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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
45/73

生きている意味

 ジリジリと締め付けられる腕、横からビシビシと突き刺さってくる怒りのこもった眼差し。そろそろ腕の感覚がなくなるんじゃないか、と思うのだが、なんとなく言ってはいけない気がしてソフィアは視線を彷徨わせる。


 謁見の間で皇帝ザドルフを捕らえ、ティライス王国から派遣された騎士や魔術師が城へと入り、彼らに側近達共々受け渡したのは先ほどのことだ。

 クロードが言った通り、ティライス王国とハデスト帝国の国境沿いには騎士団と魔術師団から編成された軍がいつ戦が起こっても対応できるよう待機していたが、ノエルを確保した時点で『影』の者が軍へと走り、数名をハデスト帝国内に入れていたのである。まぁ、この結果は必然であったというわけだ。


 今後は聖女と自国の第二王子を襲った事や戦を企てていた事を挙げ、ティライス王国がハデスト帝国を取り込んでいくことになるだろう。ハデスト帝国が国として残るかは今後の各国との話し合いで決まるだろうが、聖女が誕生した国は政治的にも優位に立てることから、ハデスト帝国が残る可能性は低い。

 実際、まだ皇帝と皇妃の間には子供がいなかったようなので皇族の血もここまでだろう。皇帝の兄弟などは、どうなるのかなぁ、などと現実逃避のように今後の事を考えていたソフィアだったが、ぐっと思い切り腕を引っ張られた事で現実に戻った。



「……なに」

「帰るぞ」

「は?」



 グイグイと遠慮なくソフィアを引っ張っていくクレイズ。抵抗も虚しく城はどんどん遠ざかる。途中サリーナを見つけ思わず呼びかけるが、なぜか笑顔で手を振られて終わった。


 帰ると言われてたどり着いたのはソフィアとクレイズがハデスト帝国で過ごしたアパートだった。解約は明日で、クレイズは再び聖女一行に戻ることからソフィアが責任を持って明日片付けをして解約しておこうと思っていたのだ。



「いい加減離してよ!」



 ソフィアが力任せに腕を振れば、今度は簡単に手が外された。二人の間に訪れる沈黙。居た堪れなくなったソフィアが部屋の奥へと向かって行く背に小さな声がかけられた。



「何故あんなことをした」



 その言葉から感じられるのは僅かな怒り。しかし、怒りを買う意味がわからないソフィアは怪訝な表情で振り返り、振り返ったことを後悔した。


 すでに時刻は夜を迎えていた。明かりのついていない部屋を照らすのは窓からの月明かりだけ。その明かりは真っ青な髪を幻想的に映し出し、透き通るほど白い肌を浮かび上がらせる。いつの間にか取り払っていたフードから現れた夜空に負けないほど澄んだ黒の瞳が真っ直ぐにソフィアを射抜いていた。



「あ、あんなことって……言ってることがわからないわ」



 一瞬の動揺がソフィアの言葉を震わせる。責められる意味が、そんな目で見られる意味がわからない。でも、クレイズの次の言葉でカッと頭に血が上った。



「何故皇帝の前に現れるなんて危険なことをしたのか聞いてんだ」

「それが私の仕事だからよっ!」



 責められている内容を理解した。そして理解したからこそ腹が立った。


『影』

 それはまさしく言葉通りで、明るい表舞台を裏から支えるための組織。特異体質者という表に出られない、世界に受け入れられない者達が所属する組織なのだ。


 今回だってそうだ。どこかにいるだろう穢れを発生させる能力者を密かに見つけ出し聖女に浄化させる。それはもちろん特異体質者であることを世間に知られないためであり、スムーズに浄化の旅を終わらせるためでもある。

 謁見の間でのことだって、ソフィアは早く聖女一行が浄化の旅に戻れるようアシストしただけだ。


『影』は表には出られない。出てはいけない。だからこそ何でもすることができる。



「危険なんてこの仕事には付きものよ」

「……国のことなんてどうでもいいと言ってただろう」

「えぇ、どうでもいいわ」

「なら何故っ!」



 クレイズの揺れ動く瞳からソフィアはスッと目をそらす。これ以上クレイズの言葉を聞いてはいけない気がしたからだ。



「……それが私の仕事だからよ」



 もう話はお終いだというようにソフィアが再びクレイズに背を向ける。



「これで貴方との仕事もお終いね。もう会うこともないでしょう。貴方の力にはお世話になったわ。まぁ、旅では気をつけて」



 もう共犯者として仕事をすることもない。ソフィアは明日から一度ティライス王国に戻り、セルベトに今回の報告をした後、仲間から届けられた穢れの調査内容をサリーナへ伝える仕事に就く。

 ノエルの能力が消えた今、穢れが増えていないかの調査結果は王国に集めた方が早いのだ。伝達役にもなるソフィアは任務が終了したのでチョロチョロ動き回らない方が便利なのである。聖女一行の護衛には別の仲間が就くことになるだろう。



「せいぜい暗殺対象にならないようにね。貴方を相手にするのは骨が折れそうだから」



 冗談交じりに笑い飛ばす。普段だったら「お前なんかにやられるか」とかなんとか憎まれ口が飛んでくるはずが、今回はやけに静かだった。一瞬足を止めそうになるも気にしたら負けな気がしてソフィアは自室へ向かう足を止めない。

 そんなソフィアの腕に後ろから手が伸びてくる。気配を感じたソフィアは、さっとその手をかわし、手を伸ばしてきた相手であるクレイズを睨みつけた。



「何度も何度も腕を掴まないで。さっきから何なのよ」

「……やめろ」

「なにが?」

「もうその仕事、やめろ」



 その言葉を聞いた瞬間、ソフィアは思い切りクレイズの頬を叩いた。当然クレイズがかわせるはずもなく、勢いよく吹っ飛んでソファに投げ出されている。



「あんたにそんな事を言われる筋合いはないっ!」



 ソフィアにとって仕事だけが自分の存在意義なのだ。能力を持って産まれたせいで世間に拒絶され、親に捨てられ、何もないソフィアにとって、仕事だけが唯一ソフィアに残っているもの。表の世界を生きられないソフィアにとって、裏の世界だけが生きられる場所なのだ。


 それをクレイズは意図も簡単に捨てろと言った。



「あんたに何がわかる! 必要とされるあんたに!」



 導きの神アレル様は言った。『全ての生き物は何かの使命を背負って生まれた。意味のない生はない』と。しかし、ソフィアは幼い頃から自分には使命など与えられていないと思っていた。でも、自分が生きていることに意味はない、とは思いたくなかった。だから使命を探したのだ。そして見つけた。それが『影』だった。

 サリーナのように人を笑顔にする力もない。セルベトのように誰かを救う力もない。そんな何もない自分が唯一できること。



「影として誰かを支える! それが私の使命なの! 生きている意味なの! 私からそれを取り上げる権利があんたにあってたまるか!」



 力いっぱい叫んだせいで頭がガンガンして視界が霞む。泣きそうになっている自分が嫌で、目頭にぐっと力を入れてみるも意味はなくて。それでも目の前の男に見せたくなかったソフィアは部屋を飛び出そうとして、腕を思いっきり引っ張られた。



 なんでまた腕を引っ張る……と心の何処かが呆れたように呟く。腕ばかり掴まれてさすがに痛くなってきた。その痛みと同時にすーっと身体の熱が冷えていくのをソフィアは他人事のように感じたのだった。



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