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【書籍化決定】社畜令嬢だって異世界でキャンプがしたい!~馬鹿王子を婚約破棄してやった私の飯テロスローライフ~  作者: 忍丸
第二部 自由気ままにやらかす編

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シスコンキャラは翻弄してなんぼ

 ふっふっふ。兄も私に負けず劣らずの酒豪なのである。


 早速ビールの用意を使用人にお願いする。コカトリス楽しみだなあなんて思って戻ると、兄は焚き火の近くに移動していた。横に置いたダッチオーブンの底には、輪切りにしたジャガイモが敷き詰められていて、その上にコカトリスのお肉がちょこんと鎮座している。


「ヴァイス、ダッチオーブンをトライポッドにかけてくれる?」

「はい」


 ちなみにトライポッドとは! 焚き火で調理したい時にあると便利な道具だ。 

 三脚みたいな形をしていて、真ん中からチェーンが垂れている。焚き火をまたがるように設置して、付属のチェーンにダッチオーブンを掛けるだけ。これがあるとね、転生前に物語で見たファンタジー野営みたいになるんだよね。なくても困らないけど、あったら雰囲気がブチ上がる。そんなアイテムだ。


 私が物思いに耽っている間に、ヴァイスがトライポッドにダッチオーブンを掛けた。すかさず、兄が蓋を被せる。鍋と同じ鋳鉄製の蓋は頑丈だ。その上に熱々の炭を置いていく。すると、上部からも熱が加わって、均等に火が入るという訳である。


 しばらくすると、じゅくじゅくと鶏脂コカトリスだけどが弾ける音が聞こえてきた。

 ああ、なんたる心地よい調べ。ときおり鼻孔を擽るのは肉が焼ける香ばしい匂い……!


「飲むかい? 愛する妹よ」

「もちろんです。お兄様!」


 笑顔でグラスを合わせる。なんかヴァイスが苦い顔しているけど、そんなの構っていられない。だってビールの泡は有限だからね。気づいたらいなくなってるものだからね。蜻蛉みたいな儚さがあるからね。早く飲んであげないと可哀想じゃんね!


「「くう……!!」」


 兄妹揃ってビールの余韻に酔いしれる。

 アルコールで火照った肌を秋の風が撫でていく。辺りに立ち込める煙の匂い。穏やかな日差しに葉擦れの音。

 ああ、たまらん。これこそキャンプの醍醐味じゃないですかね!


「お兄様、最高ですね」

「そうだね。可愛い妹の言うとおりだ」


 ビール片手に笑っていると「すみません」と使用人が声を掛けてきた。若いメイドと料理人見習いだ。彼らの手には、真っ白つやつやなチーズに、瑞々しいトマトと色鮮やかなバジルを乗せたカプレーゼと、カリカリに焼いたベーコンとキノコのバターソテーのお皿があった。


「私たちだってクリス様をもてなしたいんです!」


 必死な訴えに、思わず兄と顔を見合わせ――思わず笑ってしまった。


「今日は手出し無用って言ったのに……」

「僕って愛されてるね」


 カプレーゼをひとつ口にすると、兄は整い過ぎた顔をふわりと和らげた。


「おいしい。ありがとう。後で、必ず僕のローストチキンも食べるんだよ」

「「……!!」」


 ぱあっと表情を輝かせたふたりは、嬉しそうに「旅の話を聞かせてください」「クリス様に憧れているメイドも多いんです!」と話しかけ始めた。続々と他の使用人たちも集まってくる。みんな笑顔を浮かべていて、兄と話せるのを心から喜んでいる様子だ。


「お、そろそろいいかな!」


 しばらくすると、ダッチオーブンから聞こえる音がやや大人しくなった。

 しっかり火が通った証拠だ。炭をどかしてから蓋を持ち上げる。ふわりと白い湯気が、秋の空気に溶けて消えた。


「おいしそう……!」


 ダッチオーブンの中をのぞき込んだ人は、みな顔をほころばせている。


 重い鍋蓋に押し付けられていたコカトリスには、秋めいた山々を思わせる焼き色が付いていた。焼けた皮が縮んで、プリプリの身を露わにさせている。うわあ。うわあ! そそる見た目だ。底に敷いたジャガイモが肉汁の海に沈んでいた。これは絶景である。


「ソースを作ろうか」


 すると、兄がダッチオーブンからコカトリスとジャガイモを引き上げた。


 白濁した肉汁に、バターと塩を加えて少しだけ煮詰める。いわゆるグレイビーソースだ!

 大きな皿にジャガイモを並べて、食べやすいように切り分けたコカトリスの身を並べる。バターで黄金色になったグレイビーソースを上から回しかけ、彩りにハーブを乗せたら完成!


「じゃん! 出来たよ。ローストコカトリス!」

「「「おおお~~~~~!!」」」


 思わず拍手が起きるほどの出来だった。

 さすがお兄様。公爵子息とは思えない料理の腕……!


「もも肉は、愛する妹にあげようね。いちばんおいしいところだから」

「わ、ありがとうございます! お兄様!」


 お皿に盛られたコカトリスをじっくり眺める。

 ひええ。なにこれ見た目が犯罪的。うっすら桃色の断面から、とろとろと肉汁が溢れ続けていた。ハーブの匂いがすっと胸を軽くしてくれる。ああ、これはぜったいにおいしいやつ!


「いただきます!」


 もう我慢できなかった。勢いよくコカトリスに齧り付く。


「んんんんんん~~~~~~っ」


 瞬間、あまりの美味さに気が遠くなった。

 なんだこれ、なんだこれ! めちゃくちゃおいしい。


 まず身が途轍もなく柔らかい。低温調理された鶏肉みたいにしっっっっっとり。舌の上を優しく撫でていって、奥歯に到達した時点で儚く消えていく。歯なんていらんわ。舌だけでじゅうぶん咀嚼できるレベルの防御力の低さ。


 加えてこの味よ! とにかく優しい。脂の甘み。混じりけのない素直なうま味をハーブと塩が引き立ててくれている。は~~~。田舎ですくすく育ったお嬢さんって感じだわ。このまま世間の汚れを知らないまま育ってほしい……。


「お嬢、お酒をお持ちしましたよ」

「さすがね、ヴァイス! わかってるぅ!」


 ヴァイスが持ってきたのは、キンキンに冷やした白ワインだ。

 辛口で癖のない味わい。口に含んだ途端に、脂を優しく洗い流してくれて――


「はー! おいしい! おかわり!」

「ほどほどにしてくださいよ」

「ふっ。今日の私は誰にも止められないわ」

「いや、俺が止めますけど?」


 最高の気分。こんなにおいしいものが食べられるなんて、今日はいい日だ!


「お兄様、とってもおいしい! 作ってくれて、ありがとう!」

「愛する妹のお気に召したようで、僕も嬉しいよ」


 私の頭を撫でると、兄は白ワインを片手に使用人たちの様子を眺め始めた。

 いつもは規律正しい公爵家の使用人たちも、今日ばかりは立場に関係なく笑い合っている。おいしい食事に舌鼓を打ち、お酒で喉を湿らせ、笑い話に興じる――そんな彼らの姿を見ている兄の横顔は、どことなく嬉しそうだった。


「お兄様は食べないんですか?」

「……ん? 僕は後にしようかな」


 兄が紫水晶の瞳を細めている。どこか遠くを見ているような顔でこう言った。


「この光景が見たくて帰ってきたようなものだからね」


 ――単にお土産を渡したくて帰ってきた訳じゃないんだな。


 なんとなくそう思う。これは私の想像でしかないけれど、たぶん兄はダンジョンでコカトリスの幼鳥の肉を手に入れた時に、兄にとって大切な人たちの姿を思い出してしまったのだろう。滅多に食べられないご馳走を口にした時、どんなリアクションをするかなと想像してしまったのだろう。だから、居ても立っても居られずに戻ってきた。


 ……わかるな。そういうのってすごく心躍る。


「お兄様って、自由人だし、風来坊で滅多に帰ってこないし、ぶっちゃけ公爵子息としては失格なんですけど、なんだかんだ皆に好かれてますよね」

「わあ。相変わらずうちの妹は辛辣だなあ。そういうところが好きだよ」

「うふふ。私も、冒険者だけでなくて次期公爵としての期待値が高いお兄様、好きですよ。変わってなくて安心しました」


 正直、少しだけ不安だった。

 兄が公爵家に寄りつかないのは、冒険者としての生活が楽しいからで、公爵領の人々なんてどうでもいいと思っている可能性があったからだ。


 でも――違った。兄の心の中には、以前と変わらず公爵領の人々が住んでいる。

 ああ。本当によかった! 


 ――これで遠慮なくやれるってもんだ。


「そうだ。お兄様、可愛い妹の頼みを聞いてくれませんか?」


 笑顔で兄を見上げると、シスコンな兄の表情が緩んだ。


「え、なになに。アイシャの頼みならなんでも聞くよ?」


 相変わらず兄は私に甘い。ちらりとヴァイスに視線を送ってから、ワイン入りの新しいグラスを差し出した。


「今日はとことん付き合ってくれませんか。お兄様の話をたくさん聞かせてください!」

「……! 珍しいね。アイシャが僕に甘えるなんて」

「三年ぶりですからね。嫌ですか?」

「嫌じゃないよ! よし、いい機会だからね。たくさん飲もう! 乾杯!」


 グラス同士が触れ合って、カチンといい音を立てる。

 視線を交わすと、私たちは同時にグラスの中身を呷ったのだった。


 山の瀬に太陽が隠れようとしている。

 森の中には人々の笑い声が響き、焚き火の明かりが鬱蒼とした木々に彩りを添えていた。

 いい夜だ。心からそう思える。


 こういう穏やかな時間が好きだな。楽しいな。幸せだな。


 この気持ちは、明日になれば(・・・・・・)ますます高まるはずだ。

 おいしいワインを飲みながら、私はそんな気持ちでいた。



 *



「……どういうことなの!?」


 翌朝。二日酔いで青い顔をしている兄が、情けない声を上げている。


「目が覚めたら椅子に縛り付けられてるし! ここアイシャの執務室でしょ。なにこの机の上の書類の山! しかも、こんなものまで!」


 兄の右腕には精巧な作りの腕輪が嵌まっていた。鈍く光る装飾。大きな青い石は、強い存在感を放っている。ヴィンダー爺特製の魔道具だ。


「魔法封じと筋力低下の呪いかかってんじゃん! これじゃ、今の僕ってば普通の人と変わりないよ。どういうこと。アイシャ、僕をどうするつもりなのさ! いくら可愛い妹だからって、やっていいことと悪いことがあるよ!」


 わーわー喚きながら、兄が暴れている。このままじゃ、うっかり拘束が解けてしまいそうだ。でも――そうはいかない!


「どうするもこうするも! 約束を忘れていたお兄様が悪いんですよ?」


 はっきりと宣言した私に、兄が目を丸くした。


「約束……?」

「忘れちゃったんですか? お兄様が本格的に冒険者の仕事を始める時に、父と私と三人で決めた約束です。――十年経ったら公爵家の仕事に専念するって」


 一枚の書類を取り出す。そこには兄自身のサインがしっかり書かれていた。


「そ、そんなのすっかり忘れてたよ……。え? なに? それじゃ、この目の前の書類の山って」

「はい。お兄様のお仕事ですよ」

「……昨日、酔い潰れるまで飲ませたのは、僕を拘束するため……?」

「酔い潰れたのはお兄様だけですけどね」

「妹の肝臓が強くてお兄様びっくりだよ!」


 にこりと笑みを浮かべる。青白い顔でダラダラ脂汗を流している兄に晴れやかに言った。


「お兄様、私ようやく他の仕事の引き継ぎが終わったんです。残すは公爵領のお仕事だけ。後はよろしくお願いしますね! 私――これからは人生の休暇を満喫するつもりなので!」

「うわああああああああああああああああ! 妹に嵌められたああああああ!!」


 頭を抱えた兄は滂沱の涙を流している。

 まったくもう。嵌めただなんてそんな。


 S級冒険者の兄を拘束するために、お酒をたくさん飲ませただけだ。

 兄が私よりお酒に強かったら、こんなことにはならなかったはずでしょ?


 つまり!!

 私の肝臓はS級冒険者並みってことよ……!! ふはははは!


「お嬢、碌な事考えてませんよね? そういうの、あとで黒歴史になりがちですよ」

「ヴァイス、勝手に私の思考を読むの止めてくれる?」


 ともかく、こうして状況は整った。


 すべての仕事の引き継ぎ完了――

 これからは、めいっぱいキャンプ三昧な日々を過ごせるはず。


 さあ。楽しい楽しい余暇の始まりだ!


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