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84 悲劇の死

「しかし蓮三さんは毒殺されてしまったじゃないか……。それは一体なぜなんだ?」

 根来は、解せぬとばかりと言った。


「根来さんの仰る通り、蓮三さんは早苗さんによって毒殺されました。わたしもずっとこの動機が分かりませんでした。実の子を殺すだけの動機がどこにあるのか。でも、そんなものはありはしませんでした。早苗さんの哀しみは決して偽りではありませんでした。早苗さんこそ、蓮三さんの死を目の当たりにして、もっとも驚き、もっとも哀しんだ人物だったのです。わたしがこのことに気づいたのは、村上隼人さんの煙草と鞄が、蓮三さんの煙草と鞄とまったく同じデザインのものだったことを知った時のことです。そして、鞄の底に隠されていた殺人予告状の文面をよく読み返した時でありました」


            *


赤沼家の人間よ

人を呪わば穴二つ

罪人は毒を好む

この度、最期を遂げるのは家族ならざる者を殺害した罪人なり

                Mの怪人


             *


「さて、この文面ですが、「人を呪わば穴二つ」というのはことわざです。人に害を与えれば、自分が害を受けることになるという意味ですね。穴二つとは、墓穴が二つできるということです。これはつまり、復讐の意味か、自業自得を言わんとしているのかはまだ分かりませんが、とりあえず、そのように解釈できます。「罪人は毒を好む」これは、毒殺された蓮三さんのことを罪人と言っているのでしょう。そして最後の一文、「この度、最期を遂げるのは家族ならざる者を殺害した者なり」これがわたしには分かりませんでした。「家族ならざる者」とは一体誰のことでしょうか」

「鞠奈さんのことではないのか……?」

 根来は、様子を伺いながら尋ねた。

「わたしもそのように推理していましたが、早苗さんが、鞠奈さんのことを、果たして文中に記すでしょうか。一通目の殺人予告状では、鞠奈さんのことを示唆した為に、重五郎さんは殺されたと言っても過言ではないのですからね。それにもし鞠奈さんのことを、赤沼家の人間ではないという意味で正確に表現するとしたら「家族にあらざる者」でしょうし……。だから、わたしは、これは鞠奈さんだとは思えませんでした」

「としたら……誰のことなんだ……?」


「そうして悩んでいる時に、村上隼人君の煙草と鞄が、蓮三さんと同じものであることを知ったのです。それも、蓮三の鞄はずっと応接間に置いてありました。そして稲山が不潔にもトイレに村上隼人君の鞄を持ち込んだ時、応接間には村上隼人君の鞄と外見がそっくりな、蓮三さんの鞄だけが残っていたことになります。わたしはこの時に、犯人が決定的な間違いを犯したのだと気づきました」

「まさか……!」

 根来はあまりのことに叫んだ。


「そうです。早苗さんは、村上隼人君の煙草に毒を入れるつもりで、蓮三さんの煙草に毒を入れてしまったのです!」

「だとしたら……この犯行の目的は……」

「考えてみましょう。村上隼人君は有力な容疑者でした。その彼が自分の煙草で死んで、鞄の中からこの文章が出てきたとしたら……」


            *


赤沼家の人間よ

人を呪わば穴二つ

罪人は毒を好む

この度、最期を遂げるのは家族ならざる者を殺害した罪人なり

                Mの怪人


             *


「家族ならざる者とは……」

「家族ならざる者、この言葉は本来はこういう意味ではないでしょうか」

 祐介は紙にすらすらと字を書いた。そこに書かれていたのは「家族に成らざる者」。


「家族に成らざる者……」

「さて、状況を想像してみましょう。一年前に結婚を断られたことによって、村上隼人君にとって、重五郎さんは結局、家族になれなかった人物でした。その重五郎さんを村上隼人君が殺害したとしたら……? そして、このような手紙を鞄にしまって、彼が毒死したとしたら……」

「まさか……これは、殺人予告状ではない。遺書だ!」

 根来は驚愕して叫んだ。


「ええ、しかし偽造された遺書です。早苗さんは、村上隼人を真犯人として永久に抹殺し、つまりは犯人の自殺によって、事件がさも終結したように見せかけようとしたのです。ところが、現実に死んだのは自分の共犯者で実の子の蓮三さんでした」

 その時の早苗夫人の驚愕の嘆きはどれほどのものだったのだろうか。しかし、筆者はこの時の早苗夫人の心理を包み隠さずに記述している。早苗夫人が、村上隼人の死を、今か今かと待っている心理、そして村上隼人のアリバイを心配している心理、そして、あろうことか愛している実の息子の蓮三を、自分の手によって殺害してしまった絶望を、筆者は包み隠さずに記述していたのである。(第四十三回参照)


「この殺人予告状は、実は両方とも殺人予告状ではありませんでした。一方は脅迫状であり、もう一方は遺書だったのです。そして、さも同一人物が書いたものに見せかけていますが、その現れ方はまったく違うものでした。一通目は大胆不敵にも殺人の起こるずっと以前に現れ、もう一通は、殺人の起こった後に見つかるように、極めて用心深く、鞄の底に隠されていたのです。そのため、わたしはこの手紙の送り主が別人であることは、早い段階から気づいていました……」


「しかし、早苗さんは、なぜ重五郎さんのことを「家族ならざる者」なんて分かりづらい言葉で表現したんだ……?」

「それは、殺人の動機をその言葉の中に含ませたかったからでしょう。琴音さんと家族になれなかったからこそ、この事件は起きているんだ、という村上隼人君の感情を……」

 しかしその狙いは外れ、現実に彼女が殺してしまったのは実の息子だった。


「このことから、稲山が犯人でないことも分かりました。何故ならば、稲山は村上隼人君の鞄を預かっていた張本人ですから……。彼が預かっている鞄を間違えるはずはありませんから……」

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