53 雪の夜の事故
羽黒祐介は驚愕した。栃木県警に鞠奈が事故死したというその夜のことを聞きに行って、あまりにも恐ろしい真相に気がついたからである。
鞠奈が事故死したとされるのは、鞠奈が滝川家の栃木県の親戚の家に泊まった夜であった。その日は雪の夜であった。
鞠奈は、親戚の叔父さんと一緒に日光の観光地から車に乗って、山奥にある親戚の家に帰るところであった。日が暮れて、だんだんと雪が降りが強くなってきていた。ところが、その車がカーブを曲がり損ねて、ガードレールを突き破り、谷底に落ちたのであった。車は谷底で炎上した。その谷底が人をまったく入れないところで、ふたりの死体を回収することもできなかった。そのガードレールの端には、いつもこの季節になると花が添えられていた。その花を添えていたのが誰かは分からないという。
この話を聞いてから、羽黒祐介はもう一度、あの殺人予告状の文面を思い出した。
*
赤沼家の人々よ
琴音は自殺したのではない
お前たちに殺されたのである
間もなく一年という月日が過ぎようとしている
琴音を殺した赤沼家の人々は、わたしの手によって惨殺されることになるだろう
雪の夜に気をつけろ
Mの怪人
*
羽黒祐介は、この文面をあらためてよく見返した。この「雪の夜」という言葉が意味するものは、本当に重五郎が殺害された夜のことだったのか。それとも、別の意味があるのか。
しばらく前に、稲山執事と祐介が会話したことがあった。その時に稲山が言っていた言葉を祐介は思い出していた。
稲山は、殺人予告状が来てからというもの、雪が降れば殺人が起こるものと決めつけ、恐れていた。そしてある日、重五郎は食堂にいて他の家族と共にステーキを食べていた。この夜、ついにはじめて雪が降ってきたのである。これを見て、早苗夫人が「今夜は雪が降りそうね」と言った。すると早苗夫人は重五郎の様子を見て「ごめんなさい」と謝ったという。重五郎は「気にするな」と言った。(第3回参照)
稲山が引っかかったのはこのシーンであった。なぜならば、早苗夫人はこの時、殺人予告状のことをまったく知らなかったはずなのである。それなのに何故「今夜は雪が降る」と言っただけで重五郎に謝ることになったのか。実は、この時の早苗夫人の真意は、殺人予告状のことなどではなく、鞠奈が死んだ夜に雪が降っていたことを、早苗夫人が知っていたために、「雪の夜」という言葉を安易に発して連想させてしまったことに対して謝罪したのではないか。
そうであるならば、赤沼家にとって、そして何より重五郎にとって、「雪の夜」という言葉がもつ意味合いは、祐介が今まで考えていたものとはまったく違ってきてしまうのではないだろうか。
疑問はそればかりではない。そもそも、この殺人予告状は、なぜ「雪の夜に気をつけろ」と記されているのだろうか。雪の夜と限定してしまえば、犯行はかえって実行し難くなるに決まっているのに。
そして、この雪の夜の殺人と、雪の夜の事故の共通点は一体何を意味しているのだろうか。
鞠奈が雪の夜に死んだ……。祐介は、この事件の核心が、この事故にまでさかのぼるのではないかと思えてきたのであった。




