インド人拾いました
こんにちは。アイシャ・ヴァレンティノです!
唐突ですが、みなさんが一番に想像するキャンプ飯ってなんでしょうね?
BBQで豪快にお肉を焼くのもいいし、大自然の中で食べるカップ麺や、普段は食べない豪華な缶詰を味わうのもいいよね。キャンプ飯には無限の夢がある。
だ・け・ど! やっぱりキャンプと言ったらアレじゃないかなあ。アレ。
カレーライス!!
炊飯遠足なんかでも定番のカレー。香ばしいスパイスの香り、ゴロゴロ具材が入ったあの感じ……。ああああああ。想像しただけで涎が出ちゃうね。家庭料理としても定番だけど、外で食べると格別な味になるのはなんでだろうね。プールの後に食べる醤油ラーメンみたいな感じで、なにがしかのブーストでもかかっているんだろうか。恐ろしい子。
そんなカレーだけれど、異世界で再現するとなると意外とハードルが高い。
スパイスがね……。
ここは異世界だ。植生も違う。以前も説明したように、ここの異世界には地球産のものがたくさん紛れ込んでいる。世界の境界がガバガバなせいだ。だからといって、都合良くほしいスパイスが手に入る訳でもない。異世界の植物と交雑してしまって、風味が失われているものも多いからね。
それに加えて、生粋の日本人だった私はスパイスに詳しくなかった。
自家製スパイスでカレーを作るような趣味もなかったしね。ぜったいにスパイスをあまらせる予感しかないもの。忘れかけた頃に戸棚の奥から出てくる、開封済みのスパイスの虚しさったらないよね。見つけたからといって、ぱっと使い道も思い浮かばないしね……。あれはなんで忘れちゃうんだろうね。意識を阻害するなにがしかの要素でもあるのかしら……って前世でズボラだった私の話は別にいいんだけど!
つまりだ。
よくある異世界もので、カレーをさくっと再現する主人公マジスゲえって話ですよ。
正直、カレーに関しては諦めたよね。だって何もわからない。
スパイスの研究に打ち込む時間も、伝手もなかったしね!
何度も枕を涙で濡らしたよ……。なんで私はスパイスに詳しくないんだ! 日本の義務教育に、スパイス使いを学ぶ機会を増やすべきじゃないの? だって、物語で転生するのって圧倒的に日本人が多いでしょ。スパイスに詳しかったら生存率が上がるに決まってるじゃない!
……なーんて、トンチキな妄想をすること数年。
一生カレー断ちが確定し、精神的に追い詰められた私は、カレーどころかインド人について日々妄想をするまでになっていた。インド人は嘘つかないって本当なのかな……インド人もびっくりって、どういう文脈で生まれたのかな……そういえば、『インド人を右に』っていう誤植ネタがあったな……下書きを誤読したとしても、なぜ校正作業で気づかなかったのか。おもしろ……って、それは今関係ない。
ともかく、私の心は荒んでいたのだ。
インド人を捜して、ふらふらと裏路地に入り込む程度にはね。
――そしたらね。
マジで落ちてたんですよ。インド人が!
嘘みたいな話だけど本当の話である。日本にあるインド・ネパール料理店の店員さんが、こちらの世界に転移してきていたのだ。
もうもうもう! こりゃ保護するしかないよね。支援するしかないよね。お店を持ちたいって言われたら、ジャブジャブ金をつぎ込むしかないよね……!
あの時は嬉しかったなあ。きっと、カレーを食べられない私を哀れに思った神様がいたんだなって確信したね。
ありがとうー! 神様―! って思わず天に向かって叫んじゃったくらいだ。
そんな彼は、公爵領の一角に店を構えている。自前の知識をフルに活用して、調合師として料理用のスパイスや漢方的なお薬を作って販売しているみたい。
一部では薬聖なんて呼ばれるらしいけれど……。
私にとっては気のいいインド人のお兄さんだ。
今回はそんな彼が関わってくるお話。
*
「いやあ、ご主人様が絶賛するカレーってどんなかなあ。サリーねえさんも興味あるやろ?」
「そうね。でも、アタシは薬聖の方に興味あるわ……! すっごいイケメンだって噂よ。彼の開発した化粧水の評判もすごいの! 貴族女性の間じゃ、薬聖ブランドの化粧品がステータスになってるくらい! ありがとうね、アイシャ。薬聖に会える機会をくれて!」
「いいんだよ~。そんなに会いたかったんなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「そうなの? 気難しい御仁で、滅多に会えないって聞いてたんだけど?」
「あの人が気楽に会ってくれる人間は、お嬢くらいなものですよ。まったく。相変わらず自覚がありませんね」
「え。私、責められるようなことした?」
その日、私とヴァイス、グリードとサリーは薬聖のもとへと向かっていた。
もちろん、キャンプで使うカレー粉を購入するためだ。
ついでに、お兄様のお土産を渡そうと思っていた。珍しい植物の種とかね。私には価値がわからなくとも、彼には使い道があるかも知れない。
カレー粉をゲットした暁には、そのままキャンプへなだれ込む算段だ。しかも今は新米の季節……! ああ、楽しみだなあ。つやつやご飯が私を待っている!
彼の店は住宅街のはずれにあった。元は雑貨屋だったという民家を改造して店舗として使用している、レンガ造りの小さな家だ。壁には蔦が這っていて、窓からは薬棚が並ぶ様が見える。如何にもファンタジーっぽい可愛い店構えである。
「あれ……?」
「なんや。閉まってるけど」
「おかしいですね。今日、お嬢が来ることは報せてあったんですが……」
不審に思って窓から店内を覗くと、中はやたら荒れていた。え、なにこれ。強盗にでも入られたの? あまりの惨状に驚きを隠せないで居ると――
店の奥で蹲っていた誰かと目が合った。
「うわ」
驚きのあまりに後ずさる。バランスを崩しかけた瞬間、すかさずヴァイスが支えてくれてホッと胸をなで下ろす。すると、勢いよく店の扉が開いて誰かが飛び出してきた。
「ア、アアアアアアアアアアア、アアアアアアアアアア!」
現れたのは褐色の肌を持つ人物だった。髭を剃っていないのか顔中毛だらけで、誰かに暴行されたのか、あちこち腫れ上がってひどい有様だ。しかも激臭がする。衣服は汗染みていて、長らく着替えた様子はなかった。浮浪者かも知れない。
「アイシャサァン……!」
彼は大きな瞳をうるうると涙で濡らすと、いきなり私に向かって突進してきた。
「来てくれたんダネ! 僕の女神――――――!!」
諸手を挙げて抱きつこうとしてくる。
けれど、彼の手が私に届くことはなかった。
「……なんなのアンタ!」
「なにすんねん、お前!」
「お嬢、下がってください」
すかさず三人が私の前に立ち塞がったからだ。
サリーの魔法で、見る間に男の足下が氷漬けになる。いつの間にかグリードの手には漆黒のナイフが握られていて、男の首元に突きつけられていた。ヴァイスの手には何本かのフォークとナイフ。いつでも投擲できる姿勢になっている。
彼らは男を不審者と認定したようだ。さすが呪いの森の魔女と元暗殺者と執事……って、そこに執事が加わるのがよくわかんないけど。三人は鬼の形相で男を見下ろしていた。
「アンタ、うちのご主人様になにしてんねん」
「いきなり乙女に抱きつこうとするなんて、不埒な奴ね」
「…………」
三人が凄むと、男の顔色がみるみるうちに褪せていった。くるりと振り返ったグリードは、まるでお小遣いを強請るかのような気楽さで言った。
「ご主人様~。コイツ殺してもええ? お願い♡」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア! ヒトゴロシーーーー!!」
男の絶叫が辺りに響き渡る。
あ~あ……。暗殺者をやめたとはいえ、グリードのこういう残酷なところは変わらないね。
小さく嘆息する。軽くかぶりを振って、苦く笑いながら言った。
「駄目。その人が薬聖だから」
「「えええええ!?」」
サリーとグリードが驚きの声を上げたのは、とうぜんだった。
……そりゃね。噂の超絶イケメン調合師が、こんな姿だとは誰も思うまい。
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