ライカは伯爵令嬢のレティシエントと出会った!
三人目のヒロインが登場します。
また、本日は12時にもう1話投稿します。
ようやく〈フォーン〉に着いた。農村生まれの〝ライカ〟としては初めての都会だ。
馬車から降りて辺りをぐるりと見渡すと、昔ネットで見た中世ヨーロッパの街並みに似た景色が広がっていた。
「ここが〈フォーン〉か……」
さすがに圧倒されてしまう。
農村である〈ノホルン〉や小さな町の〈スタッド〉にはない活気と熱気が溢れていた。
道行く人々は川のように流れを作り、耳障りな雑踏をこれでもかと奏でている。格好は人によって様々でとてもひと言では言い表せない。
ただ、比較的男性のほうが多い。ほとんどが屈強な肉体を持ち全身に武具を纏っている。
女性で多いのはローブ姿だ。
何人かでまとまって動いているのはおそらく冒険者のパーティだろう。〈フォーン〉は冒険者ギルドの活動が盛んな町なので彼らが集うのは自然なことだ。
「賑やかな町ですよね。ライカは人の多いところは平気ですか?」
私のあとに降りてきたアルセラが問う。
「んー、あんまり好きじゃないかな。剣を振るスペースがない」
「ライカらしい答えです。先に闘技大会の参加申請をしてから宿に行きましょう。道は下調べしているので私が案内します」
「助かるよ、アルセラ」
我が家の家計では片道分の旅費と宿代で精いっぱいだから下調べなどできるはずもない。ここは気兼ねなくアルセラの厚意に甘えるとする。
「ライカちゃん、アルセラちゃん。せっかく〈フォーン〉にきたんだから市場にも行ってみるといいぜ。掘り出し物があるかもしれないよ」
「おすすめは露店街だ。冒険者が仕入れたダンジョン産のアイテムがたくさん置いてるぞ」
「あそこはいいよな。値段はバカみたいに高いが見て回るならあれほど楽しいところはない!」
アルセラに続き、馬車からぞろぞろと降りてきたおじさんたちが言った。露店街か。クロウのときみたいに魔剣を見つけられたりしないかな。
「ありがとう。参加申請が終わったら行ってみるよ」
「二人とも、明日は試合がんばってくれよ!」
「俺たち応援しに行くからな」
「明日までにかっこいい二つ名を考えておくから楽しみにしててくれ! 応援席から思いっきり叫んでやる!」
「…………」
マジでつける気なのか、二つ名。っていうかさっきからずっと考え込んでるおじさんがいるんだけど。
「嬉しいですけど、少し恥ずかしいです」
アルセラは指で頬をかく。満更でもなさそうだ。
「ま、数年に一度のお祭りだしね。楽しまなきゃ損ってことでしょ」
「そういうものなんですね」
長年施設暮らしだったアルセラからすれば何もかもが新鮮なのだろう。同い年のはずなのに今の彼女は随分と幼く見えた。戦っているときはかっこよくて綺麗なのにね。
さて、そろそろ行かないと。
おじさんたちとはここでお別れだ。
彼らとは〈スタッド〉から〈フォーン〉までの旅路を共にしただけだが、悪い人たちではなかったし、明日会えるとしてもなんだか別れが名残惜しい。
「それじゃ私たちはもう行くよ。おじさんたちもお祭りを楽しんでね」
「おう、また明日! 今夜の飲み会でめちゃくちゃ強い美少女剣士が二人もいるって噂流しておくわ!」
「余計なことしなくていいよっ」
そうして私たちはおじさんたちと別れ、人混みの中で二人きりになった。いや、クロウもいるけど。
『気のいい連中だったな。明日は彼らのためにも俺たちの力を知らしめてやろう』
そうだね、と言葉の代わりにクロウの柄を優しく撫でる。
「受付場はこちらです。行きましょう、ライカ」
「エスコートは任せたよ、アルセラ」
フードを被り直したアルセラと、はぐれないよう手を繋ぎ、人の川へと入っていった。
それから到着するのに30分はかかっただろう。距離はそうでもなかったが人々に行く手を阻まれて思うように進めなかったのだ。
やっぱり人混みは嫌いだ。でも、アルセラがいてくれたから退屈はしなかった。そういえば〈ノホルン〉で修行していた頃も毎晩クロウとおしゃべりしたっけ。自分の女らしい一面が意外だった。
やっとの思いで受付場に着くと、そこにはうんざりするような長蛇の列ができていた。
「え、まさかこれ全員参加希望者?」
「みたいですね。確か予選通過者はバトルロワイヤルで決めるはずです。本選に出られるのはこの中のほんのひと握りですよ」
「ふぅん。楽しみだな」
この日のために磨いてきた剣を振るうこと。まだ見ぬ強い剣士と出会うこと。どちらも楽しみだ。
「大物ですねライカは。不安とかないんですか?」
「うーん、たぶん私が一番強いからさ」
ハッタリではなく、冷静な分析に基づく発言だ。
確かにこの列を作っている人たちは筋肉モリモリのマッチョマンばかりだ。「どこで拾ったの?」と聞きたくなるようないかつい装備の人もいるし、「どんだけ金積んだんだよ?」と詰りたくなるような成金装備の人もいる。
だが、5歳の頃から剣の達人に鍛えてもらった私からすれば、誰も彼もが素人臭い。
試しに近くの剣士を鑑定してみるとレベルは17と私やお父さんよりも高かった。でも隙だらけだ。その気になればいつでも殺せてしまうような無防備さだ。
あの人も、あの人も、この人も、みんなそう。
レベルアップの恩恵でステータスが高くなっているだけの烏合の衆だ。なるほど、これがお父さんの言ってたレベル至上主義か。魔物を倒してレベルアップしたほうが遥かに早く強くなれるから誰も地道な努力をしたがらないのだ。
例えるなら中途半端なゲームデータを金で買った初心者プレイヤー。あるいは、本番ばかりで練習をおろそかにするタイプのスポーツマン。一部の天才を除き、そういう奴が普段からちゃんとしている人に敵う道理はない。
つまり、レベル上げしかしてこなかった連中よりも死ぬほど剣を振ってきた私のほうが強い。
「ほお。チビのメスガキが生意気言うんじゃねえか」
「あ?」
突如、背後から声をかけられた。私は失礼な物言いにイラつきながら振り向く。
「いるんだよなぁ、身の程を弁えない世間知らずってのがよ」
そこにいたのは──巨漢。
ただその一言に尽きる。
身長は約2メートル。横にも広いからもっと大きく見える。体型はボンッ、ボンッッッ、ボンッッって感じ。胸毛だらけの上半身に交差する形でベルトを巻き、背中には二本の巨大な斧を背負っていた。
お相撲さんと木こりと熊を悪魔合体にかけた上で合体事故を起こしたらこんな見た目になると思う。
ちなみに見た目ほどの強さは感じない。せいぜいがお父さんの半分ってところだ。
「この中で一番強いのはこのミルフィーユ様なんだよ。わかったらおとなしく──」
「ぐふっ。ふっくっく……!」
だめだ、耐えられなかった。
「な、何を笑ってやがる?」
「いやぁその見た目でミルフィーユはありえないでしょ! ギュウドンとかブタドンのほうがお似合いだって! あははははははは!」
「てめぇ人が気にしていることをッ!」
「ひー、お腹痛いははははは!!」
あかんツボに入った。笑いが止まらん。
「ライカ、さすがに人の名前を笑うのは失礼ですよ」
「アルセラだってニヤけてるじゃん」
「気のせいですよぉ」
「いーや笑ってるね。んふふふふ」
ついでに周りの人たちもね。
「そ、揃いも揃ってこの俺様をコケにしやがって……! 喧嘩売ってんのか、あぁ!?」
ミルフィーユちゃんが削がれる前のケバブみたいな腕で私の胸ぐらを掴む。体格差によって足が地面から離れ、私は宙吊り状態になる。こんな飼い主は真っ平御免だが抱き上げられた猫の気分だ。
「お、おい、あの子やばいんじゃないか?」
「あんた助けに行きなさいよ」
「無理だよ! あいつの背負ってる斧、両方とも魔装だろ?」
周りから次々に心配の声があがる。私みたいな女の子ではこの巨漢に太刀打ちできないと思われているようだ。まあ、内情を一切知らなければ私自身も賛同しただろう。体格の差だけはそれほどまでに絶望的なのである。
それにミルフィーユちゃんの斧は魔装──すなわち魔斧らしい。魔装という言葉は、おそらく魔剣や魔斧といった尋常ならざる装備の総称だ。イントネーションは違うけど、魔槍と同じ音なのはややこしいな。
ちなみにアルセラは私のピンチ(笑)だというのに平然とした顔でこれらのやりとりを眺めている。薄情なヤツめ。でも顔の良さに免じて許します。
「聞いてんのか! このまま捻り潰してやろうか!?」
ミルフィーユちゃんの大きな手が私の頭を包み込んだと同時、一段と悲鳴が濃くなった。
しかし、私は臆することなく指の隙間からミルフィーユちゃんを見つめた。案の定、大した努力もしてない柔らかい手だったからだ。
それに私はユニークスキル《女神の試練》によってステータスの成長率が3倍になっている。単純計算でも9×3=27レベル相当だ。剣士しか調べられないので正確性に欠けるが、大会参加者の平均レベルは20ほど。ステータス的にもこの男では絶対に私に敵わない。
「チビのメスガキが大人に逆らうとどうなるかわからせてやるよ!」
ミルフィーユちゃんが邪悪に笑う。
私はその顔に既視感を覚えた。そしてすぐさま理由に思い至る。一瞬にして怒りと憎悪が膨れ上がる。
似ている。
『女のおまえは勉強やスポーツなんかせず黙って家の仕事をしてればいいんだ』と私に言い続けてきた、前世の父親に。
アイツは家事育児を全部お母さんに押しつけ、仕事こそしていたが、自分は酒とギャンブルにまみれた怠惰な生活を送っていた。
私のことは、ろくに遊んでもくれないくせに進路を決めるときだけは図々しく口出ししてきた。
金持ちの男を捕まえろ。それまではずっと家にいろ。俺の老後をしっかり面倒見ろ。
アイツからかけられた言葉はそんなのばっかだ。父親らしいことなんて一つもしてくれなかった。最初から最後まで自分のことしか考えてない正真正銘のクズだった。
アイツは女子供をとにかく下に見て、脅せば言うことを聞く都合のいい奴隷だと思っていたんだ。
目の前にいるミルフィーユもあのクズと同じだ。
大声で怒鳴り、体の大きさを見せつけ、強い言葉をぶつければ私が従うと勘違いしている。
ふざけるな。
「黙るのは──そっちだろうが」
辺りが一気に静まり返った。
私の放った剣気が周囲の人々を黙らせたのだ。
それは長きに渡る研鑽の末、花開くものであり、レベルアップに勤しむことしかしてこなかった雑魚には到底身につけられない技術。
体内の気を操作し、体外に発せられる剣気を強めることで精神的に威す技──『神威』。
『気功剣技』を応用して編み出した私のオリジナルだ。
「な、なんなんだてめぇはァ!?」
私の『神威』を間近で受けてカタカタと情けなく震え出すミルフィーユ。私は自然と拘束から解放され、難なく地面に着地する。
これしきのことで戦意を失うとはつまらん奴だ。
ひょっとして大会参加者は全員こうなのか? だとしたら期待外れだ。
少なくともこいつに対してはもう興味がない。
だが、聞かれたからには答えよう。
「私の名前はライカ。〈ノホルン〉の剣士・ロディの娘。そして、いずれ〈剣王〉をも超える〈剣神〉になる者だ」
そう言い放ったとき、周囲が不自然にざわついた。
人混みが割れて道を作り、真っ赤なドレスを着た金髪碧眼の美少女が私の元まで近づいてくる。
「──突然ながら失礼しますわ。今〈剣王〉を超えるなどというふざけた言葉が聞こえたのですけれど、もしかして貴女が仰いました?」
「それがどうした」
「不愉快ですわ。よくもそんな戯言をこのレティシエント・マリー・フォーンの前で吐けましたわね」
金髪の少女──レティシエント・マリー・フォーンは苛立たしげに手に持った扇子を閉じ、私の鼻先に突きつけた。
なぁんだ。
いるじゃん、おもしろそうな子。




