結びの種
赤、青、黄色、橙、桃色、白、紫……色とりどりの形の違う美しい花々に囲まれても全く霞まない。それどころか鮮やかな青色の髪や中性的な美しい顔立ちが花によってより神秘的に見えてくる。
ここまで花の似合う男がいるのだろうか。店員や周りの客はクレイズの姿に見惚れ、ほぉっと小さく息を漏らしている。その様子を見てソフィアは確信した。クレイズ以上に花の似合う男はいないと。
「すごい匂いだな……」
ただ残念なことに、物語の王子様のような見た目とは裏腹にクレイズの中身はひどく残念だ。決して悪い人ではないが、女性の理想を体現した見た目でも理想の性格ではない、ということである。まぁ、眉間に皺を寄せ不快感を表したくらいでは気づかれないだろうが。
ソフィアが最後に来たかった店は園芸店であった。これは完璧にソフィアの趣味である。店先の花壇に合う花はないかと覗きにきたのだ。
この町の園芸店の中で一番広いこの店はソフィアのお気に入りだ。種や土、すでに咲いている花まで数多くの品が揃っている。
「まぁ、初めてくる人にとっては慣れない匂いかもしれませんね。店から出ていてもいいですよ?」
「いや、いい」
なぜそこまで頑張るのだろう、と少し不思議に思いつつソフィアは小さく頷くだけですぐに花に視線を戻した。
種から育てるのも楽しいけれど、今ソフィアが欲しいのはすぐに楽しめる花壇の花だ。すでに植えてある花とのバランスを考えながら一つ一つ見ていく。頭の中ではいろんな花壇が出来上がり楽しくなってくる。自然とソフィアの表情も和らいだ。
「……やっぱりついてきて正解だった」
「え?」
「いや、なんでもない」
ボソリと呟いたクレイズの言葉が聞き取れず視線を上げたソフィアにクレイズは首を横に振る。僅かに首を傾げたソフィアだったがクレイズの背後にある物を見て、すぐに思考が切り替わった。
「なにこれ……宝石? いや、種、かな? ……綺麗」
引き寄せられるように近づいたソフィアの目の前にあったのは、見る角度によって色が変わる小さくて丸い、まるで宝石のような種だった。初めて見る珍しい種にソフィアの胸は高鳴る。
「綺麗ですよね。それは『結びの種』と呼ばれている珍しい種なんですよ」
店員はソフィアに歩み寄ると種の入った箱を持ち上げソフィアの近くへ持ってきた。それは近くで見れば見るほど美しい。ソフィアは目を輝かせる。
「ふーん、これが」
「え? 知ってるんですか?」
同じように隣で種を覗き込んでいたクレイズの反応にソフィアは思わず声をかけた。
「現物を見るのは初めてだけどな。魔術師の中ではちょっと有名だ」
「ええ、そうなんです。もしかして、魔術師様なんですか? うわぁ……素敵」
店員は頬を赤く染めながらうっとりとクレイズを見つめている。ある意味いつもの事なのでソフィアは店員の反応を気にする様子もなくクレイズに話を促した。
「なんで有名なんですか?」
「あー……まぁ、魔術師からの特別な贈り物っていうか」
「そうっ! とーっても特別な贈り物です!」
突然話に割り込んできたの先ほどまでクレイズに見惚れていた店員だった。拳を固く握りしめ熱く語り始めている。
「結びの種に魔術師様が己の魔力と共に想いを流し込み、それを大切な相手に渡す! 渡された相手も魔術師様を大切に想っていれば、それはそれは美しい花が咲く! と言われているのですっ! なんて素敵なんでしょう! まるで物語のよう……ああぁ、私も貰ってみたい」
途中から一人の世界に行ってしまった店員に若干身を引いていたソフィアだったが、クレイズが訂正しないところをみると店員の妄想などではなく本当の事らしい。
「なるほど……それで『結びの種』と呼ばれてるのね。でもこれは私には必要ないか」
なんせ魔力を流し込まなければ花が咲かないのだ。魔術師でもないソフィアには咲かせようもない。どんな花が咲くのか少しだけ興味は湧くけれど、こればっかりはしょうがない。諦めて再び花探しを始めよう、そう思って踵を返したソフィアの背後でクレイズが妄想に耽っている店員に話しかけた。
「……これを一つくれ」
「え? あ、はいっ! ありがとうございます! わぁあ……素敵ぃ」
ギョッとしているソフィアを他所にクレイズは淡々と買い物を済ませる。そして店員に渡された箱をその場で開けると、種を強く握りしめ目を閉じた。
はたから見れば、ただ目を閉じて立ち尽くしているだけのようにも見える。しかし、先ほどの説明を聞いているソフィアにはクレイズが何をしているのか簡単に想像できた。
その時間はたったの数秒。ゆっくりと瞼をあげたクレイズは、そのままソフィアに向かって近づいてきた。
咄嗟に逃げようとしたソフィアだったが、真っ直ぐ向けてくるクレイズの瞳からソフィアは逃げられなかった。足がその場に縫い付けられてしまったようだ。
「これ、育ててくれ」
差し出された手の平の上には案の定、結びの種が乗っている。どうしたらいいのかわからずソフィアは目を泳がせた。周りにいる客も興味津々な様子でソフィアとクレイズのやりとりを見ている。
「受け取ってくれ」
念押しするようにクレイズは言葉を重ねる。周りの空気に耐えきれなくなったのは、やはりソフィアだった。
「なんでこんなところで……」
ソフィアの口から恨み言が漏れる。それでもソフィアの手は種へと向かっていた。
「二人きりの時に渡しても絶対受け取らないだろ」
「……」
無言は正解ということだ。ほら見たことか、とクレイズの瞳が言っている。
「別に深く考えるな。それを捨てるもよし、育てるもよし。もうお前のものなんだから好きにしていい。俺にとってはお前に意識してもらう一つの方法にすぎないしな」
「っ! 貴方……よくこんな恥ずかしいことを簡単にできますね」
周りでは店員が自分の事のように喜び、変な舞を踊っている。客達の中には拍手をしている者までいるのだ。
ソフィアは恥ずかしくて全身が燃えるように熱いのに、クレイズはいつもと変わらない涼しい顔をしている。それがソフィアはなんだか気に食わなかった。
「簡単に、か」
「だって平然としてるでしょう?」
「……俺、これでもかなりテンパってるんだけど」
ソフィアは大きく目を見開いた。どこをどう見たらクレイズがテンパっているように見えるのか。いつもと何一つ変わらないように見えるのに。
「まぁ、ちょくら幻術かけてるからな」
「なに馬鹿なことに魔術使ってるのっ!?」
クレイズのカミングアウトにソフィアは心の底から叫んだ。とてつもないズルをクレイズはしていたのだ。恥ずかしい姿を見られているのはソフィアだけなのである。これが叫ばずにいられるか。
「男はかっこつけたい生き物なんだよ」
「そんな性格だったっけ?」
「人はいつでも変わるもんさ。俺自身も最近知ったことだしな。でも、魔術使ってよかったよ。敬語がとれるキッカケになったようだしな。そのままそれでいてくれ」
「あっ……」
慌てて口元を隠すソフィアだったがもう遅い。頭に血が上りすぎて言葉の端まで意識が向けられていなかった。
「戻すなよ。そのままでいろ」
すぐさま釘を刺してきたクレイズにソフィアは苦笑いを向けた。なんだか自分の性格をしっかり理解されてしまっている気がしたからだ。
こんなにソフィアを理解してくれているのはサリーナくらいかもしれない。いや、悪態をついた回数で考えるとサリーナ以上にソフィアの面倒な部分を知られている気もする。そう思うと何だか片意地を張っている自分が馬鹿らしく思えてくる。
もうすでにクレイズに対する敬語は敬語の意味をなしていない。一線を引くために使っていたけれど、相手はそんなことで引き離せるほどソフィアのことを知らない存在感ではなくなっていたのだ。
「わかったわよ。そうさせてもらう」
「ああ」
そう言ってふわりと表情を緩めたクレイズを見て、ソフィアの心臓が一度大きく跳ねた。




