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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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モヤモヤとした感情

 全身を覆い隠す黒いローブ。首には趣味の悪いネックレスが下げられている。気怠げに歩く様子は浄化の旅でよく見ていた光景で、事情を知るソフィアは心配そうにその姿を見つめる。


 次に現れたのは白シャツに黒のパンツとエプロンを纏い、鮮やかな青色の髪を靡かせ、中性的な美しい顔をまっすぐこちらに向けて立つ姿だった。男か女か区別がつきにくい程に整った顔立ちだというのに、どこか不機嫌そうな表情がなんだかとても懐かしく思えてくる。

 そんな彼が一歩、また一歩と近づいてきた。縮まっていく距離と比例するように、心臓の鼓動が速さを増していく。



『俺はお前が好きだ』



「ぬわぁぁああっ!!」



 叫び声と共に飛び起きたソフィアは辺りを見回し、自分の部屋であることを確認すると大きく息を吐き出した。寝ていただけだというのに異様なほど汗をかいている。



「また……」



 クレイズがハデスト帝国に向かった、と聞いてから一週間。ソフィアは似たような夢をほぼ毎日のように見ていた。もはやベットに入るのが憂鬱になるほどである。精神力を削るには下手な呪いよりも効果抜群だ。



「あぁ、もうっ!」



 誰に対する怒りなのかもわからない。毎日の様に夢に出てくるクレイズに対してか、夢を見てしまう自分に対してか、はたまた寝起きの気分が最悪なことに対してか。たぶん全てが正解なのだろう。


 ソフィアはゆっくりとした動作でベッドから降りると、服に着替え、部屋を出る。再び部屋へと戻ってきた時には手に水の入った如雨露を持っていた。

 テーブルに置かれた小さな植木鉢の上で一度手を止めるも、そのまま水をかける。なんだかんだ習慣化しているこの動作も心のモヤモヤに影響を与えているのだろうが、ソフィアは何故かやめる気になれなかった。



「はぁぁ……」



 知らぬうちにため息が溢れる。心配するような表情を向けてきていたサリーナも最近では呆れ顔だ。サリーナ曰く、ため息の数が尋常ではないらしい。


 ソフィアは如雨露をテーブルの上に置くと、近くの椅子に腰掛け、崩れるようにしてテーブルに突っ伏した。



「おかしい」



 おかしすぎるのだ、何もかもが。それもこれもクレイズとの最後の会話の所為だと思ったソフィアは、その場面を鮮明に思い出すという失態を犯してしまい、めり込みそうな程に顔をテーブルに押し付けた。



 今までのソフィアは何でも切り捨てて生きてきた。特に人との関わりは、サリーナやセルベト、影のメンバーと話すくらいで、仕事も極力単独でこなしてきたし、素直に感情をぶつけるぐらいなら離れていた方がマシだ、というスタンスである。

 サリーナに対しては色々と悩んだ事もあったが、基本的には対人関係で悩んだことはない。悩むほど関わっていないというのが正しいかもしれない。


 そんなソフィアだからこそ、今の状況は非常に特殊であり、ソフィア自身困惑しているのである。恐れていたことが起きてしまった。これに尽きる。



「大体、好きってなによ」



 クレイズの言う「好き」が『花が好き』や『コーヒーが好き』といったものとは違うのだろう事は理解できる。また、『サリーナが好き』や『ライル兄が好き』の「好き」ではない事も何となくわかる。

 だが、異性に対する好意を抱いたことのないソフィアにはクレイズの感情がどんなものなのか判断できないのだ。自分はどう対応すべきなのか。何が正解なのか。ソフィアは全く答えが出せなかった。



「あぁぁぁ……なんでこんなに悩むのよ。というか、何に悩んでるのよ」



 面倒ならば今まで通り、斬り捨ててしまえばいい。悩みたくないという理由で関わりを持たなかった人だって何人もいたはずだ。

 ではなぜクレイズを切り捨てられないのか。


 第一印象は最悪で、今でも口喧嘩は絶えない。自分勝手で、何を考えているのかわからない。

 こんなにも面倒な人物なのに……


 なぜかソフィアの頭の中には弁解するような言葉が浮かんでくるのだ。


 クレイズの態度が悪く見えるのは、能力を抑えるためにネックレスについた魔石によって魔力を常に奪われてるから。捻くれてるのは能力の所為で人間不信気味だから。仕事も一生懸命頑張っているし、手伝いだって積極的だ。口は悪いけれど気を使わなくて済むし、ここまでソフィアが自分をさらけ出し感情をぶつけられる相手はいなかった。



「……。ぬわぁああ! だからなによ。だから切り捨てられないって? そんなの私らしくないじゃない」

「なんで切り捨てる必要があるの?」

「っ!?」



 突然飛び込んできた声に驚きながら、慌てて顔をドアへと向けたソフィアの目にサリーナの姿が映る。



「なかなか来ないから心配になって覗いたんだけど、なんか声をかけるタイミングを見つけられなくて」



 肩をすくめるサリーナにソフィアは一言も返せない。今のサリーナの言い方だと、かなり前から見られていたようだと悟りソフィアは先程とは違う意味で机に突っ伏した。そんなソフィアの頭に遠慮のないサリーナの言葉が降ってくる。



「それで、なんで切り捨てる必要があるの?」

「え、あ、いや、だって……」



 訴えようと顔を上げたソフィアだったが、続く言葉が見つからない。ソフィアの瞳が大きく揺れた。



「一人が好きだから?」

「う、うん」

「でもソフィアがここまで付き合っていられる人って珍しいじゃない」

「……」



 言葉を詰まらせるソフィアなど御構い無しにサリーナは畳みかけていく。



「影の仕事をやめろって言われたから?」

「な、なんでそれを!?」

「そんなのソフィアが決めることなんだから気にしないの」

「それはわかってる」

「じゃあーー」



 サリーナは全てをわかっているかのような表情をソフィアに向けた。ソフィアの肩が僅かに跳ねる。



「彼が王宮魔術師で自分とは住む世界が違うから?」



 ソフィアは黙ってサリーナから視線を外した。それが何よりも答えだった。

 サリーナは小さく息を吐くとソフィアの座るテーブルの方へと近づく。テーブルの上にちょこんと置かれた小さな植木鉢。その植木鉢を覗き込めば、小さな芽が居た堪れなさそうに顔を出しているではないか。



「どんな花が咲くのかしら」

「こ、これは!」

「ねぇ、ソフィア。素直に向き合いなさい? 確固たる証拠がここにあるんだから。クレイズ様が王宮魔術師である事が引っかかるのは理解できるわ。でも、それだけを理由に切り捨てようとするのは、色んな人に頭を下げてまでこんな生活を送らせようとしてくれた人に対してあんまりじゃない?」

「……わ、わかってる」

「そう。それなら、あとはソフィア自身の問題ね」



 それだけ言うとサリーナは部屋から出て行った。残されたソフィアは空中へと視線を上げ、長く息を吐き出す。緊張で強張っていた身体から力が抜け落ちていくようだ。


 ソフィアはチラリと植木鉢に目線を送る。小さな芽が生えているのに気がついたのは昨日の夜の事だった。就寝前、何の気なしに覗くと、そこには土をかき分けてきたばかりの小さな小さな緑の葉があったのである。


 芽が意味すること。それは即ち、ソフィアがクレイズの気持ちに応え始めていることを意味しているのだ。

 ソフィアは動揺した。ソフィア自身、そんな気持ちになどなっている気はさらさらなく、なぜ芽が出ているのか理解できなかった。先ほどのサリーナの様子からは芽が出ている事に対して驚いた様子は感じられなかったが、それすら正直意味がわからない。



『恋はするものではなく、おちるもの』


 そう言っていたのは任務中にお世話になった定食屋の女将さんだったか。

 はっきり言って、そんな格言よりも恋とはどういうものかを教えて欲しかった、ともう会うことはないだろう女将さんに文句をぶつけてみたが、そんなことをしたところで今の状況は改善されない。


 本人に自覚症状がないのにもかかわらず、芽が出た。これは本当にどうしたらいいのか。

 ソフィアは再びサリーナが呼びに来るまで、同じ体勢のまま頭を抱えるのであった。

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