ライカは溜め込んでいた怒りを爆発させた!
この話のラスト以降を改稿していきます。(10/23)
意見をくださった方、ありがとうございます。
読者のみなさんが私にとっての頼れる編集さんです。
目には目を。歯には歯を。腹パンには腹パンを。
密着状態から下半身の捻りを活かしてボディブローを叩き込む。何度も何度も叩き込む。レティシエントは殴られるたびに苦悶を漏らし、後ろに退がりたがるが、私の剣が杭となっているため動けない。
「うわぁぁぁぁ!!」
がむしゃらに振るわれる大剣。そりゃ悪手だ。振りかぶった段階で肘に掌底を当てて止める。
「学習しろ馬鹿が」
大剣の強みは長大な刀身による破壊力とリーチ。しかし、これらは零距離だとかえって欠点になる。強みであるはずの重さと大きさが致命的にスピードを損なうため、近距離であればあるほど小回りが利かず、今の私の立ち位置こそが安全圏となるのだ。いわば台風の目である。
アルセラは壁際に追い詰められたとき咄嗟に頭突きで反撃したが、あれこそが最もレティシエントの弱点を突いた攻撃だったというわけだ。
彼女がこの作戦を徹することができなかったのはひとえに警戒心の高さと防戦への自信がありすぎたせいだろう。得意分野が悪い方向に働いてしまい安全圏まで踏み込みきれなかった。結果論になるが、私の分析ではそれが最たる敗因だ。
だから私は離れない。気持ちよく戦わせてなんかやらない。密着してプレッシャーを与え続け、心を押し潰してやる。
「はぁっ、はぁ……! ふ、ふふ、あっはっはっは!」
レティシエントが急に笑い出した。殴られすぎておかしくなったのか?
「何が〈剣神〉ですか! さっきから打撃ばかりでちっとも剣を振らないではありませんか! そんなにわたくしと剣で競うのが怖い? 剣士なら剣士らしく戦ってみなさいよ!」
「負け惜しみだな」
腹に膝蹴りを捻じ込む。レティシエントはえずき、唾と涙を垂らしながら私を睨みつける。
「し、所詮はその程度ということですわ……! 貴女はアルセラの仇討ちに一生懸命で剣士としての本懐を忘れている。これで勝ったとしても貴女のほうが剣士として優れているという証明にはならない。これならそこいらの女の子に剣を持たせたほうがマシですわ!」
「よくしゃべる奴だ。落ち込みモードは終わったのか?」
そろそろ趣向を変えてみるか。私は素早く腕をしならせ、レティシエントの頬を思いっきりビンタする。パァン! と張り裂けるような音が響いた。
「ぎっ……!!」
レティシエントはさらに涙を滲ませる。だが、好戦的な目つきはやめない。依然として私に牙を剥いている。
一応、本気でやってるんだけどな。貴族のお嬢様らしからぬ頑丈さだ。これは単純な暴力だけでは足りないかもしれん。状況に合わせて柔軟に対応すべきだろう。
「仕方ない。お望み通りこっちで相手してやるよ」
レティシエントの足から剣を引き抜き、軽く肩を押すことで大剣に有利な間合いを作ってやる。荒い呼吸を繰り返しているので落ち着くまで待つ。
「どこまでも生意気な人ですわ……!」
ようやく構えた。
「高飛車なおまえが言えた義理でもないだろうに。──来い」
「言われなくても! はぁぁぁっ!!」
暴風じみた剣戟が襲いくる。今度は始動で抑えることはせず、タイミングを調整して真っ向から打ち合う。大小異なる剣が甲高い金属音を奏で、激突の余波で周囲に砂煙を巻き上げた。
「小癪な!!」
「思い上がるな!」
長剣と大剣。単純な力比べにおいてどちらが有利かは考えるまでもない。
だが、数値にして200オーバーの攻撃力を有し、さらに『気功剣技』で身体能力を強化している私には武器の相性など無問題だ。
大剣は私を斬り捨てようと幾度となく打ちつけられる。レティシエントの猛攻に対し、私は皮肉を込めて同じ種類の斬撃で応戦する。
パワーは互角。しかし、剣の技量は私が上だ。相手の動きに合わせられていることがその証左と言える。
いったい何がその差を生んでいるのか。
それはたぶん、純然たる剣技を追い求めた人間が身近にいたかどうかの違いだろう。
私にはお父さんというライバルがいて、レティシエントにはステータス頼りの戦い方をする人間しかいなかった。
私たちの力の差は、育ってきた環境の差だ。
だったら私は負けない。
負けるはずがない。
四年間、付きっきりで鍛えてもらった。
親に押し付けられた不似合いな剣では、私という壁は越えられない──!
数にして十三合目。
完璧な相殺による均衡は突然崩れた。
「痛ぁっ!?」
レティシエントが打ち負けた。連撃の疲労で握りが甘くなったようだ。ここでも大剣の特徴が裏目に出ていた。
私は縮地もどきで肉薄し、彼女の首筋に刃を当てる。
「獲った」
「こ、こんなはずじゃ……」
わなわなと唇を震わせるレティシエント。
「窮屈で礼儀正しい、つまらん剣だ。父親の仕込みか?」
「っ!! お父様を侮辱するな!!」
「その獰猛さだよ」
予選での一撃を見たときからずっと思っていたことだ。
「おまえの剣は貴族らしく整っている。見る者を惹きつける美しさはあるが、それゆえに単調で読みやすい。私からすれば教科書通りすぎて欠伸が出るわ」
実際に欠伸してみせる。あ、涙も出ちゃった。
「だけどおまえの本性はもっと荒々しく苛烈なものだろ? 行儀のいいお貴族サマの剣なんてそもそも性に合ってないんだよ。大剣と《飛竜剣技》の組み合わせだってミスマッチだ。元から攻撃範囲が広いのにわざわざ射程を補ってどうすんの。『竜墜刃』みたいな遠距離技はどっちかっていうと長剣使いや双剣使い向けじゃん。技の溜めがあるせいで攻撃後の隙を潰すこともできないし──」
いかん、語り出すと止まらない。
「威力も直接斬りかかったほうが強いからホントに《飛竜剣技》を使う理由が見つからないんだよね。重装備で鈍足ってんならまだわかるんだけど。何もかもがチグハグですごくもったいないよ。フォーン伯爵が本気で指導した結果がこれならかなりセンスが悪いと思う」
「ま、またお父様のことを……!」
「だって事実だもん。言われたってしょうがないさ。でも、もしも他の意図があるのだとしたら、それはあんたに死んだ妻の剣を受け継いでもらいたかったからなんじゃないかな」
「!」
「その顔、さては心当たりがあるな? ようするにあんたは〈剣聖〉だったマリアンヌさんの模造品に過ぎないんだ。それが歪さの正体であり、あんたが私に勝てない理由。どんなに似ていても母と子は違う人間だってことをわかっていない。だから弱い。だから負ける。間違った指導法による弊害がここにきて露呈した」
「……貴女の言う通りですわ」
レティシエントが自嘲気味に笑った。
「わたくしの剣は、今は亡きお母様の剣。大剣を使うこと以外は全てお母様の模倣でしかない。いえ、模倣とすら呼べないでしょう。本人から教わったわけではないのですから」
推理は当たっていたようだ。
「まさか見抜かれるとは思いませんでしたわ。さすがは剣狂いと言ったところかしら。剣のことならなんでもわかってしまいそうですわね」
「褒めても斬撃しか出ないよ。本当に首刎ねる?」
「お断りしますわ」
「むっ」
マジか、素手で刀身を掴みやがった。しかもそのまま強引に刃と首を遠ざけていく。血が出ないにしても相当な痛みが走っているはずなのに。
「譲れ……ない、んですわ……!」
「お、おぉ?」
なんて精神力だ。それに比例するかのようなこのパワーは──。
「おまえ……!」
「そうでなければ、意味がありませんのっ。弱さは罪。けれど強いだけではいけない。戦い方や勝ち方にこだわってこそ、真の強者たりえるのですわ。だから……! だから……!!」
レティシエントは私の剣を振り払い、後ろに跳んで大剣を構え直した。
「わたくしはこの剣で勝ちます! 貴女ごときにフォーン家の絆は壊せない! わたくしの心は決して折れません!!」
「──そうかよ」
あくまでスタイルを変えるつもりはない、と。
ま、それならそれでいいさ。講釈を垂れ流したり探偵ごっこに興じたりしたが私もやることは変わらない。
怒りが再び燃え上がる。頭と身体が戦闘用に切り替わる。
暴力も言葉もダメだった。ならば残るはやっぱり剣だ。相手の土俵に立った上で圧倒する。それがヤツの心を砕くための近道らしい。
私はゆったりと剣を掲げ、レティシエントに突きつけた。
「そろそろ本気でいくぞ」
「上等ですわ! かかってきなさい、剣狂い!」
有言実行。縮地もどきから『気功剣技』の奥義が一つ『烈火』へと繋ぐ。無呼吸状態より繰り出される連撃は全てが会心の一撃。一合目でレティシエントを退がらせ、二合目で大剣を弾き、三合目で脇腹を引き裂く。
「────ぅ、あ゛、ああァァぁあっッツ!!」
しかし、四合目は耐えられる。私は驚かなかった。むしろやはりそうかと納得した。
この精神力こそが彼女の強みだ。気合いや根性といった精神論で常識を覆す。そういう力がこの女にはある。これも一種の才能か。
面白い。どこまでいけるか試してみよう。
五合目──耐えた。
六合目──耐えた。
七合目──危ういが、耐えた。
八合目──吹き飛んだ。
いや、手応えが薄い。今のは自分から後ろに跳んだな? 本能がそうさせたのか。あるいはアルセラにされたことを真似たのか。どちらにせよ私の『烈火』は八連続で終わった。ちょうど息を吸いたくなったタイミングでもあった。
「──『竜墜刃』!」
呼吸の合間を縫うように三日月状の斬撃が飛んでくる。私は剣を横に薙ぐ。衝撃が腕全体を軽く痺れさせたが、難なく掻き消すことができた。
なんだか妙な感覚だ。魔力で構成された攻撃は物理攻撃と違って衝撃が浸透しやすい気がする。検証したい……。
よし、もう一発撃たせよう。今度は『金剛』を準備してレティシエントの追撃を待つ。《飛竜剣技》にこだわっているレティシエントなら足を止めた私に対して『竜墜刃』を使ってくるはずだ。
「次こそ決めますわ! ──『竜墜刃』!」
来た、魔力を帯びた三日月状の飛ぶ斬撃。私は自身と剣を気で包み込み、真正面から受け止める。
「ぐぅっ!?」
すると、先ほどよりも強烈な衝撃が私の腕を貫いた。バレーボールでレシーブをミスったときみたいだ……ってよく覚えてたな、こんなこと。
だけどわかったぞ。気では魔力を相殺できないんだ。だからしっかり備えていたのに先ほどよりも強い衝撃を感じた。気と魔力は別々のエネルギーであり、おそらくは魔力同士でのみ干渉するのだ。
この性質は厄介だな。私はまだ魔力の扱いについてきちんと習ったことがない。つまり『竜墜刃』を完璧に相殺することができない。
対策については実戦の中で試してみてもいいが、レティシエントは天才だ。これまで何度も予想を上回ってきた。付け焼き刃が通用するとは思えない。ここはこれまで通り『気功剣技』で戦うのが最適だろう。
「もらったぁぁぁああっ!!」
二度に渡る『竜墜刃』によって私の体勢は崩れていた。
そこへレティシエントが喜び勇んで飛び込んでくる。
そうだよな、こんな好機を逃す手はないよな。
──でも。
「かかった」
これは誘い。これは演技。これは──『疾風』への布石。
私はレティシエントの突進に合わせて突きを放った。
「がはっ!?」
切っ先が銀の胸当てを打ち砕く。その下にある真っ赤なドレスを日の下に晒す。血の代わりに胸当ての破片が飛び散り、レティシエントは地面に背中を強く打ちつけた。
「う、ぐ、ぁあ、あ……!!」
苦しそうに呻きながら背中を丸め、剣を持たないほうの手で痛みを取り除こうとしているかのごとく胸を掻きむしっている。それでも剣を手放さないのは立派だと誉めてやりたいところだ。
「過信したね。『竜墜刃』では私は倒せないよ」
腕を振って痺れを慣らしつつ歩み寄る。私の足元には赤ん坊のように丸まるレティシエントの姿。その腹を容赦なく蹴り飛ばす。彼女は赤ん坊からボールに変わり、
「おっと」
偶然にも父親の眼前に転がっていった。
私が割ったマジックミラーの向こうで、フォーン伯爵は怒りと悲しみが混じったような表情を見せる。
「な、何をしているレティ! 立て! 立つんだ! おまえは強くあらねばならんのだぞ!」
まるでボクシングのセコンドだ。大切な一人娘がもがき苦しんでいるのだから他にかけるべき言葉があるだろうに。
しかし、その位置は私に取って好都合だ。私はさらなる追い打ちをかけるべく、なんとか立ちあがろうとするレティシエントに近づき、その頭を踏み躙った。
「ぐぁッ」
「レティ!」
私の足と地面の板挟みとなり、うつ伏せから復帰できないレティシエント。フォーン伯爵は特等席から身を乗り出す。
「助けますか? その場合、そちらの反則負けになりますけど」
「ぐッ……ぬぅ……!」
歯噛みし、拳を握り締め、フォーン伯爵は割れたマジックミラーの手前で止まった。いや助けに来いよ。一人娘のピンチだぞ。私に殴りかかるなりそこから魔法を撃つなりすればいいじゃないか。なんだってそこまで勝利にこだわるんだか。
「あらあら。パパは助けてくれないって。残念だねー、レティシエントちゃん。なんでかわかるぅ〜?」
私はじわじわと体重をかけつつ、
「──おまえが弱いからだよ」
言ってやった。言いたいことをきっちりお膳立てした上で言ってやれた。性格が悪いって思われるだろうけど大変気分がいい。
もうこの時点で半分くらいは目的を達成したようなものだ。あとはコイツの心を折り切って試合に勝ち、親子揃ってアルセラに頭を下げさせる。それで私の完勝だ。
さて、レティシエントはここからどうするつもりかな?




