苦労人、サリーナ
浄化の旅ーーそれはサリーナにとって、とてつもなく面倒なものであった。
常に周りの気配を伺い生活しなければいけないから?
いや違う。それは諜報活動をする上でも変わらない。
魔獣化した動物や敵対する人間との戦闘があるから?
それも違う。今回の場合、戦闘への参加よりも聖女を守る役割の方が強かったため、比較的に他の任務よりも楽だったかもしれない。
旅の先々でちやほやしてくる者達を角が立たない程度にあしらわなければいけないから?
それもどちらかと言えばサリーナの得意分野である。きっとこれがソフィアであったなら、そう上手くはいかなかっただろう。
ではサリーナを悩ませたものとは何か。それは他でもない、聖女一行そのものであった。
我儘言い放題し放題のオリビアに毎日振り回され、無駄に真面目なクロードの長ったらしい説教という名の文句を上手くかわし、ハーヴェイの気安い言動に注意を払い、協調性ゼロのクレイズを気にかける。途中、メンバーが変わったものの、新しく入った魔術師のディランは聖女の愛の奴隷と化してサリーナの心労を増やす。個性ある方々と言えば聞こえはいいが、はっきり言って結束力のかけらもなかった。
そんな聖女一行に変化をもたらしたのが、ハデスト帝国の一件である。
人は命の危機や守るべきものができると強い意志が生まれ結束力が高まる、ということを彼らを間近で見ることでサリーナは再確認した。そしてなにより、人は何かを吹っ切ると恐ろしい程変わってしまうということを身をもって理解する事となる。
店の扉を見つめたまま呆然と立ち尽くしているソフィアを横目に店の外に出たサリーナは、扉横にある板を『準備中』にひっくり返すと、彼らが向かったであろう方向に駆け出した。目的の人物達を見つけたのは店からかなり離れた場所で、どれだけ早歩きなのか、と思わずサリーナの口から重いため息が溢れた。
「ちょっと待ってください」
喧嘩のような言い合いをしている二人は、サリーナのそれほど大きくもない声に瞬時に反応した。未だ首根っこを掴まれた状態だったハーヴェイが勢いよくクレイズの腕を払いのけ、その勢いのままサリーナの方へと駆けてくる。それほど距離があいているわけでもないのに特異体質の能力を使い、瞬間的に目の前に現れたハーヴェイの腹へサリーナは迷うことなく一発食らわせた。
容姿の整った二人が並んで歩くだけでも悪目立ちしているというのに無駄に能力をつかい、より目立ってしまったことへの抗議である。もちろん、ハーヴェイの横を何事もなく通り過ぎた瞬間に繰り出したので素人である町の人間に気づかれはしないだろう。暗殺訓練の賜物である。
「酷いぞ、サリーナ」と腹を抑えて蹲るハーヴェイを綺麗に無視し、眉にしわを寄せ、いかにも不機嫌そうなクレイズの元へ向かったサリーナは、両腰に手を当て仁王立ちの格好でクレイズの前に立った。
「この二週間、貴方は何しに来てたんですか?」
「……」
無言のクレイズをサリーナは思い切り睨みつけた。
「そんなことならもう協力はしませんよ」
「……すまん」
クレイズを知っている者がこの状況を見たならばひっくり返るほど驚くだろう。あのクレイズが謝罪の言葉を口にしたのだから。
「ほんと何しに行ってたんだか。俺、ちゃんと女の子との楽しい会話の仕方とか教えてあげたよね」
「あんなの参考になるか!」
「あんなのとは失礼な。大体、毎日のようーー」
「二人とも煩いですよ」
「「はい」」
魔獣化した動物を簡単に倒し、帝国の城を簡単に落とした男達は今、侍女として同伴していただけの女性に対し、頭を上げられずにいた。
なぜこんなことになっているのか。それはハデスト帝国の一件でもたらされた聖女一行の変化が大きく関係していた。
ハデスト帝国からクレイズを仲間に戻して再び浄化の旅に出た一行は、サリーナにとって傍迷惑な方向へと進化していった。
クロードは聖女だからと大目に見ていたオリビアの言動に対し、得意の長ったらしい説教で注意し始め。その説教に最初は文句タラタラだったオリビアも、いつしか自分の事をそんなにも想ってくれているのかと変な方向に解釈し、どうすればクロードの気持ちに応えられるか毎日のようにサリーナに意見を求めるようになった。そんなオリビアに報われない愛を捧げ続けるディラン。ここに変な三角関係が出来上がる。
そして、ハーヴェイはからかいを含んで絡んでいたはずのサリーナに対して本気になったらしく、隠すことなく好意をぶつけてくるようになり。
いつも気怠げでやる気も協調性も皆無だったクレイズは、ソフィアの事を何かにつけ聞きたがった。ソフィアとの通常の連絡の後など特に五月蝿く、ソフィアの任務内容など漏らせないものもしつこく聞いてくる。終いには、教えないと面倒くさいほど不機嫌になった。
浄化は順調に進み、問題などないはずなのに、サリーナは毎日のように面倒な事案に襲われる。それがずっと続いたある日、サリーナの中でプチンと何か音がした。文字通り、キレたのだ。
サリーナは昔から周りの求めることを素早く察し、笑顔を絶やさず、我慢すべきところは我慢し、誰からも嫌われないよう生きてきた。話を合わせるのが得意だったし、自分の感情を相手にぶつけるのは逆に苦手としていた。
しかし、人間限界はやってくるのだ。
「あぁぁぁああっ!」と言葉にならない叫び声をあげたサリーナはその場から逃げ去った。
任務? そんなの『影』が近くにいるのがわかった上で逃げたのだから安全は保証されているし、新しい穢れの発生が見受けられないのだから影本部との通信手段などそこまで必要ないだろう。サリーナが今やるべき仕事は、侍女として彼らの身の回りのお世話をする事であって、彼らの恋愛をどうこうする事ではない。そんな事を求めるなら、恋愛話が大好きな本物の侍女でもなんでも雇えばいいだろう!
心の中で荒波のように荒れ狂う感情をサリーナは叫び声を上げて吐き出した。そして、ものの数分で場を離れた事への謝罪と共に戻ってきたのだ。残されていたメンバーはサリーナの突然の行動に動転し、何もしないまま平常運転に戻ったサリーナを迎え入れた。
しかし、何も変わらなかった訳ではない。その日を境にサリーナから遠慮という言葉が消えた。もちろん侍女として控えてはいるが、クロードの説教はやんわりと途中でやめさせ、オリビアには今までのままではクロードは受け入れてくれないと容赦ない言葉で心をポッキリと折り、鬱陶しいハーヴェイには冷たく当たり、自分の感情にすらはっきりとした言葉を見つけられていないクレイズには己の抱えている感情と向き合わさせた。ディランは……更生不可能である。
「クレイズさんが今日でこちらでの仕事が最後だから二人きりにして欲しいと頼んできたから協力したのに」
「とか言いつつ盗み聞きしてただろうが」
「姉として当然です。ちゃんと気配を消していたではないですか」
「そういう問題か!?」
抗議は受け付けないとサリーナは目に力を込めてクレイズを見返す。こんな顔と実力は優秀でも、口も内面も悪い男に可愛い妹を渡せるわけがないだろう。サリーナがクレイズの申し出を受け入れたのも、クレイズを見極め、ソフィアの気持ちを知るためであった。
「大体今までのあれはなんですか!」
サリーナの剣幕に押されクレイズの肩が僅かに揺れる。これから始まるだろうサリーナの説教から逃げられないかとクレイズは目を泳がせ、そんな二人の様子をハーヴェイは面白そうに眺めていた。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




