公爵令嬢に振り回される者たちの集い①
これは、グリードがアサシンギルドを壊滅させる少し前の話である。
「アイシャは眠った?」
「ええ。今日もたっぷりお酒を召し上がりましたから、朝までぐっすりかと」
「ほんまにご主人様はお酒がすっきやなあ」
「もう少し節制してほしいんですけどね……」
とっぷりと夜が更けた頃、三人は焚き火を囲んでいた。
星月夜である。魔の森の中は昼間とは打って変わって静まり返っていた。薪が爆ぜる音だけが辺りに響いている。軽口を叩きながらも、三人の表情はどこか硬かった。
アイシャという緩衝材がいないからだろうか。
暴走気味な公爵令嬢によって縁づけられた三人ではあるが、まだまだ彼らの関係性は薄い。うっすらと微妙な空気が漂う中、口火を切ったのはヴァイスだった。
「今日、お集まりいただいたのは、お嬢の現状を正しく理解してもらうためです」
「現状?」
「ええ。ここに来て、交友関係が広がりましたからね。その確認と――」
ヴァイスはサリーとグリードに鋭い視線を飛ばしつつ、表面上は穏やかに言った。
「万が一、お嬢に危害を加えるような真似をした場合、死を覚悟していただきたくて」
当然のごとく空気が凍った。
あまりにも歯に衣着せないヴァイスの発言に、ふたりは戸惑いを隠せない様子である。
「……アタシたちが、あの子になにかするって?」
「想定しないわけがないでしょう。禁じられた魔の森の魔女と、アサシンギルドのエースですからね。お嬢は気を許しているようですが、俺もそうだとは限らない」
「そんなこと、アタシがするわけがないでしょ。あの子は大事な友人よ?」
「僕も、飼い主には噛みつかないタイプやけど。あ、でもなあ。うっかりご主人様を傷つけちゃったらどうなるん? 気になる~」
「そうですね。その場合――」
ばきり。ヴァイスが手にしていた太い薪が、鈍い音を立てて折れた。
「国中の獣人が、あなた方の命を狙うことになるでしょう」
「…………。そういえばアンタ、獣人たちの取りまとめもしてるんだったわね」
「そうです。お嬢は我々獣人の保護活動に熱心でして。互助会の立ち上げにも尽力してくださいました。ありがたいことに、その管理を俺に任せてくれています」
「せやさかい、アンタの一声で獣人全員が動くってことか」
「ええ! 俺が知るかぎり、獣人でお嬢に恩を感じていない者はいません。そして獣人は恩を仇で返すような輩に厳しい。そういうことです」
ヴァイスの口調に冗談めかした部分はない。本気なのだと悟ったサリーとグリードは、互いに視線を交わし合った。軽く笑って肩を竦める。
「怖いわね~! でも、安心して。アタシがあの子を裏切ることはないわ。メリットもないし。なにより、あの子には笑っていてほしいもの」
「僕もや。僕みたいなのを大事に扱ぉてくれる飼い主なんて滅多におらへんし。……ちゅうか、冷静に考えるとすごい面子やな。獣人の取りまとめ役に、魔女って呼ばれとる長命種のエルフに、腕利きの暗殺者? うわあ。国ひとつくらい簡単に落とせそうやなあ」
「あら! 自分で腕利きって言っちゃうの~?」
「僕、嘘はつけなくって~」
なにやらふたりがじゃれ合っているが、ヴァイスからすれば笑い事ではすまなかった。それこそが、彼らに集まってもらった理由だからだ。
「……それが問題なんですよね」
「どういうこと?」
「言ったでしょう。お嬢の〝正しい〟現状を理解してもらうと。お嬢が王位後継者争いに巻き込まれているのはご存じですね?」
「そやな! ぶっちゃけ、僕がここにいるのもそのせいやし。でも、お嬢に王位が回ってくることなんてあるん? 継承順が上の人間なんて、ようけいるやろ?」
「それはそうなんですが。実際、お嬢は不必要なほどに人脈を築いてしまっています。たとえ本人が王位に就かずとも、否が応でも巻き込まれそうなんですよね……」
「どういうこと?」
わずかに顔色をなくしたサリーに、ヴァイスは淡々と事実を並べていった。
「俺たち三人と懇意にしていることもですが、お嬢と親しくしている人間で影響力が強い者が非常に多いんですよ」
まずは、ドワーフのヴィンダールヴル。鍛冶王とまで呼ばれ、世界各地に弟子が存在する。彼が手がける武具類は非常に珍重されていて、国宝と呼ばれるものもいくつかあった。ヴィンダールヴルとの伝手を得ようと躍起になっている王侯貴族は数知れない。
次に水の神殿の巫、ルシルだ。水の女神アクアとのシンクロ率は随一で、いつまで経っても衰えない容姿から、すでに半神の域に達していると言われている。彼女が育て上げた孤児は、優秀な神官になる者が多い。この国ではそうでもないが、全国的に見れば水の神殿の影響力は無視できるものではなく、彼女の無差別的に孤児を育て上げる方針は、結果的にルシルという巫の存在価値を高めている。
「その他にも、伝説的な情報屋だったり」
「……アタシが魔の森の外で買い出ししてるってバレてたの、その人のせいかしら」
「お嬢はよく地球で使われていたスパイスを再現したがるんですが、それに薬聖とまで呼ばれる調合師に依頼していたり」
「えっ。それって裏社会でもよく名前が出てくる人やないですか」
「その他にも、お嬢が〝ほしい!〟と思った物を開発する過程で、さまざまな伝手ができてしまっています。極めつきが賢王ですよ」
「わあ。ご主人様、あの厄介な英雄に気に入られとるんか……」
小さく息を吐いたヴァイスは、改めてふたりを見やった。
「つまり、お嬢の価値は底知れないんです。お嬢を手中に収められれば、王位が確定するまである。ご理解していただけましたか」
冷静に考えるとすごいメンツですね
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