ライカは天才同士の戦いを観戦した!
アルセラvsレティシエントです。
数話続く予定です。
あとたまにエゴサするんですが、たったの一言でも感想をいただけるのはすごく嬉しいです!
皆さんが読んでくださっていることを励みに、少なくとも週一くらいのペースで更新していきたいと思います。
『テステス、テステス。音響魔法異常なし。皆さんはどうですか? お手洗いは済ませました? 食事やお酒の用意はどうですか? ──フォーン闘技大会、その本選を観る準備はできてますかぁああーーっ!?』
コニマちゃんの煽りに、観客一同が声で応える。会場は一気に最高潮。待ってましたと言わんばかりの大盛況だ。
『よろしい、ならば始めましょう! 音楽隊の皆さん、選手入場のファンファーレをお願いします!』
壮大な式典演奏に合わせて二人の少女が現れ、試合場の中央までは並行して進み、そこから左右に分かれた。ある程度離れたところで同時に振り向き、それぞれの武器を構える。
レティシエントはその際、大剣に金炎の魔力を纏わせていた。それは武器に込められたものではなく装備者の自前だ。演出として披露したのだろう。
対して、アルセラはそっけなく双剣を抜いていた。だが、何気ないその動作は本人の美貌もあいまって美しかった。まるでお芝居のワンシーンを見ているようだった。見る者の心を魅了する。アルセラは自然にそれをやってのける。
比較してみると、二人は正反対だった。
目立ち方も、戦闘スタイルも、扱う武器もまったく逆だ。
共通しているのは勝利への想いだけ。
たった一つをもぎ取るために、二人は死力を尽くすだろう。
「羨ましいなぁ……」
今すぐあの場に飛び込んで三人で斬り合いたい。
そんな衝動は羨望に変わっている。
でも、まだ我慢しなくちゃね。
『今ここに二人の強者が揃いました! あらためて紹介しましょう! まずは我らがお嬢様、『金色の竜王妃』ことレティシエント・マリー・フォーン選手! 予選ではたった一振りで全ての敵を薙ぎ倒すという脅威のパワーを見せてくれました! この試合ではどれほどの強さを見せてくれるのか、期待は高まるばかりです!』
ふふん、とレティシエントがアルセラに嘲笑を向けた。
アルセラはまったくの無表情で見返している。
『対するはアルセラ・ヴァンキッシュ選手! こちらもかなりの手練れであります! しかも可愛い顔してやることがエグい! 見ているこっちが呻きたくなるような残虐ファイトは実は結構好評で、すでに多くのファンが生まれているんだとか! おっと、何やら自分もいじめてほしいなどと特殊性癖を暴露する声もあがっていますね! 今日はお祭りだからいいですけど、普段はやめてくださいよ! 完全にセクハラ案件ですから!』
しかし、自分に向けられた声援によって一転、アルセラは慌てたような顔で全方向を見渡し、とにかく頭を下げて回った。そんな初心な仕草が気に入られたのか、声援はより大きくなった。
こういう目立ち慣れてないところもアルセラの魅力だ。ギャップがいいよね、わかります。
『そして、ここでお知らせです! なんと先ほど、アルセラ選手の知人を名乗る団体からアルセラ選手とライカ選手の二つ名を提案されました!』
会場がざわつき始める。予想通りの反応だ。
『皆さんが戸惑うのも無理はありません。本来、二つ名とは高位の冒険者に対して使うものです。しかし、アルセラ選手とライカ選手の実力はすでに二つ名を持つレティシエント様に匹敵すると判断し、この場をお借りして発表しちゃいます! 聞き逃しちゃダメですよー!』
それを聞いたレティシエントが不満げに実況席を睨みつけていた。どうやら私たちと同格扱いなのが気に入らなかったようだ。伯爵令嬢らしいプライドの高さだ。
『それでは発表します! アルセラ・ヴァンキッシュ選手の二つ名は──』
コニマちゃんの言葉を聞き逃すまいと会場が静まり返る。控え室の隅にいるミルフィーユちゃんさえも息を呑んだ。
私はほんのちょっぴり優越感を覚えた。ここにいるほとんどの人が知らないアルセラの二つ名を先に知ることができていたから。
コニマちゃんに合わせて、私はその名を口ずさむ。
「──『六翼の天使』」
ユニークスキル《四元使い》がもたらす火・水・風・土の四属性。
二刀一対の魔剣に宿りし光と闇の二属性。
計六つ。アルセラが操る属性の数を翼に喩え、なおかつ本人の美貌を天使に喩えた結果生まれたのが、この『六翼の天使』という二つ名だ。
アルセラにはコニマちゃんとの約束通り二つ名の話自体はしてある。だが、具体的な内容までは伝えてない。『六翼の天使』と呼ばれた際、どんな反応をするか私が見てみたかったのだ。
二つ名の発表に会場が大騒ぎする中、アルセラは驚いたように目を見開き、やがてゆっくりと頷いた。
あれは納得したと捉えていいだろう。
『あえてもう一度言います! アルセラ選手の二つ名は『六翼の天使』! なぜこのような二つ名になったかは試合を見れば自ずと明らかになるでしょう!』
お膳立ては十分だ。
さあ、早く見せてくれ。
二人の剣が交わるところを。
『かたや『金色の竜王妃』! かたや『六翼の天使』! 勝利の聖杯はどちらの手に渡るのか!』
天才同士の──斬り合いを。
『お待たせしました。フォーン闘技大会本選、第一試合! 気合い入れてぇ……スタートォォォオオオッ!!』
開戦と同時、アルセラとレティシエントが駆け出し、試合場の中央で衝突した。レティシエントが振り下ろした大剣を、アルセラが交差させた双剣で受け止めた形だ。
余波で砂埃が舞い上がり、二人はそのまま鍔迫り合いに移行する。パワーではやはりレティシエントに分があるらしく、アルセラが徐々に押されていく。
しかし、アルセラの真価は《四元使い》を活かした多種多様な攻撃パターンだ。アルセラは踵をつけたまま爪先で地面を叩くと、レティシエントの脇腹を抉る角度で石の柱を発生させた。
それに気づいたレティシエントが剣を弾いて後退。石の柱から逃れ、ブォンと大仰に構え直す。
アルセラも双剣を土魔法を停止させて石の柱をただの砂に戻した。
まずは小手調べか。まあ、慎重になるよね。パワーはレティシエント、スピードはアルセラとお互いの長所がはっきりしている。総合的な強さに大きな差はないと見て、この戦いを決めるのはいかに自分に有利な状況を作り出せるかだ。ゴリ押しなんかしたら手痛い反撃をくらうだけ。そんな愚策を取るような二人じゃない。
私は冷静に試合を見ていたけど、観客たちはそうでもないようだ。今ので爆発的な歓声をあげて喜んでいる。
あの程度でも一般人からするとすごい攻防に見えるらしい。ステータス任せで戦技や魔法をブッ放すのが基本戦術だからなぁ、この世界。こういう駆け引きが新鮮なんだろう。
さて、次はアルセラから動いた。
持ち前のスピードを活かして左右にステップを踏みながら接近し、ステップごとにソフトボール大の火球を放つことで点ではなく面の攻撃を仕掛ける。
レティシエントは特に慌てた様子もなく大剣を横に薙ぎに火球をあらかた叩き落とす。それから遠心力をコントロールし、アルセラに頭上から斬りかかる。
アルセラはそれを難なく避けると、レティシエントに当たるはずもない距離で片手を振り上げた。すると剣の動きに伴って水飛沫があがり、レティシエントの正面を覆った。
第三者視点だからすぐにわかったが、あれは攻撃ではなく目くらましだ。
さらにもう片方で地面を刺すと、今度はアルセラの真下から術者を押し上げるように石の柱が伸び、アルセラはレティシエントを跳び越えた。そして、風魔法を使ったのだろう、虚空を蹴って方向転換し、レティシエントの後頭部めがけて剣を突き出した。
だが、レティシエントは片足を軸に半回転。さながらゴルフスイングのように大剣を振り上げ、それをあっさりと打ち払う。ガギィン、と鋼が哭いた。
空中にいて踏ん張ることのできないアルセラは高さ数メートルまで吹き飛ばされ、放物線を描いて背中から地面に落ちていく。落下中にどうにか体勢を整えるが、着地した瞬間に少しよろけてしまう。
その隙を狩りにレティシエントが迫る。アルセラに劣ると言ってもそのスピードは平均以上だ。そして攻撃力はトップクラスに高い。ここぞとばかりに連撃が仕掛けられる。
アルセラは咄嗟に反応したが、縦横無尽に暴れ回る大剣に対してパワー負けし、一方的な防戦を強いられた。魔法を差し込む余裕などない。私が見た限り、アルセラが魔法を行使するには剣で軌道や発生位置を指定する必要がある。下手に魔法を使おうとすれば一気に飲み込まれてしまうだろう。
一撃ごとにアルセラが後退していく。一手でも間違えればその瞬間に敗北が決まる。そんな緊張感のあるやりとりが延々と続いた。
それでも──アルセラは直撃をくらわない。
躱し、いなし、防ぐ。使う労力は最小限。もたらす効果は最大限。その卓越した技量でレティシエントの攻撃を凌いでいく姿は、まるで舞い踊る天使だった。〈フォーン〉行きの馬車が魔物に襲われていたときもそうだったが、防戦こそアルセラの得意分野なのだ。
「あはっ、すごいや」
私は思わずつぶやいた。
あれこそが真の強さ──ステータスやスキルだけではどうにもならない、努力が為せる業だ。
見ているだけで鳥肌が立つ。興奮で脳が弾けそうになる。汚い話になるが、あれと自分が打ち合うところを想像すると絶頂しそうになる。
この身体では未知の快感だ。本当にそうなったら頭がおかしく……ああ、いや、元からおかしかったな、私は。三度の飯より剣が好き、眠るよりも剣が好き、異性よりも剣が好き。だから私は剣狂い。私にとっては剣戟すらもが性欲の対象というわけだ。クレイジーだね。でもそれが私なんだからしょうがない。
レティシエントの剣筋がだんだんと雑になってきた。思うように攻撃が決まらず苛立っているのだろう。動きの一つ一つから感情の荒れ具合が伝わってくる。
一方、アルセラは今の攻防が始まったばかりの頃とまったく変わらないクオリティを維持し続けていた。
ここに努力の差が出てきたな。
……いや。
自分に合った剣を振っているか否か。
浮かび上がってきた二人の差とはそれに他ならない。
大剣使いで、斬撃を飛ばす《飛竜剣技》の使い手。
一見強力に見える組み合わせだが、レティシエントの剣には致命的な欠陥がある。
それをなんとかしない限り、レティシエントはアルセラにも私にも勝つことはできない。
さあ、どうする? 体力勝負に持ち込めばレティシエントに勝機はない。かといって火力で押し切ることもできないでいる。このままではジリ貧だぞ、レティシエント・マリー・フォーン。
やり方を変えるか、それともこの場で限界を超えるか、それとも負けて弱さは罪だと自分に言い放つか。あんたの手中にある選択肢はその三つだけだ。
どれを切る? それともアルセラに斬られる? こんなもんじゃないんだろ? 早く見せろよ、おまえの力を!
『おぉっとこれは──!? 序盤は優勢と思われていたレティシエント選手ですが、ここにきてキレが悪くなっているように思えます! しかし、身の丈ほどもある大剣を使った上でのラッシュです! 体力の消耗は計り知れません! これは体力自慢のアルセラ選手に分があるかーっ!?』
ほら、コニマちゃんも煽ってる。だから早くしろ。つまらない試合を見せるくらいならさっさと負けろ。口先だけのゴミ屑なら私には要らないんだ。力を見せないなら今すぐ私がおまえを仕留めてアルセラとヤるぞ。この欲求が満たされるなら他の全てがどうでもいい。
『ライカ、大丈夫か? 息が荒いぞ』
私はクロウの声でハッと我を取り戻した。
その後、精神状態が狂っていたことを自覚する。
「……ありがとう、クロウ。興奮しすぎて頭がヘンになってたところだよ」
『魔剣の俺が言うのもなんだが、おまえは剣に取り憑かれすぎているな。まるで魔王が封印されているみたいだ。気をつけないといつか破滅するぞ』
「独特な喩えだね。気をつけます、ハイ」
私、もしかして環境によっては剣を愛するあまり無差別に人を斬りまくる大悪党になっていたんじゃ?
……うわぁ、簡単に想像できちゃった。私って異常者だ。お父さん、お母さん、善人でいてくれてありがとう。
そしてありがとう、私の中に残る日本人としての倫理観。皮肉なもんだよ。リカとしての忌まわしい記憶が私の獣性を抑え込んでいてくれたなんてね。
試合に意識を戻す。
レティシエントは一旦距離を取っていた。苦しそうに息を荒げ、肩を大きく上下させている。
アルセラは涼しい顔で双剣を構えていた。
第一ラウンドはアルセラの判定勝ちで決まりだな。
第二ラウンドはどうなることやら。
【簡易メモ】
『金色の竜王妃』→レティシエントの二つ名。噴き出す魔力が金色の炎に見え、《飛竜剣技》を使う高貴な女性であることからこう名付けられた。
『六翼の天使』→アルセラの二つ名。アルセラが操る六属性を翼に、なおかつ本人の美貌を天使に喩えたことからこう名付けられた。




