働く自衛隊(6話)
私がダンジョン探索を初めて1週間が過ぎた、と言っても昨日一昨日は土日で休みだったので実働は5日ほどだが、2階の探索を始めて2日目でレベルが3に上がったのでまた少し身体能力が上がっていた。
私は今日もダンジョンに行くために家からダンジョンに向けて車を走らせていた。
「レベルアップの恩恵で一番わかりやすいのは目に関する事かもしれないなぁ」
元々眼鏡をかけていても視力が免許更新にぎりぎりだった私にしてみれば視力が0.1上がるだけでも大きかったりするし、車の運転中に流れていく看板も前よりも鮮明に読める。
「今なら異世界転生をする為に飛び出してきた人がいても躱すことが出来る事ができるかもしれない」
そんな事を考えながら私は職場に向けて車を走らせる、片道1時間は運転しながら余計な事を考えて独り言を言うのにはちょうどいい時間である。
いつものように、北原君と共に準備を整えてダンジョンへと向かうと、三橋さんとキララ嬢が雄兄と共にダンジョン前で待っていた。
「今日もよろしくお願いしますね」
そう言って三橋さんが話しかけてくるが、キララ嬢は非常に不機嫌であった。
「キララちゃんどうしたんっすか?」
それに気づいた北原君が三橋さんに話しかけるが苦笑して、首を横に振る。
「貴方達のせいではないですよ、前にも言いましたが、動画を上げているんですけどね。再生回数があまり芳しくないんですよ」
なんでも何人かのアイドル達はダンジョン内に潜る衣装を薄手にしたり、あえてスカートから下着を覗かせる事で再生回数を増やしているらしい、それが気に入らずに不機嫌そうにしているそうだ。
「ダンジョンに潜るのに薄手の衣装で潜るなんて、よく現場の自衛隊員が許しましたね」
「そこはほら、芸能界の闇って奴ですよ」
私の質問に三橋さんは深く溜息をつく、実際あるんだなそういうのって。
「一応誤解を解くために言っておくが、受けたのは現場の自衛隊員じゃないぞ」
私達の会話に雄兄が割り込んでくる。
「現場の自衛隊員からすれば薄手を許可してその結果アイドルが傷ついた等となれば大変な事になるからな、そういう交渉を受けたのは現場を知らん上の人間だ」
雄兄は苛立たし気に吐き捨てる。
「ダンジョンアタックチームがついていれば上層で怪我する事なんて万が一にもねえだろうよとか言ってな、ダンジョンで怪我をする原因なんてモンスターだけに限らないんだけどな、くそが」
雄兄は言った後にはっとした顔をして、内緒だぜ?といいダンジョンの入り口を管理している人達の下へと歩いていく。
ダンジョンの入り口では今日も一部の人間が自分達を入れろと騒いでいる、そんな彼等を撮影しているテレビ局クルーも居て、ダンジョンの出入り口を管理している人達は酷く迷惑そうだ。
北原君も最初はテレビに映れるとかって嬉しそうにしていたが、今では関わりたくなさそうな顔をしている。
唯一キララ嬢だけがそんなマスコミにも関わっていこうとして三橋さんに止められていた。
「しかし、今日の人達は顔がいかついな」
所謂ヤクザという奴なのだろうか?サングラスをかけて自衛隊員に怒鳴り散らしている。
自衛隊員が少しでも手を出せば後ろにいる人間がテレビに流してある事ない事を流すのだろう。
「うまくいかないねぇ」
ダンジョンが出来てモンスターという未知の存在が生まれても人間同士で仲良くすることはできないようだ。
上段に構えた剣を振り下ろす、全力で振り下ろすと剣先がぶれてしまうので、力は抑えてモンスターの首に綺麗に落とせるようにセーブする。
レベルが0だった頃に比べれば振り下ろす剣はぶれが少ないがそれでも全力で振り下ろせば狙ったところに振り下ろせずに逆に手間がかかってしまう。
一撃で首を切り落とす、動かなくなったモンスターを解体しながら、ふと思ったことを雄兄に問いかける。
「今更だけど、剣よりも銃器とかの方がよかったんじゃないんですか?」
解体が終わり、魔石を取り出してから、腰に下げている剣に触れながら雄兄に問いかけると
「お前達に剣を使わせているのには色々理由があるんだが、大きな理由は、銃がモンスターに対して効果的ではない事だな」
私達が全員首を傾げると雄兄は説明を続けてくれる。
「現在俺達がわかっているモンスターの生態は多くない、お前達も見たようにモンスターの中は空洞だ、それは頭も同じでな、一体どうやって思考しているかはわからないのだが頭で考えて胴体を動かしているみたいなんだ、なので頭と胴体が別れると動かなくなる、だからお前達には首を刎ねてもらっている、ここまではいいな?」
雄兄の言葉に私と北原君は首を縦に振ってこたえる。
「銃を使う場合、一撃で敵の頭を撃ち抜くような威力のある銃が好ましい、だがそんな銃は民間人に持たせるのは色々と問題になるんだ、ダンジョンの出入りの際に返すとはいってもな、だから、基本は銃ではなく剣や槍と言った武器を使わせているんだ、銃と剣、民間人が見た時にどちらを持っている人間が危険に見えるかということだな、イメージ戦略は重要なんだよ」
未だに銃と言うのはほとんどの人間にとって危険なものである、だから銃は見せるだけで抑止力になる。
銃には今まで通り、優秀な武器で居てもらうことが犯罪の発生率を下げる事になるのだ。
実際には剣等の武器を持ってスキルの補正が乗ったホルダーのほうが強くてもだ。
「さらにもう一つの理由としては、モンスターの性質にあるな。奴等は体に穴が開いても死なないし、怯まない、だから攻撃するときは広範囲を斬撃で切り裂くか、頭を斬り落とすかのどちらかになるわけだ、だから銃や弓といった武器はダンジョンで使うのには向かず、剣や斧、槍と言った武器が選ばれるわけだな」
雄兄の説明に、北原君が疑問を持つ多分私と同じ疑問だろう。
「剣や槍は分かりますが、なんで槍なんですか?」
「槍って言っても、真っすぐな槍じゃなくて十文字槍とかだからな、それと、北原達は上層だけしか潜らないから関係ない事だが、上層とは違い下層ではこんなに簡単に敵の動きを封じる事は出来ない。だから全員が近い射程で戦うのではなく、槍で中距離、魔法での遠距離とかの役割分担も必要になるわけだな」
確かに今戦っているモンスターは弱く簡単に倒せるが、下層にいけばそれだけ敵の種類や、強度が強くなり、単純な力押しが出来なくなる、そのため、連携を深める必要があるのだ。
「ちょうどいい機会だから、歩きながら現在の国の戦力について簡単に話しておくか、といってもネットやニュースなどで知っているだろうから、補足程度だがな」
そう言って、雄兄はウサギを探して歩き出す
「現在、国はホルダーを三つのチームに分けているのはお前達も知ってるな?一つは俺の所属する、ダンジョンアタックチーム通称【草薙】だ、これは現在お前達、新人ホルダーを育てる為に人員を取られているため、新人の育成係以外は東京に集まっている、レベルは40台中盤だな」
「なんで東京?」
私の言葉に、雄兄は苦笑をした後に
「日本の首都だからだとさ」
と言って何とも言えない表情を浮かべる。
私達が全員微妙な表情をしているのを見た雄兄は、一つ咳ばらいを入れると、話を続ける。
「次に、国防を担っている防衛チーム【八咫鏡】これは弓術等の遠距離スキルを持つ者が中心に作られたチームだ。主に隣国等がこの国に対して攻撃をしかけようとするのを牽制するのが目的で作られたチームで、所属メンバーのほとんどが長くダンジョンに籠りたくない奴等だな、レベルは30台が多い」
「ダンジョンに籠りたくないですか?」
キララ嬢が質問すると、雄兄は頷き
「階層が深くなればなるほど、日帰りでの狩り効率が悪くなる、それを補うために、【草薙】は基本ダンジョン内で寝泊まりをするんだが、中にはダンジョン内で生活をするのを我慢できない人間もいる、そういったが集まった場所でもあるんだよ」
なるほど、確かにいかに休憩地点があるは言ってもダンジョンはダンジョンだ、いつ何があるかわからない。
ダンジョンの気まぐれで殺されるかもしれないという恐怖の中で一晩を過ごすのは人によっては耐えられない恐怖だろう。
「最後に、〈魔工学〉等のスキルを解析、解明している研究班【勾玉】これはお前達が連想する研究者をイメージすればまさにそれだな、レベルも20台と、スキルは四つ程度だが、特定のスキルを3まで上げる奴等が多いな」
雄兄の言葉に、私は白衣に眼鏡、フラスコを両手に持った研究者をイメージする。
実際には魔工学のスキル等を取得しているため、手に持っているのは魔石らしいのだが、大体あってるだろう。
研究者連中が〈解体〉を何故取得しなかったのかということだが、まず〈魔工学〉のスキルを取得すると〈解体〉のスキルを取得する為に条件が追加されることが挙げられる。
その条件がどのようなものかはまだ判明していないが、これは逆に〈解体〉を取得すれば、〈魔工学〉のスキルを取得する為に条件が付くという事にもなる。
その結果〈解体〉を自分から取得しようとするものは少なく、今日まで誰も取得していないというわけ。
もう一つの理由は、総理大臣だけが使えるスキルにある。
詳しくは教えてもらえなかったが、その国家に所属する人間の取得するスキル等をある程度制御できるらしい。
現在〈解体〉を取得しようと総理大臣の許可が必要であり、レベルが上がったから取れるという物ではないのだ。
非常に強力なスキルだが、スキルの使用条件が自身の支持率の為、支持率が緩やかに下降していった結果、使えない能力も増えているらしい。
〈解体〉の他にも〈交渉〉〈演説〉等の人の心に直接作用するスキルも禁止対象スキルであり〈歌唱〉〈演奏〉等のスキルも取得者は国の管理下での音楽活動しかできなくなる。
それだけ〈解体〉スキルは国が重要視しているスキルであり、だからこそ私にとってはダンジョンの奥へと入るための唯一の手段である。
国から監視されるようになろうともダンジョンの奥への好奇心を選ぶか、平穏な日常を選ぶか、今はまだ、私は決めかねている……




