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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第二章 伯爵の町〈フォーン〉での闘技大会編
27/37

ライカはレティシエントとの決勝戦に臨んだ!

 私は彼女に対する認識を間違えていたらしい。


「ふざけんなテメェ!!」


 身体に火が入り、レティシエントを投げ飛ばす。力の源は怒りだ。腹の底から湧き上がる怒りが私の力を増幅していた。医薬品や医療器具を載せるカートがガシャァンと耳障りな音を立てて倒れる。


「今言う必要ないだろそれ! なんでわざわざアルセラが傷つくようなこと言うんだ!」


「だって、苦しまないと罰にはならないでしょう?」


 レティシエントはゆらりと立ち上がり、平然とそう言い放った。


「アルセラが魔力欠乏症にかかったのは知っています。だからこそ、今がベストなタイミングだった。単純な話ですわ」


「この外道が!」


 アルセラは素晴らしい剣士だ。その稀有な才能と積み上げてきた努力は誰にも否定させない。侮辱も冒涜も許さない。だからコイツはぶち殺す。試合なんか待ってられるか!


「ライカ、いけません!」


 クロウを引き抜こうとした瞬間、他ならぬアルセラが私を止めた。


 私は抜剣寸前の姿勢で固まった。


「アルセラ……でも……」


「ここで争えばあなたの立場が危うくなります。最悪、出場停止処分も……。今は私に免じて、その剣を納めたままにしてください」


「…………」


 くそったれ。


 でも、本人の、意思を、尊重、すべきだ。


 私は、爆発しかけの衝動を、力づくで、抑え込む。


「わかった。あんたが、そう言うなら」


 柄から、指を、離した。


「は──ぁ」


 溜まった鬱憤を息に乗せて吐き出す。それを何度か繰り返すと、破裂しかけていた自我が戻ってくる。


 一時的にだ。


 一時的に、我慢する。


「ありがとうございます。私のために怒ってくれて」


「礼なんかいらないよ」


 むしろそうすべきは私のほうだ。あのまま怒りに呑まれていたら確実に流血沙汰になっていた。伯爵令嬢にそんなことしたらを良くてブタ箱行き、悪くて死刑。私の剣の道は殺人罪によって閉ざされていただろう。


「おいクソ女」


 私は敵意をまったく隠さずレティシエントに指を差す。もはやコイツに敬意を払う理由はない。


 レティシエントは死んだ魚の目で睨み返してくる。


「私は剣狂いだからな。おまえの剣だけは認めよう。だが、それ以外は何一つ認めない」


「認めない? 元より貴女に認めてもらう筋合いなんてありませんわ。そもそも貴女ごときに何ができますの?」


「おまえに勝てる」


「戯言を」


「戯言なもんか。それに、ただ勝つだけじゃない」


 親指を立て、下に向ける。


「おまえたち親子の全てを否定してやる。思想も心もぶっ壊して二度とふざけた真似ができないようにしてやる。覚悟しやがれ。生きて(・・・)帰れると思うな(・・・・・・・)


 セバスさん、騎士団長さん、ごめんなさい。あなたたちとの約束は守れない。


 だけど退けない。譲れないんだ。


 コイツは私の好きなモノを否定した。だからどんな事情があろうとコイツを今日で終わらせる。


「ふん、気迫だけは大したものですわ」


 レティシエントはドアに向かって歩き出し、


「私は誰にも負けませんわ。誰にも、負けられない。貴女のほうこそ覚悟しておくことね、ライカ」


 治療室を出る直前、そんな捨てゼリフを残していった。


「アルセラ、大丈夫?」


 二人きりに戻り、私はアルセラの様子を確かめた。パッと見でわかる変化はない。だが……。


「平気です」


 笑顔がどこか痛々しい。


「魔物の襲撃はそもそも自領で解決すべき問題です。だから力のある者が貴族として各地をまとめてるんです。……私の故郷が滅んだのは、全てヴァンキッシュ家の責任ですよ」


「だからって簡単に割り切れるもんじゃないでしょ。アイツらが手伝ってればアルセラの家族は──」


「ライカ」


 優しい声音。


「少し疲れました。休ませてもらってもいいですか」


「……うん」


 それ以上、何かを言えるはずもなかった。


 私は倒れたカートを直し、治療室を出た。


 ドアをしっかりと閉める。


 耳をすませば背後からすすり泣く声。


 聞こえない。何も聞こえないよ。


 行ってくるね、アルセラ。


『よく我慢した』


「いいや、クロウ。我慢したのはアルセラだよ」


 剣だけじゃなく心まで強い子だ。


 絶対に潰させない。


 あの子の誇りは私が取り戻す。


『そろそろ第二試合を始まります! ライカ選手とミルフィーユ選手は試合場にお越しください!』


 コニマちゃんが呼んでる。


 行こう。


 すぐに終わらせて、あのクズを引き摺り出さなきゃ。




 試合場に出ると、すでにミルフィーユが初期位置についていた。


「来たなぁ、ライカ! てめぇは強い! だが一矢報いることもできないんじゃあ男が廃る! あのときの借りを返させてもらうぜ!」


 五月蝿い。


『おぉっと、三人目の天才少女、ライカ選手が到着しました! これでみなさんお待ちかねの第二試合がようやく始められます! 予選ではたった一度の戦闘で周りを圧倒したライカ選手ですが、本選ではどのような試合を見せてくれるのでしょうか!』


 五月蝿い。


「がんばれー!」「期待してるぞー!」「可愛いー!」「いや、かっこいいだろ!」「またすげぇの見せてくれ!」「そろそろ本気出せよー!」


 五月蝿い。


 ミルフィーユの啖呵も、コニマちゃんの実況も、観客の声援も、どれもこれも雑音だ。


 場が盛り上がるような展開はいらない。


 こんな茶番に時間はかけない。


「……ん」


 ふと視線を感じ、周りを見渡した。


 私が観戦していた控え室の窓。その真下。


 壁の一部が変色している。


 よく見ると、うっすらと人影が透けて見えた。


 そうか。


 そこが特等席ってやつか。


 なあ、ガルバディア・フォーン?


「見づらそうだなぁ」


 見晴らし、良くしてあげようか。


『それではいっちょ始めましょう! フォーン闘技大会本選、第二試合! スタァァァ』


「いっくぜぇぇぇっっ!」


 だから五月蝿いって。


 ──『神威』。


『トォォォォぁぁあああっ!? な、なんだぁ!? これはいったいどういうことだぁぁあ!?』


 私は特等席に向かう。


『ミルフィーユ選手が試合開始と同時に倒れました! ライカ選手が何かしたようには思えません! そもそも剣を抜いてすらいませんでした! た、体調不良でしょうか? 救護班急いでください!』


 特等席の前に立ち、漆黒の愛剣を抜き放つ。そして、


『って、ライカ選手? 何を……』


 試合場と特等席を区切るマジックミラー的な壁を、数度の斬撃で斬り崩した。


『ちょっ、ホントに何してるんですかっ!? 会場をわざと壊されるのはさすがに運営側として見過ごせな──え?』


「どうも、伯爵サマ」


 ご対面だ。


 フォーン伯爵は予期せぬ私の接触に唖然としていた。


『な、なんということでしょう! ライカ選手によって壊された壁の中からフォーン伯爵の姿が現れました! あそこに部屋があったなんて驚きです! 伯爵家専用の特等席なんでしょうか!?』


「ご機嫌いかが? あ、これから御息女サマをグチャグチャにしますけど問題ありませんよね? どんな目に遭おうが弱いのが悪いんですから」


「き、貴様ァ……!」


「あはは、睨んだ顔とかそっくりですね。その調子で自分似の娘がぽっと出の田舎剣士に叩き潰される様をご覧になってください」


 本当はこのクソ親父も斬り捨てたいところだがね。まずは娘のほうからだ。


「それじゃ、領主権限でちゃっちゃと決勝戦を始めてくださいねー」


 他に語るべきことはない。一方的に会話を終え、破壊衝動を抑えつつ私は試合場の中央に戻った。


「お、重い……!」「そっちしっかり持て!」「くそぅ、俺もアルセラちゃんを運びたかった!」「痩せてくれぇ!」


 気を失ったミルフィーユが救護班によって運び出されていた。すぐに来るとは優秀だな。でもデブな患者で大変そうだ。


 さて、ヤツがくるまで待つとしますか。


 数分後。


『──会場の皆様にお知らせします。今しがた搬送されたミルフィーユ選手の容態ですが、ひとまず命に別状はありません。しかし、試合を行える状態ではないという判断が下されたため、第二試合はライカ選手の不戦勝となります』


 そういう扱いになったか。まあ、妥当だな。


 観客の反応は半々だった。素直に私の決勝進出を喜ぶ声もあれば、私がミルフィーユに対して毒でも盛ったんじゃないかという疑惑の声もあがっていた。正解かどうかも半々だ。『神威』を毒と喩えるならね。


『さらにご報告致します。第二試合が予定を遥かに上回る早さで終わってしまいましたので、このあとすぐ決勝戦を行います。レティシエント選手が到着するまで今しばらくお待ちください』


 さっさとこいよ、ウスノロが。


 それから一分もしないうちにレティシエントが現れた。こうなることは予想できていたらしい。


 彼女は試合場の出入口からゆっくりと歩いてくる。相変わらずのローテンションで、やはり目が据わっていた。


 あらためて思うが、第一試合をやる前とはすっかり別人の雰囲気だ。


 大剣はすでに呼び出してある。逆手に持っているせいで切っ先が地面を削っていた。態度はともかく剣をぞんざいに扱うのは感心せんな。


『レティシエント選手が到着しました! 決勝戦を始めますので両者は指定の位置について武器を構えてください!』


 私はレティシエントを視認した時点でそうしていた。コニマちゃんのアナウンスが遅れたような形になったが、段取りとしては自然だ。


 私はクロウを正眼に構える。


 レティシエントは大剣を持ち直して肩に乗せる。


 事前に交わすべき言葉はない。


 どのみち主張は平行線だ。


 剣で語り合い、剣でどちらが正しいかを決める。


 それが剣士という生き物のルール。


『今ここに稀代の両雄が揃い踏みました! 予選では一撃で勝負を決め、本選では力強い粘り勝ちを見せた『金色の竜王妃』ことレティシエント選手! 対するは、他を圧倒し続け未だにその実力の片鱗しか見せないライカ選手! この戦いがどんな結末になるのか私には想像もつきません! そして第一試合の直前に申し上げた通り、ライカ選手にも二つ名が提案されています! つまりこの試合は本日二度目の二つ名持ち対決(ネームドバトル)!』


 コニマちゃんがやかましく叫んでる。そういや二つ名を呼んでもらう約束だったな。鬱陶しいが、さすがにこれに関してはこっちから振った話なので急かすような真似はできない。


『それでは発表します!』


 騒然としていた会場が静まり返る。


『ライカ選手の二つ名は……』


 コニマちゃんはたっぷりと溜めを作り、


『──『黒の剣姫』! ライカ選手の二つ名は『黒の剣姫』です!』


 私の二つ名を高らかに読み上げた。


 観客は大喜びだ。


『この二つ名は彼女の特徴を端的に表していますね。黒い髪と剣を持った愛らしい少女。ゆえに『黒の剣姫』。『金色の竜王妃』や『六翼の天使』と比べても非常にわかりやすいのではないでしょうか!』


 はいはい、もういいでしょ。


 向こうも退屈そうにしてる。早く試合を始めてくださーい。


『というわけで、いよいよ決勝戦です! 『金色の竜王妃』ことレティシエント・マリー・フォーン選手! 『黒の剣姫』こと〈ノホルン〉のライカ選手! 果たして優勝はどちらの手に渡るのか! 果たしてどちらが真の強者なのか!』


 決勝戦の開始を報せる壮大なファンファーレが鳴り響く。出場者である私たちの心理とは裏腹に、会場は最上級の盛り上がりを演出する。


 だが、私には最早ほとんど聞こえていなかった。私がレティシエントという一点にのみ、意識を注ぎつつあるからだ。試合場と観客席の間に防音性に優れた仕切りが設けられたようだった。


 残りの集中力を回しきる前にフォーン伯爵を一瞥する。


 まさに固唾を呑んで見守ってる、って感じだ。


 私の目的はフォーン親子の思想と心を壊すことなので、なるべく邪悪に笑っておいた。


『泣いても笑ってもこれが最後です! フォーン闘技大会決勝戦! よーい……スタートォォォオオッ!!」


 やっとか。


 じゃあ、まず。


 ぶっ壊そうか、何もかも。


「──はッ!!」


 私は一瞬のうちに肉薄する。全身のバネを活かし、斜め下から斬り上げる。


 レティシエントは反応できていない。私がいきなり最高速を出したことに驚いていた。


 これは前世では縮地と呼ばれていた技術。その猿真似だ。うろ覚えの知識をもとに何ヶ月か練習しただけなので本物には程遠いが、この世界でならそれなりの再現率になる。現状では私専用の擬似スキルだ。


 レティシエントが慌てて肩から大剣を振り下ろす。でも、全然間に合ってない。チンタラしてんじゃねぇよ。重量や軌道で不利だとしても威力が乗り切る前なら弾き返すのは簡単なんだ。私の剣はレティシエントの大剣を打ち上げた。


 おっと、胴がガラ空きじゃないか。だったらアルセラに倣いましょうかね。内臓を潰すつもりで前蹴りを放つ。


「ごふっ!?」


 私の踵は深々とレティシエントのみぞおちに突き刺さり、少なくない量の消化液を吐かせた。汚ねぇな。すかさず距離を詰め直し、さらに横っ面をぶん殴る。レティシエントは私を追い払おうと大剣を振ったが、見切って止めてもう一発、反対の頬も裏拳でぶん殴る。ついでに前髪を掴んで顔面に膝蹴りをプレゼント。


「ぎ、ぁあ、あ……っ!」


 顔を抑えてあとずさるレティシエント。それに合わせて私も数歩進む。間合いは変えない。手を伸ばせば届く距離に居続ける。


「ふーん。今のでも鼻血すら出ないんだ。やっぱりすごいね、魔法って」


「な、なぜ……」


「あ?」


 レティシエントが指の隙間から睨んでくる。


「なぜ斬らないんですの!? 隙はあったでしょう! おちょくってますの!?」


「そうだよ」


 私はあえておどけて見せた。


 そしてドレスの襟を掴み、容赦のない頭突きをかます。こっちも結構痛いけど、額をくっつけたまま、父親にしてやったのと同じように邪悪な笑みを浮かべてみせる。


「おまえは私の好きなモノを踏み躙ったんだ。だから私もおまえの全てを踏み躙る。さっきもそう言っただろう?」


「そのために……トドメを刺さないよう手加減してるとでも言いますの!? 舐めるな!!」


 激昂したレティシエントが私の腹を殴ってくる。しかし、体術は未熟なようだ。ステータス頼りの素人パンチは腹筋を固めるだけで耐えられた。


「なっ!?」


「勘違いするな」


 私は剣を逆手に持ち替え、レティシエントの足の甲を突き刺した。


「がぁぁッ!?」


「これは裁きだ。これからどんなことが起ころうと、弱さという罪を抱えたおまえには、どうすることも許されない」


 すでにゴングは鳴ったのだ。


 もう抑える必要はない。


 怒りよ、目醒めろ。


 本能よ、喰い尽くせ。


「絶対に確実に徹底的に破壊し尽くす。覚悟しろ、レティシエント・マリー・フォーン! おまえは自分のルールに殺されるんだ!!」


 この瞬間──私はついにブチギレた。

【簡易メモ】


 ─スキルと擬似スキルの違いについて─


 スキルとは、特定の技術が広く周知されることでシステムとして昇華されたものである。スキルシステムの恩恵を受けた技術は、一定量の熟練度を溜めるだけで誰でも使いこなせるようになる。たとえば《飛竜剣技》を習得した場合、それまでは『竜墜刃』しか知らずとも、習得した瞬間に《飛竜剣技》を用いた全ての戦技の使用方法が理解できる。


 対して擬似スキルとは、認知度が低く、システムの恩恵を受けられない技術のことを指す。現時点ではライカの『気功剣技』や縮地もどきがこれにあたり、擬似スキルは熟練度を溜めることができないため、習得するには稀有な才能と地道な努力が必要となる。裏を返せば発展途上の技術なので、その伸び代は未知数である。

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