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うちのあやたん

 昨年の秋、肝臓捻転を起こして手術したあやたん。今やすっかり元気に駆けまわっている……と言いたいところだが、それがそう上手くいっていない。手術のために右前足に静脈カテーテルが入っていたのだが、そのテーピングがキツ過ぎて、前足がダメになった。完全な医療ミスですな。誰がそんなアホなテーピングを……ってもちろん私ではない。私はその頃ワンコのオペをしていたのだから。


 まぁ事が発覚した時のワタクシの内心の怒りは御想像にお任せします。ちなみに手術後にテーピングを見て、「……これちょっとキツくない?」と思ったのだが、「ウサギの足は小さいからこれで普通ですよー」などと言われた。更に翌日テーピングを取ったら、あやたんは自分の前足の位置が把握出来ていなかった。

「……神経障害の症状が出てるって、ちょっとおかしくない?」とやんわりと言ったのだが、「あ、ちょっとテーピングがキツくて足が腫れちゃったみたいで。ウサギには結構多いんですけど、大丈夫ですよ〜」などと言われ、イマイチ納得はいかなかったものの、同じ病院内であーだこーだと口出しするのもナンダカナァと妙に日本人的遠慮をしてしまった己が憎い。いやそもそもさ、こっちは脳神経系が専門なんだから、心配性の一般人ってわけじゃないんだから、それを笑い飛ばすとか絶対にダメだろーとか今更言っても遅い。日本に行っている間中あやたんの前足を心配していたのだが、帰ってきたら案の定、前足の指が全てミイラ化して死んだ骨が露出していた。

 私の友人の担当医は平謝りだったが、その上の教授は「いやでもテーピングのせいかどうかなんて証明できないしねぇ」と言った。私はその瞬間脳の血管が切れかけたが、そこは一応オトナなのでぐっと抑えてニッコリ微笑み、「私がもしもこの病院で働いていなかったら、今の一言でこの病院を訴えます」と宣言した。


挿絵(By みてみん)

 ウサギのモフ足は剃ると鶏ガラのよう。


 それからすでに三ヶ月。あやたんはもう三回も指の切断手術を繰り返している。切っても切っても骨が露出してくるのだ。そしてこの三ヶ月間、彼女は毎日私と一緒に病院へ行き、包帯を取り替え、私が働いている間は脳外科内のケージでピョコピョコしている。普通のウサギならストレスで死ぬレベルだが、神経の太いあやたんは隣のケージで犬が吠えていても平気でムシャムシャとオヤツを貪り、完全に寛いでいる。

 入院している動物は犬ですらケージの奥の方でひっそりと隠れているのが普通なのに、あやたんはケージの一番前にちょこんと座り、通りかかる犬の匂いを嗅いだり、後ろ足立ちでオヤツをねだっている。このウサギらしからぬフレンドリーさが人気を呼び、「あやちゃん、かわいそう!」と脳外科のスタッフ達に甘やかされ、オヤツを与えられ、グルーミングされ、抱っこされて病院内を見物してまわるあやたん。

「ウサギがこんなに可愛いなんて……自分も飼いたい!」とウサギ信仰者の増加に努めている。


挿絵(By みてみん)


 しかし親の贔屓目でなく、あやたんはイイ子だと思う。まず、包帯を替える時に噛んだり蹴ったりしない。痛くてもびくりと腕を引くだけで、それどころか押さえつけている人の手を懸命に舐めるのだ。コレを初めてやられた時、押さえつけ役だったジェイちゃんは「うわー」と叫んで悶絶していた。

「これってさ、『それイタイねん。やめてほしいねん。おねがいおねがい』って言ってるんだよね?! 『イタイじゃねーかバッキャロー』って噛むのが普通じゃないの?! 切ない! 切なすぎる! 今初めてあやたんを心から可愛いと思った!」


挿絵(By みてみん)


 あやたんは包帯を巻いている間はおとなしいが、しかし一旦巻かれた包帯を取るのは早い。目を離すとほんの5分程で接着テープを舐めて取り、ブンッと腕を振って包帯をスッポ抜く。決して噛んで破いたりはしない。賢い。

 仕方ないのでナメナメ出来ないようにエリザベスカラーを着用。あやたんは初めてこれを付けられた時、怒りのあまり物凄い勢いで2メートル以上ジャンプして壁に激突した。一瞬あやたんが死んだかと思った。

 しかし二〜三日でカラーに慣れたあやたん。見ていると、トイレや犬用ふかふかベッドの出入り時などのジャンプの仕方が変わっている。カラーが引っ掛からないように、ぴょんと垂直に高く跳んでいるのだ。可愛い。

 更に数日経つと、餌の食べ方が変わった。あやたんの皿は少し深目のグラタン皿でサイドに取手が付いているのだが、カラーの端を取手に引っ掛けて、自分の顔だけ皿の中に入るようにしている。偶然かと思ったが、食べているうちにカラーが取手から外れると、その度に場所を微妙に移動して、きちんと引っ掛け直している。賢い。

 床にパラパラと固形食を置いてやると、首を低く構えてカラーを床に押し付け、狙いを定めて固形食に突進する。そしてブルドーザーの要領で固形食をカラー内にすくい上げ、その後はカラーから固形食がこぼれ落ちないようにやや上向き加減で食べている。面白すぎる。


 道具を使うのはニンゲンと一部の動物のみ、というのは間違いなのではないだろうか。必要が無いからやらないだけで、必要に迫られればウサギだって色々と工夫するのだ。

 とは言っても、カラーが邪魔であることに変わりはない。あやたんはある日、フェンスにカラーを押し付けて端っこをポキリと内側に折り曲げ、カラーを噛み切るコツを掴んでしまった。以来、破壊されたカラーの数は15個以上。三日に一回新しいカラーを買い直している。まぁ前足に関する医療費は全て病院持ちなので別にいいんですが。


挿絵(By みてみん)


 ちなみにカラーのせいで死にかけたのは二回。初めてカラーを着けた時と、お正月にジェイちゃんの家に遊びに行った時。

 バナナが大好きなあやたんに、「バーナナー♪」とバナナの歌を歌ったところ、階段の上のお気に入りスポットで寛いでいたあやたんは、「ばーななーッ」と興奮して階段を駆け降りようとした。しかしカラーの端が階段に引っ掛かり、あやたんは前向きにでんぐり返り、しかしカラーのせいで体勢が整えられず、そのままもんどり打って一番下まで転がり落ちて背中から着地した。

「あ、あやたん……?」

 脊椎骨折したかと恐る恐る近付くと、あやたんは「ウーッ」と叫んで飛び起き、まるで自分が転がり落ちたのは私のせいだとでも言うように憤慨の面持ちで私に撫でられるのを拒み、バナナだけ奪っていった。ウサギのプライドは高いのだ。


 しかし日々の生活上、カラーで一番不便なのは食糞が出来ないということ。ご存知の方も多いと思うが、ウサギは消化・吸収できなかったモノは盲腸で発酵させて盲腸便を作る。盲腸便にはウサギに必要な栄養素が含まれていて、コレを食べることでウサギは大切な栄養素を吸収する。盲腸便は大体深夜から早朝に排泄され、出てきた途端に食べられるので、ウサギを飼っている人でも中々目にしない。かく言う私もあやたんを飼って二年間、一度も盲腸便を目撃したことはなかった。

 普通のウサギのフンはコロコロと乾燥していて臭いも無いが、盲腸便はなんと言いますか、見た目は小さなフンがみっしりとくっついたブドウの房状態で、モチモチとした触感というか食感というか、一旦指についたら搗き立ての餅のように取れなくて、おまけに発酵させてあるだけあって臭いが独特。ちなみに普通のフンは全てトイレで出すあやたんは、なぜか盲腸便はトイレの外でする。トイレ紙がくっ付いて食べれなくなるのを防いでいるのだろうか。

「でもどうやって『お、次は食べなくちゃイケナイやつが出てくる!』とか『次はフツーのやつだ!』とかわかるんだろう?」と不思議がるジェイちゃん。ウサギの七不思議ですな。

 それはともかく、あやたんはカラーを付けているとこの盲腸便が食べれない。食べようと苦労した痕跡はあるのだ。なんたって毎朝カラーの外側にベットリとフレッシュモチモチなブツが付着していますからな。モチモチしているだけあって、ブルドーザーの要領では床からすくえないらしい。それを指でつまんで取って、あやたんに食べさせる。別に全部食べる必要もないので、半分くらい食べさせて後は捨てようとすると、あやたんは物凄く憤慨する。

「それあやたんのやねん! あやたんの大切なヤツやねん!」とウーウー叫びながら、ゴミ箱に向かう私の足に突進してくる。私から奪い返した生産ブツを満足気に食べるあやたん。


 私のあやたんへの愛は尽きないが、しかしこの時ばかりはあやたんの可愛さゲージが微妙に下がる気がする。


挿絵(By みてみん)

 リハビリ科でレーザートリートメント及びアロマオイルのマッサージ。あやたん至福のひと時。

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