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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
44/73

最強の男

 騎士にしては細身の体、若干丈の合っていない制服、まだ大人になりきれていない高めの声、それらは普段なら違和感として捉えることができたかもしれない。しかし、命の駆け引きをする緊迫感漂う今の状況で、気づいた者はいないようだった。


 勢いよく扉を開き、滑り込むようにして皇帝ザドルフの前に跪いた騎士へ視線が一斉に集まる。今にもクロード達へ斬りかかろうとしていたザドルフは剣を振り上げた体勢のまま、眉間にぐっと力を込め自国の制服を着た騎士を睨みつけた。



「何事だ」

「はっ! 何者かの襲撃により武器庫に収められていた武器全てが破壊されました!」

「……な、なんだと!」



 騎士の報告を受け、先程とは違うざわめきが謁見の間に広がっていく。混乱しているハデスト帝国の者達にクロードが冷たい笑みを浮かべたまま、さらなる追い討ちをかける。



「おや? これは戦いにもならぬようですね。武器なくして、どうやって戦ができるのか。さぁ、ご決断を。皇帝を差し出すか、皇帝と道連れになるか」



 この状況で落ち着き払っているクロードはさすが王族といえる。貴族としても騎士としても様々な修羅場を乗り越えてきただろうハーヴェイはピクリともしないが、甘やかされて育ってきた聖女のオリビアや国内第二位の実力者としてちやほやされてきたのだろう魔術師のディランは、すでにクロードの放つ王族としての威厳あるオーラに飲み込まれ、味方であるはずなのに縮こまっている。まぁ、そのおかげで口を挟んでこないのだから結果的にはよかったのだろう。


 さぁ、どうやって決着がつくのか、とサリーナが他人事のように傍観していると、ザドルフの剣を握る手に力が入ったのがわかった。反射的に隠しナイフに腕を伸ばすも、サリーナがナイフにたどり着く前にザドルフの剣が振り落とされていく。



「この役立たずどもがぁぁああ!!」


「だめっ!」



 ザドルフの怒りに満ちた叫び声とサリーナの悲痛な声はどちらが先だったか。

 ザドルフは武力の高いハデスト帝国の皇帝として、剣の腕もかなりのものである。その鍛え上げられた太い腕から振り下ろされた剣は、ありったけの怒りを込めて、凄まじい速さで報告するため跪く目の前の騎士へと向けられた。





 それは本当に一瞬の出来事だった。





「……なに、を」



 ポタ、ポタ、と滴る鮮血と粉々に砕けた剣の残骸。痛みを堪えるように顔を歪めながらそれらを見つめたザドルフは、その血と剣が己のものだと一瞬理解できなかった。たしかに振り下ろしたはずの剣は、目の前の騎士にたどり着く前に己の腕共々何かに攻撃されたのだ。


 謁見の間にいた誰もが、何が起こっているのかわからなかった。ただ一人を除いては。



「……また勝手なことを」



 跪いたまま騎士が小さく漏らした言葉を聞き取った者はいない。




 コツン、と小さな靴音が異様な程響き渡った。フードを被った男が聖女一行の輪の中からふらりと前へ進み出る。その怠そうな足取りは以前と何も変わらない。それでも男、クレイズが纏う空気が先程までとは全く違うことにサリーナは気づいていた。



「めんどくさいのは嫌いだ」



 心底嫌そうなその声は、関わり合いたくないと告げるように刺々しく冷たい。



「だが、あんたを見てんのは不愉快だ」

「……クレイズ、落ち着け」



 歩みを進めるクレイズはクロードの制止も無視し、一歩一歩ザドルフへと近づいていく。周りの者が警戒しクレイズに攻撃しようと構えても気にするそぶりはない。



「先程のはお前がーー」

「黙ってろ。皇帝だか何だか知らんが、お前を捉えなきゃ終わんねぇんだ。あぁ、周りの奴らも動くなよ。話が長いから城のいたるところに魔術をばら撒き終わっちまった。動けば城がぼかんと爆発すんぞ」

「なっ!?」



 皆が絶句し言葉を失う。ザドルフとクロードの会話中、クレイズは城のあちこちに爆弾を仕掛けたと言ったのだ。しかし、ハデスト帝国側の魔術師が堪らず叫んだ。



「そんなことができるはずはない!この城は結界が張られているのだ。結界の中で魔術がいくつも作られれば我々がわかる。それに、魔術をばら撒くなどできはしない!」



 魔術師の発言に他の魔術師も同意するように頷き合う。だが、クレイズは彼らを見つめながら盛大なため息を吐いた。まるで先生ができの悪い生徒を見ているようだ。



「あんな穴だらけの結界、俺には意味をなさない」

「な、なんだと」

「さっきあんたらの皇帝の剣を切り刻んだのだって魔術だ。それぐらいはわかったよな? あれくらいの魔術なら俺は呪文を唱える必要もない」



 もはや魔術師達は驚きのあまり口をパクパクさせるだけで言葉を発することさえできないようであった。それもそのはずである。

 この世界にある魔術は全て呪文を唱えたり術式を使う必要があるのだ。もちろん魔力が高ければ簡単な魔術は無詠唱でも使えるが、クレイズが先ほど放った魔術は、風を生み出す、切れるほどの風圧にする、的へ飛ばす、という複数の魔術を組み合わせなくてはならないのだから普通であれば無詠唱は難しい。それができる魔術師=かなりの魔力の持ち主かつ魔力操作に長けている者なのだ。



「それに魔術は術式を書いた紙を忍び込むのが得意なやつにばら撒いてもらっただけだ。まぁ、信じられないならいくつかぶっ放してもいいが……それで結論は出たか? 俺は纏めてでもいいけどな」



 淡々と話しながらザドルフの前まできたクレイズは、跪いている騎士の腕を持つと、勢いよく立ち上がらせ騎士の腕を掴んだままザドルフから距離を取るように少しだけ下がった。

 そんなクレイズの行動を見ていたサリーナは思わず口元を緩める。



「へぇ……気づいてたのね」

「どういうことだ?」



 ボソリと呟いたサリーナの言葉をめざとく拾ったのは、サリーナの斜め前に立つハーヴェイだ。振り向くことはしないハーヴェイの背にサリーナは小声で教えてあげる。



「あの騎士、ソフィアですよ。早く終わらせようと変装してきたみたいです」

「……じゃあ、あの報告は?」

「本当ですよ。私達の仲間と武器庫に忍び込んでめちゃくちゃにしてきたみたいです」



 ハーヴェイは小さな笑いを零した後、前にいるクロードに内容を伝える。すると、クロードは一度サリーナへと振り返り確認を取ってきた。サリーナが小さく頷き返せば、一瞬眉を寄せ難しそうな表情を浮かべるも、諦めたように小さく息を吐いた。

 きっとソフィアが勝手にザドルフの前まで行くという危険を犯した事に怒りつつ、言っても意味はないと思っているのだろう。まぁ、サリーナも無茶をした妹に一言くらい小言を言ってやろうとは思っているが、騎士の格好をしたソフィアの腕を離すことのないクレイズの背を見ていると、自分は言う必要がなさそうだと何となく感じた。



「もうこうなっては無意味か……クレイズ、捕らえろ」



 ただ静かにクロードの命令が下る。誰もがその言葉の意味を理解しているだろうに、ハデスト帝国側は誰一人動かなかった。選択させる必要などなかったのかもしれない。



「やめろっ! 何をする、我は皇帝だぞ! お前ら何をしてる! おいっ、やめろぉぉおおお!」



 ザドルフの喚き叫ぶ声が謁見の間に響く。あっという間にクレイズの魔術で拘束されたザドルフは、がくんっと意識を失い床に転がった。


 クロードが強気だった理由。それはもちろんクレイズの存在だ。クレイズの実力は魔術師が比較的多く輩出されるティライス王国の中でも歴代最高レベル。誰かを守りながら戦う浄化の旅や一対一の戦いでは魔術師の特性上、実力を出し切れないが、全体を一気に攻撃してしまうような魔術は得意としている。それに今回は準備する時間がたっぷりあった。脅しの材料としては申し分ないだろう。



 荒れに荒れたハデスト帝国との争いは、一人の魔術師の強大な力と陰ながら動いた者達によって、なんの抵抗もなく幕を閉じたのだった。

忍び込むのが得意なやつ……キャメルのことですね、はい。

キャメルは鼻歌交じりに恐ろしいものを城の至る所にばら撒いておりました。

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