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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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新たな任務

 ティライス王国国内の中で最もハデスト帝国に近い町ヘルムリクト。スザール侯爵の領内にあるその町は、国境沿いに高い壁を築き、多くの騎士や魔術師を配置しているため、ティライス王国の守りの要として有名である。また、ハデスト帝国との貿易の場としても栄えている。


 ヘルムリクトの中心街から少し外れ、自然豊かといえば聞こえはいいが鬱蒼と茂る森の入り口近くに、最近小さな喫茶店ができた。レンガで作られた建物は二階建てで、一階部分は喫茶店、二階部分は喫茶店を切り盛りする若い姉妹の住居のようだ。


 メニューは他の喫茶店と変わらないが、コーヒーも紅茶も淹れ方が絶妙で、軽食も料理人顔負けの美味さである。何でもそういう仕事を幾つかしていたとか。

 開店の挨拶に来た際の洗練された仕草や優しげな表情も相まって、若いのに苦労してきたんだねぇ、と周りに住んでいる者達は彼女達を好意的に受け止めた。それに、姉妹の容姿が瓜二つだったのも印象に大きく残った。そのせいなのかは知らないが、開店して間もないのになかなか客が入っている様子だ。







「「ありがとうございました!」」



 穏やかさを感じさせる翠色の瞳、ほんのり赤く染まる頬、明るい声までそっくりな姉妹に見送られ、手を振りながら笑顔で最後の客が店を出ていく。客の姿が見えなくなると、扉横の看板を『準備中』に変え、姉妹は慣れた手つきで片付けを始めた。主に客の立ち入るスペース全般を姉が、台所などの裏側を妹が担当する。この配置は営業中もあまり変わらない。

 混んでくれば妹が接客に回ることもあるが、器量の良い姉は笑顔で全てこなしてしまう。妹にとって笑顔で居続けることは結構な労力が必要なので、素直に姉の優しさに甘えている現状だ。まぁ、甘えられるようになったのも、素直になったのもつい最近の事なので、姉も嬉しさのあまりついつい引き受けているだけなのだが。



 カランカランーー


 扉が開く際のベルの音が店中に響き渡る。すぐさま営業スマイルを浮かべた姉が客がいるだろう扉に視線を運び、客の姿を確認した瞬間、すっと笑顔を消した。



「申し訳ありませんが、本日の営業は終了しております。お引取りを」



 接客業としてはあり得ないほどの感情の読めない平坦な声が相手を突き刺さん勢いで放たれる。しかし相手は意にも介さず、嬉しそうに笑みを強めた。その笑顔の絵になること。幾多の困難を乗り越えてきたのがよくわかる鍛え上げれた引き締まった身体、全てを焼き尽くす炎を彷彿とさせる紅の髪、男らしい金色を宿した鋭い瞳は満面の笑みのせいでその鋭さを失い、どんな女性をも骨抜きにしてしまう甘さと色気を醸し出す。



「そんな怖い顔をしないで、サリーナ。俺は可愛い君の笑顔を見にきたのに」

「無駄足になりましたね。よくもまあ、飽きもせず毎度毎度王都から遠く離れたヘルムリクトまで来れますね、ハーヴェイ様」

「そりゃあ愛の力だよ」



 温度差のかなりある二人のやりとりを台所の入り口で隠れて見つめながら、ソフィアはいつ出たものかと考えを巡らせていた。そう、この喫茶店の店主である姉妹とはサリーナとソフィアのことであった。



 聖女一行が旅から無事帰還して数日が過ぎたある日、今回の任務の報酬を受け取るためセルベトと会ったサリーナとソフィアは、その場で新たな任務を仰せつかった。それはハデスト帝国内の情報を集める『影』の情報集約場を作れというものだった。

 各箇所にアレルティア教会は点在するものの、教会の主な活動は導きの神アレル様の考えを広めること。行き場のない特異体質者の保護は裏の活動と言え、保護された者達は皆、能力の制御を覚えるために王都のアレルティア教会に送られる。


 そのため『影』の本部は王都のアレルティア教会の地下にあるが、支部といえる場所がない。もちろん何かあれば地方のアレルティア教会も『影』に協力してくれるが、支部とまでは言えないだろう。

 そこでセルベトはサリーナとソフィアに支部として喫茶店を開く任務を与えた。何故喫茶店の必要がとソフィアが聞けば、『影』のメンバーが息抜きできる場も作りたいとか。


 セルベトの案に難色を示すソフィアであったが、サリーナは乗り気であった。浄化の旅で顔が知られ『影』の仕事をしにくくなった事もあり、面白そうだと言うのだ。

 ソフィアも内心では表舞台での生活に対する憧れで揺れており、二人に後押しされるように任務内容を受け入れた。


 その後の動きはとても速かった。セルベトはすでに店の場所、ソフィア達の住処、必要な家具や道具、諸々の手配を全て終わらせていたのだ。もはや決定事項で断ることなんかできなったんじゃないか、とソフィア達が呆れたのは言うまでもない。

 結局、一週間も経たぬうちに長年住んでいたアパートと別れを告げ、ヘルムリクトにやってきたのである。



 任務はとても順調だ。ソフィア達は諜報活動中、色んな職種をしていたこともあり、接客や調理の経験はある。侍女などもしていたので、立ち振る舞いも美しい。

 店を始めた当初は『影』の仲間達が冷やかしに来ていたが、最近では情報を持ち寄るよりも普通に食事を楽しみに来ている。それでいいのか、と思うことはあるが、これもセルベトの狙いの一つなのだろう。はたから見ればとても繁盛しているようにも見えるので、最近ではつられるように一般の客も入るようになった。


 開店して一ヶ月。食材を届けてくれる商人と挨拶を交わし、店先を掃除しながら近所の住人とたわいのない事を話す。自分の作った食事を喜んでもらい、また来ると言ってもらう。夜はサリーナとお喋りに花を咲かせ、本を読み、仲間の持ってきた情報をまとめる。


 ソフィアは楽しくてしょうがなかった。偽りの姿でいる必要などなく、ビクビクしないでありのままの自分で生きられる。もちろん大変な事もあるが、光を浴びて生きる世界はとても温かい。




 ソフィアは今だに扉の前で言い合っているサリーナとハーヴェイを盗み見た。旅の間に何が起こったのかは知らないが、初めて二人のやりとりを目にした時は驚いたものだ。

 サリーナが他者に対して笑顔を向けない。ましてや、嫌悪感をそのままぶつける姿などソフィアは見たことがなかった。それを特別と言っていいのかは判断できないが、サリーナが変わったきっかけなのではと思っている。



「ソフィアさんからも言ってやってよ。俺は本気だって」

「何が本気ですか。いつでも誰にでもへらへらへらへら……女の敵。ねぇ、ソフィア?」



 どうやら盗み見ていたのがバレていたようだ。

 ソフィアにはハーヴェイが本気かどうかわからない。恋愛経験がないからだ。だが、誰にでも(特に女)ヘラヘラしている男を姉の相手として認めたくはないので今のところハーヴェイに協力する気はない。



「まぁ、女の敵はあながち間違いじゃなさそうだね」

「ソフィアさんまで……」



 ガクッと膝をついたハーヴェイを他所に、ソフィアは扉の外へ視線を向ける。何かを探すように彷徨うソフィアの視線に目ざとく気づいたのは項垂れているはずのハーヴェイだった。



「今日は俺だけだよ」

「そ、そうですか」

「誰を探していたのかな?」

「別に誰も」

「そう?」



 人の良さそうな笑みを浮かべるハーヴェイから視線を外し、ソフィアは片付けを再開するため奥へと下がる。

 ハーヴェイの目的はサリーナだ。この一カ月、聖女一行として知名度が上がったハーヴェイは多忙なはずなのに、能力を使って王都からかなり離れたヘルムリクトにあるこの店に週二、三で通ってくる。そして一方的に話をして帰っていく。そう考えると本気なのかもしれないが、全く相手にされていない気がする。


 ソフィアが外を気にしたのは、ハーヴェイが何度かクロードを連れてきたから。初めて連れられてきた時は感謝を伝えたくてという真面目なクロードらしい理由だったが、その後も何度か来ていた。この店が気に入ったのか、羽を伸ばしたいだけかと思えば、ハーヴェイ曰く避難場所らしい。





『誰を探していたのかな?』

 先程のハーヴェイの言葉がソフィアの頭の中によみがえる。


 探してなんかいない。

 もう危険な仕事はやめろ、と言ったあいつが今のソフィアの仕事をどう思っているかなんて考えていない。




 ただ、一回くらい見に来てもいいじゃないか。

 ……仲間なんだから。


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