王宮のとある部屋にて
毛並みの揃ったふかふかな絨毯に大きな窓、細かな彫刻が施された椅子と丸テーブル、その上には菓子と紅茶が準備されている。
窓から入る光を反射してきらきらと輝きを増す銀色の髪を軽く払い、紫色した瞳を優しげに緩め、手元にある紅茶の香りを楽しむ。その動作一つ一つが優雅で、父親似の弟とはまた違った魅力を持つ母親似の彼は、どんな女性をも虜にしてしまう。まぁ、今この部屋には虜になる者などいやしないが。
「兄上、何か御用があるのでしょう? 優雅にお茶を楽しむ前に話してください」
「せっかく淹れてくれたのだから美味しいうちにと思ったんだがな」
「兄上」
「わかった、わかった。本当にクロードは真面目だなぁ」
むすっと睨みつけてくる弟のクロードに苦笑いを零しながらレイモンド・フレット・ティライスはカップをソーサーに戻した。レイモンドはクロードの兄、すなわちティライス王国の第一王子であり、王太子である。
「皆を呼んだのは他でもない。今回の浄化の旅を労うためだよ」
そう言ってレイモンドは目の前の三人に笑いかける。クロードとハーヴェイは首を傾けた。
「ならばオリビア嬢やディランも呼ぶべきでは?」
クロードの疑問は最もである。今部屋にいるのはクロードとハーヴェイ、クレイズ、そしてーー
「まずはクレイズ、フードを取りなさい。殿下に失礼だろう」
王子であるクロードの疑問へ答える前にクレイズに指示を出しても咎められない男、セルベト・オーランド公爵、その四人である。
ちなみにレイモンドとクロードにとってセルベトは従兄弟叔父にあたるが、色々なことを教えてくれた先生と言った方がしっくりくる。そのためセルベトに不敬だなんだと文句を言うことはない。
セルベトに言われフードを取ったクレイズを確認したレイモンドは、改めて居住まいを正した。
「改めて三人には礼を言うよ。よくぞ聖女を守り抜き、世界を穢れから救ってくれた。ありがとう」
国に帰還してから何度も言われた言葉だ。帰還の際には沿道から国民に、帰還してすぐに通された謁見の間では国王夫婦に、次の日の祝賀会では貴族達に……浴びるほど送られた礼の言葉。
それを受けることはとても誇り高く、有難いことであったが、三人は素直に受け取ることができずにいた。
「その功績を称え、褒美を与えることになった。三人は何がよい? もちろん、オリビア嬢にもディランにも話はいっている」
「褒美……兄上、私達と共に旅をしてきたサリーナやハデスト帝国で良く働いてくれたソフィアには褒美があるのですか?」
「それはありません」
クロードの質問に答えたのはセルベトの静かな声であった。クロードだけでなく、ハーヴェイやクレイズの表情も固くなる。
「なぜだ? 彼女達の功績は大きい。私は共に戦ってきて知っている」
「クロード殿下。彼女達は『影』として雇われたのです。もちろん給金として仕事内容に見合ったお金は渡されますが、国王陛下から褒美を貰うことはできません」
『影』は王族が雇ったにすぎない。そこに報酬としてお金は発生すれど、褒美とはまた違う。サリーナやソフィアの功績は表に出ることなく、また礼を言われることもなく、ただ光の陰のようにひっそりと隠される。陰にいる限り、それは変わることがないのだ。
「なぁ、クレイズ。私はお前に旅への同行を頼む際『終わったら好きに生きて良い』と言ったのを覚えているか?」
「……はい」
「お前はどう生きたいのだ?」
「どう、生きたい……」
セルベトの言葉をクレイズは己に落とし込むかのように小さな声で繰り返す。それを横で見つめていたハーヴェイは、自分の名前を呼ばれ、慌てて顔を戻した。
「ハーヴェイ・エレキセン殿。そなたは騎士として名誉ある称号を得るだろう。しかし、それよりも得たいものはないのか?」
「……得たいもの」
黙り込んだ二人に視線を向けたクロードは、何かに気づいたのかハッと顔を上げレイモンドとセルベトを見る。レイモンドとセルベトは、気づいたのかとでも言うようにニヤリと笑った。その二人の顔が昔の出来事と重なり、クロードはなんとも言えない気分になる。
その顔は、勉強の合間に些細な悪巧みを考えている時の顔で、幼い頃から真面目だったクロードはいつも必死に止めていた。一度も止めることに成功したことはなかったけれど。
「止めるか? クロード」
「……今回は止めませんよ」
小声で話す二人の表情は、さすが兄弟と言いたくなるほどそっくりだ。
「なんでもお見通しって訳ですか、兄上」
「私というより、セルベトがな」
「なるほど」
ちらりとセルベトを盗み見れば、なんとも熱い視線をハーヴェイとクレイズに向けている。若干テーブルに乗り出しているその姿は、セルベトが臨戦態勢の証拠である。
「……褒美を決めた」
「私も決めました」
顔を上げたハーヴェイとクレイズが真っ直ぐ見つめる先は、レイモンドではなくセルベトだった。それだけで、決めたんだな、とクロードは理解する。そして、初めてできた友人達に協力してやろうと強く思った。
「ほう? 聞かせてもらおうか」
すでにわかっているかのようなセルベトの憮然とした表情が微笑みに変わるまでもう少し。
ハーヴェイとクレイズが部屋を退出し、用事ができたと続けて席を立ったセルベトを見送ったクロードは、テーブルの菓子に手を伸ばしている兄に気になっていたことを聞いた。
「そういえば、オリビア嬢とディランの褒美は何だったんです?」
「気になるか?」
「そりゃ気になりますよ」
二人をこの場に呼ばなかった事は、先程のやりとりで納得したが、すでに二人に褒美の話をしたことは聞かされていなかった。色々問題行動のあった二人だったので気になる。しかし、レイモンドの表情を見て、クロードはすぐに聞いたことを後悔した。
「実はーー」
「いや、やっぱりいいです」
「え、なんでだ? 父上は乗り気だぞ?」
「やめて下さい。断ってください。勘弁してください」
「おいクロードーー」
「もう私を巻き込まないでください!」
叫びながら席を立ち、飛び出すように部屋を出て行ったクロードを唖然としながらレイモンドは見送る。そして思う。
……旅で何があったんだ、クロード




