたちに協力してくださらない?』

「……えっ」

『ディアブロから世界を救う使命をあなたに与えます』


 ――いらねええええええええええええええええええ!


 一瞬、叫びそうになって口を噤む。

 あわわわわ。なんでだ。なんで私が寝取られの尻拭いをしなくちゃいけないんだ!


「い、いやいやいや! ご冗談を……。さっきも言ったじゃありませんか。私には何の力もないんですよ。ただの貴族令嬢ですから。武器すら持ったことがない。体力だって、そこらの子どもの方があるはずだし」

『ですが、アイシャはこれまでも様々な機転で危機を乗り越えてきました』

「機転ですか……」

『機転です』

「いやでも、たいしたことしてないですよね? ザリガニ駆除したり、おじさまを追い返したり、精霊をお菓子で誑し込んだり、ブラックバスを駆除した時は頑張ったなーとは思いますけど……」

『ええ。素晴らしい機転でした』


 ……ん?

 ほんのり違和感を覚えて首を傾げる。


「つまり、私には機転しかないってことですかね……」


 水の女神アクアは無言である。だが、とってもいい笑顔だ。


 ……機転オンリー勇者。

 なにそれ、『ひのきのぼう』と『ぬののふく』で魔王に挑むようなもんじゃん!

 スキルが脆弱すぎる……! 旅立ちの日に100ゴールドしかくれない王様よりも許しがたい!


 ――無理無理無理無理!


 世界の危機より、私は自分の命が惜しい。

 断ろうと決意する。金ならいくらでも出すからさ。後方支援でお願いしまーす!


 ……なんて言おうとしたのに。


「うぐっ……」


 私は思わず口を噤んでしまった。

 女神四人ぶんの圧に屈してしまったのである。


『アイシャ、あなたなら解決できるはずです』

『…………。…………私には、見える。アイシャはやってくれる……』

『身内のこととはいえ、人界の出来事に女神が直接干渉することはできないの。だから、前も勇者や聖女を選んだのよ。今回はアイシャちゃんに決めた♡ いいわよね? 断らないわよね?』

『無事に問題を解決したら、願い事をひとつくらいは叶えてやれるだろうしさ!』


 非常に厄介だ。厄介極まりない!

 どうやら、女神様たちは私に世界の運命を託すと決めてしまったらしい。


 なんでや。なんでこうなった。

 背中を冷たい汗が伝っている。もうやだ。おうちに帰りたい……。


「……う、うちの執事と使用人と、魔女な友だちも一緒なら」


 私に出来ることは、友人たちを強制的に巻き込むこと。それだけだった。

 ごめんねヴァイス。強力な胃薬、買ってあげるからね――!



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