62 大捜索の開始
根来は神妙な顔で、部下の粉河を呼び出した。粉河がやってくると根来は幾分不機嫌そうな顔つきでデスクの上を見下ろしながら、重々しく口を開いた。
「赤沼家付近で、赤沼琴音らしき人物が目撃されていないか、徹底的に聞き込みをするんだ。いいな。村上隼人の話では、赤沼琴音は白い車に乗っているらしい。これが何よりも重要な手がかりだ。やつはまだそう遠くには行っていないだろう。この付近の宿を当たってみるのもいい」
「すると、赤沼琴音が犯人なのですか」
粉河は驚いた表情で根来をまじまじと見つめる。
「ああ、一連の事件の犯人は赤沼琴音とみて間違いないだろう。そうでなくて、なんで姿を隠す必要があるんだ」
「ええ、そうかもしれませんが……」
「この事件の動機は赤沼琴音が殺されたことに対する復讐だ。殺されたのが琴音だろうが鞠奈だろうが大して変わらん。何であれ生き残った方がかつての犯人に復讐をしたんだ。かつての犯人、つまり重五郎と蓮三にな……」
「………」
粉河は納得がいかなそうに黙っていた。それを見て、根来はさらに不機嫌になり、吐き捨てるような口調で、
「とにかく白い車だ。絶対に見つけろよ。逃がしたらただじゃおかねえぞ!」
そう怒鳴る、根来の目はまさに猛虎のように、ギラギラと光り輝いていた。ついに事件の核心に迫ったということに誰よりも興奮し、同時に緊張していた。
このようにして、赤沼琴音の捜索が開始すると、間もなく、赤沼家の本邸からさほど遠くないビジネスホテルに琴音に似た女が宿泊していたことが分かった。そして女は朝方、白い車でどこかへ出かけたということであった。
さらに女は、金剛寺の付近の店に現れたらしく、昼食の弁当を買ったことが分かった。その後、白い車はまた西の方向へと走り去ったという。
赤沼琴音は一体どこへ行ったのか。姿をくらませようとはしているが、自首をした村上隼人のことが心配なのか、けしてこの地を離れようとせずに、赤沼家の本邸からさほど遠くないところで目撃され続けていた。
警察は赤沼琴音を逃亡中の、最有力な容疑者として、最後に目撃された場所の、山道の両側にふたつの検問を敷いた。ところが三時を過ぎても赤沼琴音の白い車はついに現れなかった。そこで、この検問に挟まれた山道の間を隈なく探したところ、果たして、白い車が山道の片隅に止まっているところを発見された。警官が駆けつけると、車内はもぬけの殻であった。
「逃げたんだな。まだそう遠くはない」
発見した警官はそう叫んで、すぐに付近をあたった。歩きで逃げられる範囲など限られている。
「見てください、足跡です」
ひとりの警官が山の中へと通じるぬかるんだ小道に小さな足跡を見つけた。その足跡は山の中へと入っていったものであった。
「容疑者は、山の中に逃げたようです」
根来はその連絡を受けて、現場に急行した。根来は車から飛び出し、ドアを叩きつけるように閉めると、そのぬかるみに近づいて行った。根来は、その足跡を苦々しく睨みつけると、
「よし、女の足ではそう遠くまでは逃げられまい。徹底的に山の中を調べろ! 絶対に殺人犯を逃すな!」
周囲の警官に向かって怒鳴り声を上げた。周囲の警官たちは、根来の気迫に思わず後退りしたほどだった。
根来から電話の連絡を受けて、羽黒祐介と村上隼人も現場に急行し、ふたりはほぼ同時にその山道に到着した。
根来は車から降りてきた村上隼人の方をじろりと睨むと、肩がぶつかりそうなほど歩み寄り、囁くような声で語りかけた。
「村上さん、赤沼琴音はあなたの言葉なら従うかもしれない。一緒に捜索を手伝って頂けますか」
根来のその言葉に、隼人は不安そうな顔を上げて、
「分かりました」
と小さい声でぽつりと言った。
するとその場に立って腕組みをしていて足跡を見つめていた祐介が首を傾げ、ふらりふらりと自由人らしき足取りでふたりに歩み寄る。
「しかし、本当に赤沼琴音が犯人なのでしょうか」
「そんなこた、見つけた後の話ですよ。まずはやつを捕まえる、というより上品に言えば、署で詳しい事情を聞こうと思う」
「こんな大袈裟なことをしたら、なかなか出てこれなくなると思いますがね」
「あんたも細かいなぁ、性格が。怪しいやつは力づくでもしょっぴく、それがわたしの捜査術ですよ」
そう不満げに言うと、根来は祐介に背を向け、容疑者を隠している山を忌々しそうに睨んで、そして一言、
「絶対に逃さんぞ……」
と低い声で呟くように言った。




