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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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届けられた凶報

 陽の光が長い影を作り出し、客の足が落ち着いた頃、来客を告げるベルが店の中に響き渡る。店内にいるのは一組のカップルと軽食を食べている客一人のみで、ホールにいたのはサリーナだけだった。

 サリーナは客を出迎えるために作業の手を止め、顔を上げる。そして驚いたように一瞬目を見張ったものの、すぐに接客スマイルをはりつけた。



「あら、もう来ないのかと思っていました」



 サリーナの言葉を受けた客は、落胆したように肩を落とす。よろよろとした騎士らしくない足取りと整った容姿には不釣り合いな隈から、相当疲れているのだと見て取れる。



「久しぶりに会って最初の言葉がそれかぁ……」



 泣き言を若干声を湿らせながら吐いた男はいつも座るカウンターにたどり着くと、静かに席に着いた。そこでドカリと座らない辺りが貴族らしい。

 サリーナはさっと男の全身を観察した後、カウンター越しに男と向かいあった。



「コーヒーでよろしいですか?」

「ああ。よろしく頼むよ」



 今まで週に二、三回のペース、少なくても週に一度は顔を出しに来ていたはずなのに、ぱったりと来なくなって一ヶ月。最初の頃は気にしていなかったサリーナだったが、さすがに二週間を過ぎた頃から心配していたのだ。ライルから今の任務のきっかけを聞いて、事情を知っているからこそ余計に何故来ないのかと思ってしまう。

 だが様子を見るに、怪我をしている様子もなければサリーナを避けていた訳でもなさそうである。まぁ、漂う疲労感は凄まじいが。



「それで、今日のご用件はなんでしょうか? ハーヴェイ様」

「やっぱり冷たくないか?」

「そんな事はございませんよ」



「そうか?」と首を傾げながらコーヒーを口にするハーヴェイにサリーナはそれは優しげな笑顔を向けた。



「あぁ、そうか。そうでした」

「?」

「私を口説きに来ていたんでしたね」

「ぶふっ! ゴホッゴホッ……」



 盛大にコーヒーを吹き出し、むせだしたハーヴェイは若干目尻に涙を浮かべつつもサリーナの様子を伺う。サリーナはテーブルを拭きながら「大丈夫ですか?」と労りの言葉を口にしているが、その言葉には心などこもっていないようだった。

 そこでようやくハーヴェイはサリーナが怒っていることに気がつく。



「……何か怒らせることをしたかな?」

「いいえ、全く」

「いや、怒っーー」

「それで、身体を引きずるほど疲労し、隠しきれない隈までつくっている、お忙しいハーヴェイ様がわざわざこちらにお越しになった理由はなんでしょう?」

「心配、してくれたのかな?」

「いいえ、全く」

「ははっーー、うん、じゃあそういうことにしておこう」



 サリーナは何だか居たたまれなくなり、嬉しそうに目尻を下げて笑うハーヴェイから視線を逸らす。しかし、スッとハーヴェイの纏う空気が変わった事を敏感に感じ取ったサリーナは、すぐに視線を戻した。



「クレイズの消息がつかめなくなった」



 ガシャンと店内に何かの割れる音が響く。台所から発せられたその音に驚いたのは店内にいる客達だけで、サリーナとハーヴェイは音のした方を気遣わしげに見るだけだった。



「クレイズの仕事は知っているね?」

「はい」

「俺も派遣されている騎士を『影』の指示に従って動かす役割であちら(ハデスト帝国)に赴いていた」



 それは初耳である。サリーナは僅かに表情を歪めた。しかし、何故教えてくれなかったのかとは口に出さない。赤の他人に教えられるはずがない事くらい理解しているからだ。



「かなり順調だったんだ。あちらもかなり混乱していたし、このまますぐに終わるとみんな思っていた。だが……」

「クレイズ様が消えたと?」

「ああ。最後の仕上げをしてくると言ったきり消息が消えた。さすがに俺たちも表立って探し回ることはできない。『影』も動いているようだが、まだ発見できていないようだ」



 ハーヴェイの表情からは悔しさが滲み出ている。きっと色々と動き回ったに違いない。なんだかんだクレイズとハーヴェイは仲がいい。二人の掛け合いを見ていると、ただの気の合う友人の様に見える。クレイズは利害が一致しただけだ、とか言って認めなさそうではあるが。



「消息を絶って何日経っているのですか?」

「三日だ」



 それは敵に見つかり拘束されている可能性も十分ありえる日数だった。クレイズの能力や魔術師としての実力は確かに申し分ない。しかし、諜報活動を得意としているわけではなく、接近戦は不得意である。敵に気づかれた場合、状況によっては捕まっていてもおかしくはないのだ。



「……上手くいっていたからこそ油断したのかしら」

「……」



 黙ったままカップを睨みつけているハーヴェイの反応を見れば、少なくともそれが原因の一つだと思っているようだった。



 サリーナとハーヴェイの間にスッと皿に乗ったチーズケーキが差し出される。このタイミングで二人の間に入ってこれる人物など一人しかいない。



「どうぞ召し上がってください。もうすぐ閉店の時間で余ってしまっても困りますから」

「あ、ありがとう、ソフィアさん」



 疲れているが食欲はあるハーヴェイは、有り難くケーキに手を伸ばす。しかし、伸ばしていた手はソフィアの言葉でピタリと止まった。



「それと、そんなに気に病むことはありません。仕事を引き受けたのは彼自身です。ハーヴェイ様だって、自分に与えられた仕事の責任は自分にあると考えるでしょう? 例え不得意要素があったとしても、引き受けた以上、この状況は彼自身の責任です」

「まぁ、そうよね」



 ソフィアの意見に同意するように頷くサリーナ。二人の瞳に動揺の色はすでにない。

 ソフィアとサリーナはハーヴェイが今まで会ってきた女性達と全く違う。しかし、それもそうだとハーヴェイは改めて思った。ハーヴェイの近くに寄ってくる女性は、皆ある程度の地位を持ち、男は自分の価値を高める飾りの一種と思っている者や守られるのが当たり前だと思っている者達ばかりだった。それが悪い事だとは言わない。そういう考えを育む環境で生き、違う考えを持っている方が異質だと捉えられるのだから。


 だが、だからこそ自分の意思で真っ直ぐと立ち、守られようとしないソフィアとサリーナが強く、そして眩しい存在に思えるのだ。今だって、知らせるために来たはずのハーヴェイがいつの間にか励まされている。



「やっぱり二人は凄いな」

「国を守る騎士の貴方様が何を言ってるんですか。それよりソフィア、あなたは何をのんびりしてるの?」

「へ? のんびりも何も、仕事してるじゃない」

「だから、なにをのんびりと仕事してるのかって聞いてるのよ」



 サリーナはソフィアににっこりと笑いかける。その笑みを見たソフィアは、思わず一歩後ずさった。



「な、なんだか最近、サリーナの笑顔の種類が増えた気がする……」

「そう? 感情が乗りやすくなってるのかしら。気をつけなくちゃ」



 頬に両手を添え、困ったように笑うサリーナにソフィアは愛想笑いを返すしかなかった。二人のやりとりを見ていたハーヴェイも同様である。



「それより、話をすり替えないで。ソフィアは早く準備してきなさい」

「準備って」

「もちろんクレイズ様を探しに行く準備よ。私達二人がいなくなったら店は回らないし、最初はソフィアがこの仕事を受ける気満々だったじゃない」

「いや、でも」

みんな(影のメンバー)だってさける人数は限られてるでしょうし、手こずってるなら手伝ってあげるべきでしょ? ソフィアはあっち(ハデスト帝国)で仕事をした経験もあるんだから。ほら、早く早く!」

「え、あ、ちょっ! 押さないでよー!」



 サリーナに背中を押される形で二階へ続く階段に押し込まれたソフィアは、数段上がり振り返る。下には満面の笑みを浮かべるサリーナが立っていて、ソフィアは大きく息を吐くと諦めたように自分の部屋へと向かっていった。




「ちょっと強引すぎないか?」



 戻ってきたサリーナにハーヴェイは思わず声をかける。しかし、サリーナは悪びれた様子もなくケロッとしていた。



「だってこうでもしなきゃ、あの子は行かないですし」

「それはそうだろうが……」

「あんなに他人の事で動揺する姿を見たのは初めてなんですよ」

「動揺なんてしてたかな? まぁ、皿は割ったようだけど」



 自分達の前に表れた時には普通だったように思える。そう思ってサリーナの言葉を不思議に感じたハーヴェイにサリーナは苦笑いを返した。



「だってあの子、ハーヴェイ様を励ましてたじゃないですか。普段はめんどくさがってハーヴェイ様とあまり関わりをもとうとしないのに」

「……たしかに」

「たぶんあれは自分に言い聞かせてたようなものだと思いますよ。きっとこのままここにいても、全く身が入らないでしょうし、それならいっそ動いていた方がいいんです」



 そう言いながらソフィアの部屋があるだろう方向を見上げたサリーナの瞳がこの話をしてから初めて揺れた。



「君はお姉ちゃんなんだね」

「なんですか。急に当たり前のことを」

「いや。ただ、よかったなと思って」



 浄化の旅の最中にソフィアの話をしていた事を思い出したサリーナは、あまりにもハーヴェイが自分のことのように嬉しそうに笑っているので、恥ずかしくなり、さっと身体の向きを変え、止めていた作業の続きに向かったのだった。

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