聖女一行、帰還
任務が終了した次の日、朝早くサリーナとキャメルに会いに行ったソフィアは、今回の計画に協力してくれたキャメルに礼を言うとともに、この後もまだ浄化の旅を続けるサリーナに労いの言葉をかけた。キャメルと再び会えるのはいつになるかわからないし、サリーナと会えるのも旅が終了した後になる。色々と話したそうにしているサリーナとキャメルであったが、それはまた今度という事になり、それにソフィアも頷けば、二人から不思議そうな視線を送られた。
ティライス王国に戻ってきてからもソフィアは、ふっとした瞬間にあの時二人に言われた言葉を思い出す。
『ソフィアが私達の話に付き合ってくれる姿勢を見せるなんて、珍しい事もあるものね』
『たしかにそうね。それに少し見ない間に何だか表情が明るくなったみたい』
『あぁ、それはあの人のおかげよ。ク・レ・イ・ズ』
『クレイズ様の? わぁ! なになに、気になるわ!』
あの後、異様に盛り上がるサリーナとキャメルを黙らせるのに苦労した。サリーナには質問責めに合うし、キャメルにはニヤニヤとした不愉快な視線を浴びせられるしで、結局解放されたのは皆が目覚める時間間近だった。
「そろそろだな」
部屋にいた一人が時計を見つめ言葉を零す。手元の資料を見ていたソフィアも言葉につられるようにして時計へと視線を移した。
「そうね。ついに、と言ったところかしら」
「本人達にしたら、やっと、だろうな」
たしかにそうだ、とソフィアは小さく頷く。
今日、一年半の浄化の旅を終え、聖女一行がティライス王国へ帰ってくる。
「ソフィアは出迎えに行かなくていいのか? 一応、お前も途中まで聖女一行の一員として仕事してきただろう」
「いいの。私は『影』なんだから」
『影』の本部である教会の地下には聞こえてこないが、今頃地上は歓喜の渦だろう。
世界を穢れから守ってくれた聖女一行。ハデスト帝国との戦をも止めてくれたティライス王国の誇り。
彼らを讃えない者だとこの国にはいない。『影』はそんな彼らを世間に知られることなく支える存在なのだ。
「……それに、もう会うことはないし」
「ん? なんか言ったか?」
「え? あぁ、それに人混みで酔いそうだからって言ったの」
「たしかに。すごい盛り上がってるだろうからな」
ティライス王国に戻って来てから、ソフィアは仲間達に『なんか変わったな』と言われる機会が多くなった。終いには、報告のために会ったセルベトにまで『何かを得られたようだね』と満面の笑みを送られたのである。
ここまでくると、さすがのソフィアも自分は変わったのだと認識せざるおえない。その度にハデスト帝国でサリーナとキャメルに言われた言葉が蘇ってくるのだ。
「男どものお目当は聖女様だろうが、んー……一番人気はやっぱりクロード殿下かな」
「まぁ、そうだろうねぇ」
どこの街に行っても、一番囲まれるのはやはりその二人だ。その考えで間違いないだろう、とソフィアは適当に相槌をうつ。
「でもハーヴェイ様やディラン様も容姿、実力共に申し分ないと人気が高いらしいしな」
「ふーん」
愛想良く笑顔を振りまくハーヴェイと可愛らしい顔立ちのディラン。二人ともクロードとはタイプの違う美形であり、それぞれ人気があるのも納得できる。が、ソフィアにとってはどうでも良い情報である。
「あぁ、でも、ハデスト帝国の件で大活躍したって話が広まってるクレイズ様もじわじわ人気が上がってるらしいぞ。あのフードの下はとんでもなくイケメンだとか色んな噂があるくらいだし、っておい。ソフィア、大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと手が滑っただけ」
いそいそと机の下にばら撒いてしまった資料を搔き集めるソフィアに呆れた表情を浮かべながら、ソフィアの同僚でもあるその男は椅子にもたれかかり大きく息を吐いた。
「そんなメンバーと旅をしてきたサリーナはさぞ大変だったろうなぁ」
「……まぁ、ねぇ」
資料を集め終わったソフィアは、なんとも言えない表情で椅子へと戻る。たしかに定期的に行われるサリーナとの情報交換では、随所でサリーナの苦労をうかがい知ることができた。
クロードが我慢の限界に達したらしくオリビアに遠慮なく説教をするようになっただとか、いつの頃からかオリビアがサリーナにクロードとの関係改善の相談をしてくるようになっただとか、ディランのオリビア愛が恐ろしいだとか、ハーヴェイが鬱陶しいだとか、クレイズからの質問が面倒くさいだとか。なんだか穢れの発生がおさまり、後は残った穢れを浄化して回るだけとなった頃から、報告がサリーナの愚痴だけになっていた気がしてならない。
ただ、いつも明るくにこやかなサリーナがソフィアに愚痴ばかりをこぼしてくるなんて今までなかったことなので、きっとそれ程大変だったのだろうとソフィアは思っていた。ハーヴェイが鬱陶しいの意味とクレイズからの質問がなんなのかは今だによくわからないが。
「でもまぁ、うまくやっていたみたいよ」
あの歩調を合わせないクレイズがいても問題らしい問題が起きなかったくらいだ。一年半も休むことなくネックレスを付けながら旅をしていて大丈夫だろうか、と心配したことも何度かあったが、クレイズが倒れたという報告はきていない。心配する必要なんてないということだ。そう思うと、なんだか言いようのない寂しさが襲ってくることもあるが、ソフィアは得意の気づかぬふりで日々を過ごしてきた。
《……ソフィア……ソフィア》
突然頭の中に聞きなれた声が飛び込んでくる。今は特別忙しいであろうサリーナの声だ。
《どうしたの? 今はご帰還パレードの真っ最中じゃない?》
《そうよ。それでソフィアは今どこ?》
《え? どこもなにも本部よ》
《本部!? 出迎えに来てないの!? ……あぁ、また機嫌が悪くなりそうで面倒だわ》
聞いたことのないサリーナの低音ボイスにソフィアは慌てた。
《え、なんかごめん。ちゃんと家で待ってるから》
《あぁ、うん。さっきのは気にしないで。じゃあ後で会えるの楽しみにしてるね!》
いつもの明るいサリーナの声を最後にプツンと能力が切れたのがわかる。若干不安は残ったものの、サリーナを出迎えるために少し豪華な食事でも作ろうかとソフィアは急いで残りの仕事に取り掛かったのであった。




