ヴァイスが苦労人属性をゲットしました
「きんいろ! すてきだわ。これはほうせきなの?」
「たいようのいろ~」
「つやつや。ひとつぶいただいてもいいかしら?」
「もちろんどうぞ。食べてもおいしい種です!」
「これってたねなの~~~!?」
精霊たちが群がっていたのは、ポップコーン豆だ。
そう。爆裂種のトウモロコシの粒である!
ビール担当は、ポップコーンにするつもりだった。
なにせポップコーンはいろんな味に出来ますからね! 酒にも合うってもんだ……!
ちなみに、特別な道具は必要ない。メスティンひとつあればいい……!
以前は、これを使っておじさまと天ぷらをしたなあ。
おじさま元気かな。王様として、今日も馬車馬の如く働かされているんだろうなあ。
それに比べ、私は可愛い精霊と一緒におやつタイムである。
ふはははははは! 勝ったな。人生の勝ち組感がすごい……!
「おねえさん、わるいことかんがえてない?」
すると、耳元で低い声がした。先ほどのすみれ色の髪の子だ。そろそろと視線を動かすと、まん丸の瞳と視線が交わった。好意も悪意も浮かんでいない、ビー玉みたいな瞳が逆に恐ろしい。
「……ごめん。ちょっとだけ考えちゃった」
まずいまずいまずい。こんな些細な考えまで見透かされるのか!
「お、お詫びに面白いことをするから許して!」
慌ててメスティンに植物油を投入。続けてポップコーン豆を入れる。大さじ二杯くらいかな。多すぎると溢れて大惨事になるから注意。振るえる手で、なんとか蓋をする。痛いくらいに精霊たちの視線を感じながら、メスティンを焚き火に近づけ――待つこと数分。
ッポポン!
「……!?」
メスティンの中から、豆が弾ける音がした。
途端、精霊たちの意識が一気にメスティンに向く。彼らは大きな目をキラキラ輝かせると、「きゃーーーーっ!」と歓声を上げた。
「ぽんぽんおとがする!」
「なになに。どうしてなの!」
「あんまり近づくと危ないからね~」
……よ、よかった。どうやら気を逸らすことに成功したようだ。
誰もがメスティンに夢中になっている。あ、なんかヴァイスが倒れてるなあ。寝不足かな。いつも忙しくしてるもんね。お大事にして~。
「いいにおい……」
やがて、香ばしい匂いが辺りに立ち込めてきた。あれほど騒がしかったメスティンも沈黙している。「もうできたかな」そうつぶやくと、「本当!?」続々と精霊たちが集まってきた。私の頭や肩に乗って、キラキラ目を輝かせている。宝箱が開くのを、いまかいまかと待っている感じ。ああ。なんかわかるなあ。私も子どもの頃に初めてポップコーンを自作した時、ワクワクしたもんね! いいよね、この瞬間。紛れもなく非日常だもの。
「見ててね……」
精霊たちの期待を一気に背負って、蓋をゆっくりと開けていく。ふわりと水蒸気が空気に溶けると、姿を見せたのは、雲みたいにふわふわなポップコーンだ!
「「「わあ……!!」」」
いくつかお皿に取り出して、パラパラと塩を振る。
ふうふうと息で冷ましてから、すみれ色の髪の精霊に差し出した。
「熱いからね」
「うん……」
うわ、可愛い。
小さな精霊が持つと、ポップコーンが大きめなメロンパンみたいだった。
「たべてもいいの?」
目をキラキラさせて訊ねられたので「どうぞ」と快諾した。
「~~~~~~~~~! おいしい!」
どうやら、ポップコーンは精霊の口に合ったようだ。小さな口で一生懸命齧り付いて、短い足をパタパタと宙に泳がせている。
「ほうせきのおはなって、こんなあじなんだ。くもみたいだね!」
しかも、とんでもなく可愛いことを言いよる……!
「いっぱい食べな~~~~!!」
思わず、親戚のおばちゃんみたいな口調になってしまった。せっせせっせとポップコーンを仕込む。お皿にポップコーンを取り出して塩を振ると、精霊たちが群がってきた。
「ふわあ」「おいしい!」「なにこれはじめて」
さすがにポップコーンを食べたことはないらしい。しめしめ。これはいい調子だ!
精霊たちの目を盗んで、カップにビールを注いだ。シュワシュワ弾ける液体で喉を潤した後は、ちょっぴしキツめに塩を振ったポップコーンをひとつ頬張る。
「くうううううううううっ! うまいっ!」
作りたての、ほかっとした感じ!
たまらないよね~~~~。映画館で食べるポップコーンともまた違う味わいがある。
ついでに変わり種も作ってみよっかな。
メスティンでバターを溶かした後、マシュマロをいくつか入れる。木べらでかき交ぜていくと、ふわふわのマシュマロが溶けていった。完成したのは、どろっと白濁した液体。あまーいそれを、焦がさないように温めていく。ほんの少しだけキャラメル色が交じり始めたら、すかさず火から下ろした。そこにポップコーンを入れたら……!
「キャラメルポップコーンの完成!」
もどき、って感じだけどね~!
これがまあ、いい感じの甘さなのである。
「あま……!」
「ふひい。ベタベタするぅ」
「とらわれてしまう。ふかふかとあまあまのわなに……!」
キャラメルポップコーンは精霊たちにも好評だった。ふかふかのポップコーンに絡みつく、焦がしたキャラメルがいい塩梅だ。ビールのほろ苦い感じにも合う!
「おっと」
気がつけば、ビールのグラスが空だった。
これはあれだね。次のお酒を飲めって言う神様の思し召しだね~~~。
「……お嬢……飲み過ぎはっ……」
どこからか、息も絶え絶えな声がするけど無視だ、無視。
むっふっふ。焼き林檎が私たちを待っている!
「りんご!」
すると、紅い髪色をした精霊が寄ってきた。まさに林檎みたいに真っ赤なほっぺたの男の子。林檎、林檎と歌うように呟いている。
「好きなの?」そう訊ねると、うっとりと目を瞑って言った。
「うん。りんごがいちばんすき……! いっぱいたべたい」
私は可愛いお前が大好きだよお!!!!!!
こうなったら一刻も早く焼き林檎を食べなければならない。
耐熱グローブを嵌めて焼き林檎を焚き火の中から救出すると、中の水分が蒸気になって漏れ出し、きゅう……と仔犬が鼻を鳴らした時みたいな音がした。火傷しないように、丁寧に魔鉄を剥がしていくと――
「おいしそう!」
中から焼き林檎が現れた。
火が入った後だから、紅い色は失われてしまっている。けれど、火が入って柔らかくなった皮は、バターで濡れたせいかしっとりと艶やかでそそる見た目をしていた。バターと果汁がまざった汁が、じゅくじゅくと粟立っている。ひえ……おいしそう。たまらん!
お皿に乗せてナイフで切り分ける。しっかり火が通った焼き林檎は、実に柔らかい。飴色に染まった断面が実に色っぽいなあ。そこに追いシナモンパウダー! 思いっきり振りかけてやると、甘酸っぱい林檎の匂いと甘いシナモンの香りが混じって極上の芳香を放ち始めた。
ああああああああ。一生嗅いでいたい……!
こういう匂い、大好きなんだよね。
うっとりしながらも、精霊たちのために細かく刻んでいく。切り刻んでいるうちに、ちょうどいい温度まで下がったようだ。お皿の上に並べてあげると、紅い髪の子がそろそろと手を伸ばしてきた。
「たべていーい?」
「はいどうぞ」
「……!」
ぱあっと表情を輝かせて齧り付く。しゃくんっ! いい音が私の耳にまで聞こえてきた。
「ふわあ……!」
うるうると目を輝かせて、もうひとくち。ふくふくでふわふわなほっぺたをモグモグ動かしていたかと思うと、ほうっと柔らかな吐息を漏らした。
「しあわせ……」
……ああ。作った甲斐があったなあ。
思わず表情を緩めていると、紅い髪の精霊がぽつりと言った。
「りんごのおかしはたくさんたべたけど、できたてをたべたのははじめてかも!」
――あ、あっっっっぶない……!!
そりゃそうか。林檎のお菓子なんて、そこら中にあるもんね。
繰り返すけど、食べたことのあるお菓子だと怒り出す精霊もいるという。
……おおう。意外と危ない橋を渡ってたのかも……。
まあ、結果良ければすべて良しって言うし、いいよね!?
ホッと胸をなで下ろしつつ、私もひとくち食べてみる。
しゃくっと小気味いい音がした。甘酸っぱい林檎の味を糖類とシナモンが優しく包んでくれている。噛みしめるごとに、しゃくしゃくといい音がする。おいしい。おいしすぎる。いやでも――ワインに合わせるには甘過ぎる気がしてならない。
「そういえば――」
ゴソゴソとマジックバッグの中を漁った。出て来たのはクリームチーズである。ナイフでいそいそと取り分けて、焼き林檎と一緒に食べた。その直後に、グラスに注いだ辛口の白ワインを飲み干す――!
「っ……!!!!! おいしすぎる! 優勝!!!!」
林檎の甘さをクリームチーズが包み込んでくれている! ああ、これはもう運命の出会いだよ。林檎姫よかったね! どう考えても、クリームチーズはスパダリだ。
むふふ。アイシャ・ヴァレンティノ。ご満悦である。
精霊たちもニコニコだった。すると、錆色の髪をした精霊が近づいてきた。両手にポップコーンを抱えた彼は、私に深々と頭を下げると、ふわりと柔らかく笑んだ。
「おいしいおやつをありがとう。なにかのぞみがあるんだよね?」
どうやら、なにもかもすべてお見通しらしい。
――そりゃそうか。いずれ神様になるかもしれない存在なんだもんね。
ドキドキしながら私は願いを告げた。
「この畑は知り合いのものなの。収穫ができなくて困ってるみたいで……」
「あ、そうなんだ。ごめんね。ぼくたちも、ここにいたくているんじゃないんだけど」
「……なにかあったの?」
「いえがね、すみづらくなっちゃったの。だから、いばしょがなくて……」
――精霊の住み処ってどこだろう……。
そこでなにがしかの事件が起きている?
だから、精霊の大発生が頻発しているのだろうか。
「なにか手伝えることはある?」
思わずそう申し出ると、錆色の髪の精霊が小首を傾げた。
「きみが? どうして?」
「私はアイシャ・ヴァレンティノ。こう見えて公爵令嬢なの」
「あいしゃ。こうしゃく……?」
「あ。わかんないか。えっと。ここの土地を守る義務がある家で生まれたって言った方がわかりやすいかな……? その理屈が通るなら、精霊だって公爵領の住民でしょ。だから、君たちが困ってるなら助けたいの」
「そうなんだ」
納得した様子の精霊は、髪とお揃いの錆色の瞳をわずかに細めた。心の奥底まで見透かすような視線に、どきりと心臓が跳ねる。ゆるゆると私の全身を眺めて、今度は無邪気に笑った。
「……うん。じゃあ、そのうちおねがいしよっかな! いまはまだだいじょうぶ」
みんな帰るよー! と声を掛けた錆色の髪の精霊は、くるりと振り返る。
「あいしゃ、またあそぼうね。こんどは、ねえねもつれてくるから!」
そう言って、両手にポップコーンを抱えたまま――姿を消した。
気がつけば、たくさんいた精霊の姿も消えている。
ぴゅう、と冷たい秋の風が畑の上を吹き抜けていって――
「ねえねって誰……?」
――精霊の姉。ああ、なんか嫌な予感がするなあ。
気を紛らわせるために、ポップコーンをひとつ食べてからビールを呷る。少し温くなったビールの炭酸が喉に染みてくると、じわじわと実感が湧いてきた。
「これって精霊からのサプライズフラグが立ってない?」
うふふふ。やっちまったかも知れない。
ちょっと自棄になってコップを空にする。すると背後から激しい足音が聞こえた。
「お嬢……!」
ヴァイスだ。真っ青な顔をして走ってくる。ああ、ずいぶんお冠である。
――とりあえずは、ヴァイスを宥めるところかな。
その他の問題は後回しだ。一息ついてから畑を眺めると、涼やかな秋の風が頬を撫でていった。実にいい天気だ。デイキャンプ日和。
だけど、これからのお叱りを想像して――私はひとり震えたのだった。




