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黒の剣姫 〜異世界転生したので世界最強を目指します〜  作者: 阿東ぼん
第二章 伯爵の町〈フォーン〉での闘技大会編
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ライカはライバルたちに宣戦布告した!

 ところどころに竜の装飾が施された真っ赤なドレス。ゆるくウェーブがかかった金色の長髪。碧い瞳は少女のものとは思えないほど強い自信に満ち溢れ、全身に纏う雰囲気もただのお嬢様とは程遠い。


 私は彼女の立ち姿に荒れ狂う金炎を幻視する。


 一目見て直感した。


 この子は間違いなくこっち側(・・・・)の人間だ。


 背後には老執事と騎士を連れていたけど、そっちは興味がないからどうでもいい。


「レティシエント・マリー・フォーン……!」


 アルセラが彼女の名を呼びながら身構える。


「ライカ、この方はフォーン伯爵家のご令嬢でありながら今大会の筆頭優勝候補と噂される凄腕の剣士です。魔力を斬撃に乗せて飛ばすスキル《飛竜剣技》の使い手で、付いた二つ名が『金色の竜王妃』」


「あら、よくご存知ね。貴女、名前は?」


「……アルセラ・ヴァンキッシュと申します」


「ヴァンキッシュ? どこかで聞いたような……まあいいですわ。一応覚えておきましょう」


 ヴァンキッシュ家が没落したのはわりと最近のはずだ。彼女はヴァンキッシュ家のことをどこかで聞き及んではいたが思い出せなかったようだ。


「それよりも貴女です。ライカさんといったかしら。貴女は〈剣王〉がどんな存在なのか知っていますの?」


「世界で一番強い剣士」


 思った通りの答えを言った。


「ええ、その通りですわ。でも、それだけではありません」


 レティシエントは端正な顔をしかめた。


「〈剣王〉とはあまねく剣士の頂点に立つ者。それは実力だけでなく品位においてもそうであるべきです。我が〈フォーン〉の町にそんなみすぼらしい格好で来る貴女などまったくふさわしくありませんわ」


「ふぅん。なら綺麗な服を着てれば強くなれると? それはまた随分と珍しい体質をしてらっしゃる」


「なっ──!?」


 言い返されると思ってなかったのか、レティシエントの顔がドレスと同じくらい真っ赤になる。


「な、なんですの、その口の利き方は! 不敬ですわ! わたくしを誰だと思っているの!?」


「いきなり現れて喧嘩売ってきた小娘、かな」


「年齢はほとんど変わらないでしょう! というかたぶんわたくしのほうが年上ですわ! わたくしは今年で11歳になりますから! ほら、敬いなさい!」


「私も11歳だよ? でも春先に生まれたから厳密に言えば私のほうが年上なんじゃないかな」


「ぐぬぬ……! 年内なら誤差ですわ!」


 自分で言ったことをあっさりひっくり返してら。所詮は子供というわけか。前世から辛酸を舐めさせられてきた私に口喧嘩で勝てると思うなよ。言いたいことがあるなら剣で語れ。


 しかし、このままでは本当に不敬罪で投獄されかねない。ここは一芝居打つとしよう。


「ちょっとライカ、さすがにまずいですよ! 下手に逆らったら闘技大会に参加できなくなるかもしれません!」


 いいタイミングでアルセラが止めに入ってきた。私の袖を掴み、これ以上挑発するべきではないと目で訴えてくる。


 私は口角を吊り上げながらその手をそっと下ろさせた。


「大丈夫。彼女はそんなことしないから」


「と、どうして……」


「だってこの場面で権力を振りかざしたら、〈剣王〉を超えようとする私に、〈剣王〉になろうとする彼女が恐れをなして逃げたってことになるでしょ?」


「……!!」


 レティシエントが火を吐きそうなほど表情を険しくし、ドレスの裾をしわくちゃになるまで握り込む。


「あなたも闘技大会に参加するんだよね? 決着は試合でつけようよ」


「上等ですわっ!! わたくしはいつか〈剣王〉になる女! 何がなんでも〈剣王〉にならなくてはいけませんの! 貴女のような礼儀知らずの田舎者はこのわたくしが徹底的に叩き潰してさしあげます!」


 ふふ、乗ってくれたか。作戦成功だ。


「それは──楽しみだ」


 つまみ食い感覚で強めに『神威』を放つ。


 すると、レティシエントの背後にいる老執事が片眉を上げ、騎士が剣に指をかけた。


 だが、当の本人は片手で従者の動きを制し、


「生意気な……!」


 ゴウッ! と金炎の剣気を噴き上げて対抗してくる。


「あは」


 私は嬉しくなって、さらに笑ってしまった。


 レティシエントは確実に他の大会参加者より上の実力を持っている。そんな彼女がいったいどんな剣を見せてくれるのか、今から本当のホントのほんっとーーーーーに楽しみだ。


「やれやれ。最初からバトルジャンキーだとは思ってましたが、よもやここまでとは……」


 アルセラが私を見て呆れたようにため息をつく。


「なに他人事みたいに言ってんの? 私はアルセラとも戦いたいんだよ」


「──私と?」


 私は、自分を指差しながら素っ頓狂な顔をするアルセラに、


「友達だから戦わないなんて言うと思った? 冗談! アルセラだってすごい剣士じゃない! だから私はあなたと戦いたい。戦って、勝って、この覇道を進みたい! 私はそうすることでしか前に進めない!」


「そ、それはもちろん私も負けるつもりはないですけど」


「そう思うのはアルセラが自分の目的を達成するためだよね? ──違う! そうじゃない、私が言いたいのはそうじゃない! あなただって死ぬほど剣を振ってきたんでしょう!? だったらその努力の成果をどこかにぶつけてみたいと思わないの!?」


「落ち着いてください、ライカ」


「落ち着いていられるか! こんな……こんな素晴らしい剣士が二人もいるっていうのに!」


 待っていた。待っていた。待っていた、待っていた、待っていた! 私はずっと待っていた! 私と同じくらい剣を愛する者を! 私と同じくらい剣に対して妥協しないライバルを!


 アルセラを初めて見たとき、私は思ったんだ。この子は死に物狂いで剣の腕を磨いてきたんだなって。そうじゃなきゃあんなマメだらけの手にはならないし、剣筋だってあれほど綺麗になるはずないし、ましてや二刀流なんて芸当ができるわけない! 尊敬した! 見習いたいと思った! そして何より、戦いたいと熱望した!


 それが、それがだよ!? 早く試合でぶつかりたいなと密かに願っていたところにもう一人の天才剣士レティシエントが現れた!


 これが奇跡じゃなくてなんだっていうの!? こんな千載一遇のチャンスには二度と巡り合えないかもしれない!


 だから──本気で戦いたいんだ。


 私は夢を諦める絶望を二度と味わうつもりはない。


 絶対に、絶対に、何がなんでもアルセラを焚きつけてやる!


「ちょっとお待ちなさい。その言い方だとわたくしがアルセラと同格になっていませんこと?」


 レティシエントが突っかかってきた。いいよ、どんどんこい。今の状況なら彼女の発言はどんなものでも追い風になる。


「そうだよ。私とあなたが天才であるように、アルセラもまた稀有な才能の持ち主だ。ネタバレはしないけどね」


「ライカ! 持ち上げられても困ります! そろそろ本当に怒りますよ!」


「その怒りを剣に乗せてくれたら嬉しいんだけど。──あ、そうだ。それならこうしない?」


「何を……!」


 アルセラが一番欲しいもの。


 愛する家族とかつての居場所。


 だけど、それらを取り戻すためにはまず用意しなくてはならないものがある。


「私と本気で戦ってくれるなら、ヴァンキッシュ領奪還作戦に全力で協力するよ」


「──っ!」


 アルセラの目の色が変わった。釣れたみたいだ。


「……そのことを引き合いに出す意味を、あなたはわかっているんですか?」


「もちろん」


 即答。


 急勾配の下り坂。


 ひとたび押せば、あとは勝手に転がってくれる。


「……そういうことなら、いいでしょう」


 アルセラは静かに言った。


「私は私の全てを取り戻す。そのためならどんな相手とだって戦います。ここはあなたの挑発に乗ってあげますよ──ライカ」


 獰猛な笑み。放たれる剣気。


 私は再び幻視する。


 レティシエントが金炎ならばアルセラのそれは白雷(びゃくらい)だ。


「いい子ちゃんぶっちゃって。それが故郷を取り戻そうって人の表情(かお)?」


「結局、私も同類なんです。やると決まれば楽しむしかありません。そっちこそ吹っかけといてあっさり負けるなんて結末はやめてくださいね?」


「安心して。私のコト、一生忘れられなくしてアゲル」


 お互いの剣を魂の髄まで刻み合おうね。


 大好きだよ、アルセラ。


 あなたと出会えて私は幸せだ。


「レティシエント様も立ち会う際はよろしくお願い致します。負けるつもりは毛頭ありませんので」


「身の程を弁えなさい。勝者はわたくしただ一人。貴女たち弱者は弱さという罪をわたくしによって裁かれるのがさだめです」


 アルセラとレティシエントの間でも見えない火花が散っていた。いいねぇ、二人の対決も見てみたいところだ。どんな試合になるんだろう?


「今日のところはこれで帰るとしますわ」


 夢想していると、レティシエントがドレスの裾を翻した。しかし歩き出しはせず、私たちに背中を向けたまま肩越しに一瞥をくれる。


「今年の闘技大会は参加人数の関係で予選を4ブロックに分けて行います。これだけ目立てば他の参加者から狙われることは間違いないでしょう。わたくしと戦いたくばせいぜい生き残りなさい」


「予選で当たるってセンはないのかな?」


 邪魔者を先に全部消してしまえば一騎討ちになるから私はそれでもいいのだが。


「この三人が予選で当たるようなつまらない展開はわたくしが許しませんわ。──騎士団長」


「はっ、お嬢様の仰せのままに」


 今までまったくの無言だった騎士がキレのある動きで敬礼したのち、受付窓口のほうに走っていった。おつかいご苦労様です。私も心の中で敬礼する。


「それとライカ。わたくしと同じ舞台に上がるつもりならそのみすぼらしい格好をなんとかしなさいな」


「えー、でも私、宿代しか持ってないし」


「はぁ……。これだから貧乏人は困るのですわ。セバス、あの薄汚い小娘をなんとかして」


「かしこまりました。ライカ様に戦闘装束をご用意します」


 今度は老執事が恭しく頭を下げた。


「いいの?」


「貴女がみっともないとわたくしまで恥をかくんですの」


 だったらありがたく頂戴しよう。ラッキー、儲け儲け!


「アルセラは……大丈夫そうね。そのローブ、それなりのものでしょう?」


「ええ、女神教からの支給品です」


「あら、そうでしたの。さしずめ女神の使徒といったところかしら?」


「願いを果たせるなら悪魔にだって魂を売りますよ」


「信仰者としては失格ね」


 レティシエントは薄く笑い、


「貴女たちの惨めな負け犬姿を楽しみにしてますわ。それではご機嫌よう」


 そう言って、いよいよ来た道を戻っていった。


 伯爵令嬢が去ったことで場は落ち着きを取り戻していく。滞っていた列も進行し始めた。もうじき受付に辿り着けるだろう。そこで参加登録を済ませたら市場に……。


 あ、どうしよっかな。


 この空気でアルセラとウィンドウショッピングに行くのってさすがに気まずくない?


 横目をやると、アルセラはまた呆れたような、けれど仕方ないなぁとでも言いたげな微笑みを浮かべていた。


「試合が始まるまでは普通に友達でいいんじゃないですか? 私も友達と買い物に行くのは初めてなのでこの機会にぜひ経験しておきたいです」


「そっか。それもそうだね」


 剣を交えるときだけさっきみたいに剥き出しの敵意をぶつけてくれたらそれでいいや。まあ、友達だからって手を抜くようなら即絶交するけどね。最強を目指す私にそんな腑抜けと関わっている暇はないのだ。


「てめぇら、イカレてやがるぜ……」


 私に『神威』を当てられてからすっかり大人しくなっていたミルフィーユちゃんの言葉に、私たちは友達らしい笑顔を見せ合うのだった。

【簡易メモ】


 ライカの目的→剣の道を極めること。つまり、最強の剣士になること。それゆえ戦うことにも並々ならぬ執着がある。


 アルセラの目的→故郷を取り戻すこと。それはそれとして獣性を宿しており、剣士として戦うことに喜びを覚える。ただ自制心が強いので普段は表に出てこない。


 レティシエントの目的→〈剣王〉になること。否、彼女は〈剣王〉にならなくてはいけない。その理由は……。

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