ライカはお灸を据えられた!【前編】
長くなってしまったので前編と後編に分けます。
そういえばポケットなモンスターの追加DLCの前編にめんどくさい陰キャショタが出てきましたね。
彼の振る舞いには覚えがありすぎて見事にトラウマを刺激されています。
でも好きです、ああいうの。生々しくて。
本作も生々しくやっていきます。ほどほどに。
フォーン伯爵家の執事を務めるセバスさんはどうにも私のことが嫌いらしい。理由は思い当たる節がある……というか、思い当たる節しかない。主人であるフォーン親子を公衆の面前で痛め、一緒に暮らすようになってからも不遜な態度を取り続ける私のことを忠臣である彼が快く思うはずがない。従者とは名ばかりだしな、私。
しかし、さすがに大人なので表立っていじめてくるようなことは一切ない。セバスさんの品位が下がればフォーン伯爵にも影響がある。だから子供じみた真似はしないのだろう。ちゃんと周りを考えられる人なのだ、セバスさんは(フォーン伯爵と違ってね!)。
それでも私が気に食わないことには変わりない。事あるごとにキツく睨まれるし、注意してくるときは語気が明らかに強くなる。時代が時代ならパワハラ上司とか言われそうな勢いだ。いやー、懐かしいっすね、こういうの。
ちなみに当の私はまったく気にしていない。フォーン親子に関してはあのままでは遅かれ早かれ破滅していただろうし、こんな田舎娘に突っつかれて何も言い返せないほうがおかしいのだ。人として間違っていたことを自覚したからこそフォーン伯爵も不問とした。なんなら娘のレティと仲良くしてくれてありがとうとまで言ってくる。私に怒っているのはセバスさんだけというわけだ。
そんな状況もセバスさんにとっては味方がいないようで面白くないんだと思う。せめて同僚の誰かが私を恨んでいれば溜飲も下がっただろうに、意外にも私に対する周囲の評価は高い。たぶんこれは私がレティとずっと一緒にいるせいだ。
かくして自然と孤立する形となっているセバスさんだが、今日はとりわけ機嫌が悪いようだ。週末なので疲れが溜まっているのか。いつもより私に対する当たりが強く、ついには乱暴に胸ぐらを掴まれてしまった。
「ライカ! 言葉遣いには気をつけなさいと何度言えばわかるのです!」
仕事中にレティから剣に関する相談を受けて答えていたところを見つかったのだ。思いの外、議論が白熱したのもよくなかった。それゆえにレティがいるにも関わらず、という経緯だ。
「貴女はこの屋敷の従者なのです! だというのにいつまでもお嬢様に馴れ馴れしくして……! もう我慢なりません! 表に出なさい! 貴女のような聞き分けのない子供には体罰が必要です!」
「ちょっとセバス、どうしましたの? 貴方らしくもない──」
「お嬢様は口を挟まないでいただきたい! 私は執事としてこの不出来な従者を躾ける義務があるのです!」
うぅむ、話の筋は通っている。ってゆーか、どう考えても私が悪い。ここは抵抗せず引き摺り出されるとしますか。
「わかりました。あ、でもその前に剣を取ってきていいですか? 体罰ってのはそういうことですよね?」
私の場合、ただの体罰だと反射神経の強化や攻撃を受け流す訓練にしてしまうためあまり効果的とは言えない。かといって拷問みたいなやり方をしてレティに嫌われるというのもセバスさんからすれば避けたいはずだ。ゆえに、体裁を保つためにも体罰といえば正面きっての戦闘しかありえない。私はそう捉えているのだが、
「……いいでしょう。その減らず口と生意気な顔つきを正してやります。十分後に中庭に来なさい」
どうやら向こうも同じ考えだったらしい。セバスさんはこれまでにない真剣な表情で私を見下し、レティに一礼してから足早に去っていった。
棚から牡丹餅だ。戦闘経験を積めるのはありがたい。私はつい獰猛な笑みをこぼしてしまう。
「セバスがあんなに怒るなんて珍しいですわ。何かあったのかしら」
「十中八九、私のせいだけど確かにね。んー、なんだろう。誕生日を忘れられたとか?」
「それはありえません。従者のプロフィールは全て記憶してますし、毎年一人欠かさず祝ってますもの」
「えっ」
「もちろんライカも把握済みでしてよ。うふふ、誕生日は盛大にお祝いしましょうね」
「あ、うん」
そういえば身内への愛情が人一倍強いタイプだったな、レティは。普通にすごいや。まるで全校生徒の顔と名前を覚えている校長先生みたいだ。お祝いしてくれるのは素直に嬉しいのでぜひとも名うての剣士のみを集めた闘技大会でも開いてほしいところである。
「ま、理由なんかなんでもいいや。剣取ってくるわー」
「わたくしは庭に行ってますわねー」
「あいよー」
とても主従関係にあるとは思えないような緩さで一旦別れる。こういうところがセバスさんの琴線に触れるのだろう。
でも、私がここにいるのはあくまで王立学院に行くためだ。フォーン伯爵家への忠誠心はまったくないし、雇い主であるフォーン親子が許す以上、劇的に態度をあらためる必要はないと思っている。
この反抗心は前世で味わったパワハラ上司への怨念が未だに残っているからかもしれない。命令系統上、上にいるというだけで人間的には別に偉くもなんともないのにどうも勘違いしちゃうんだよな、あいつら。そんな権限一切ないのにやれクビにするだの減給するだの吠えるし。頭おかしいよ。胸クソ悪い。死んじまえ。あっ、死んだのは私のほうだったわ。てへ☆
というわけで、私は図らずもセバスさんと決闘することになった。部屋に戻ってクロウを装備。立ち鏡を一瞥。今の私はクラシカルなメイド服を着ているのだが、武装したメイドさんってなんかいいよね(ただし剣士に限る)。
中庭に行くと険しい顔で腕を組んで立つセバスさんと壁際のベンチに座ったレティが待っていた。セバスさんは丸腰である。残念ながら剣士ではないようだ。
「一応確認しておきますけど手加減するための非武装ってわけではないんですよね?」
私が問いかけるとセバスさんは片眉を上げ、それから腕組みを解いた。
「従者とは何時如何なる時でも主人の剣であり盾であるべきもの。ゆえにこの五体こそが我が武器。たとえ全裸でも戦えるくらいでないと執事など務まりませぬ」
「常在戦場ですか。結構武闘派なんですね」
「かつては女神教の僧兵をしておりましたので」
女神教……。そういえばアルセラも女神教が運営する施設で鍛えられたと言ってたな。魔物や異教徒や暴徒を鎮圧するためには武力も必要というわけか。さすがは世界一の宗教。詳しくは知らないけどすでにヤバさを感じる。
「女神教で奉仕していたところをお父様がスカウトしたんですのよね」
「……お言葉ですが、今はその話をする意義がありませぬ」
セバスさんは珍しくレティに取り合わず口をつぐんだ。これ以上、無駄話をするつもりはないらしい。
「仕置きの時間です」
セバスさんが構える。
両腕を左右に広げ、どっしりと腰を落とし、執事服の下ではち切れんばかりに筋肉を膨らませる。
隙だらけのようでまったく隙がない。
いや、それどころか、その凄まじい気迫が打ち込もうとするこちらの気持ちを早くも削り取っていた。アレに斬りかかるには相当な勇気がいる。
「────っ」
思わず生唾を飲む。さながら我が子を守らんとする母熊のようだ。自身にとっての大切なものを脅かすのであれば何であろうと絶殺する。そんな強い意思を痛いほど感じる。
「これはちょっとやばいかも」
冗談めかして言うくらいの余裕はある。というか、無理やり作った。とりあえずクロウを引き抜き、守りの構えを取る。
相手が剣士でない以上、《鑑定眼・剣》で戦力を把握することはできず、剣士以外との戦闘経験も少ないためはっきり言って勝機は薄い。ある意味今までで一番苦戦しそうだ。
でも、だからこそ戦る価値がある。
「お灸を据えて差し上げます。──お覚悟を」
「上等ッ!!」
気持ちで負けては話にならない。声を張り上げ、私は彼の動きに目を凝らした。
そして、
「……っ! …………ぁ……!」
全身が痛い。
上下左右の間隔が狂っている。
口の中は土と血の味。
半身に伝わる地面の冷たさだけが横たわっていることを教えてくれた。
呼吸はままならず、言葉を発することができず、ただ息も絶え絶えに呻くことしかできない。
「少しムキになりすぎましたかな」
私を叩きのめして気が晴れたのか、頭上から降るセバスの声は幾分か柔らかいものになっていた。私は彼を見上げるのでやっとだ。
「これに懲りたら態度をあらためることです。今日はもう部屋に戻りなさい。あとで治癒士を回しておきます」
そう言い残し、セバスさん──セバスは立ち去った。
セバスが中庭から姿を消してすぐレティが駆け寄ってきた。慎重に私を仰向けに寝かし直し、ハンカチで口元を拭う。高そうな布には白く泡立った唾と赤く濁った血が付着していた。
「ライカ、大丈夫ですの?」
「…………」
私は力無く首を横に振った。まだ話せる状態じゃない。
「セバスがあんなに強いだなんて思いませんでしたわ。今度わたくしも……いえ、わたくしが相手だと手加減してしまいそうですわね」
そりゃそうだろうな。主人に向けて本気で拳を振るう従者がどこにいるよ。
「ところでセバスの動きは見えました?」
それはギリギリだな。私は首を縦に動かす。
「さすがですわね。踏み込んで腹に一発、身体が浮かび上がったところで背中から一発、それで終わりでした」
そうだね。ああ、本当に呆気なかった。防御なんか意味がない。初動が読めただけでそのあとはろくに反応できずいいようにやられてしまった。情けない。惨めだ。一振りすらも許されなかっただなんて。
……クソが。痛みが薄れるにつれ、次第に悔しさが込み上げてくる。ようやく動き始めた指先でたまらず地面を掻く。悔しい、悔しい、悔しいッッッ!
でも、同時に感動する。あれは日々のたゆまぬ鍛錬による強さだ。明確な根拠はない。ただそう感じたに過ぎないが、半ば確信に近いものが胸中に芽生えていた。
もちろんレベルの差はあっただろう。だけどレベルがもたらす恩恵はあくまで各ステータスの向上であり、戦闘技術そのものは自分自身で磨いていかなければならない。それが絶対不動の理だ。言わばステータスとは単なる道具でしかなく、それらがどんなに優れていようと使う者の技量が低ければ持て余すことになる。スキルも同様である。
きっとセバスはフォーン親子を守るために自分という剣を磨き続けてきたのだ。
私はそこに尊敬の念を抱かずに入られなかった。
そして、
「ふ、は」
何がなんでも攻略したいと思った。
──よし。
「ライカ、貴女また何か悪いことを企んでいるでしょう」
レティが突然呆れたように笑う。
「バレた?」
「バレバレですわ」
そう言って彼女は左右の人差し指で唇の両端を押し上げた。〝貴女は今こんな顔してますわよ〟というジェスチャーだ。レティがやるから可愛らしいけど、私自身の笑顔はもっと凶悪に歪んでいるんだろうな。だってこんなにも悔しさと楽しさで胸がいっぱいなんだもの。
それからレティは未だ身動きの取れない私を横抱きにして立ち上がった。いわゆるお姫様抱っこである。
「部屋で詳しく聞かせてもらいますわよ」
移動が始まる。歩かなくていいのは楽だ。けれど、レティがあまりにも足早に移動するので揺れが激しくなり、私はちょっと吐き気を催す。
「それはいいけどもうちょい優しく運んでくんない? 揺れが内臓に響いて気持ち悪い」
「贅沢言うんじゃありませんわ」
要求はあえなく却下された。そうしたくなるくらいには、レティもわくわくしているようだった。
少女わからせリョナ回ですね。大人を舐めるなよ。
クソガキ街道まっしぐらなライカですが、いつか落ち着きのある大人の女性になる……のかな……?
それはつまらない気がします。




