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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
ハデスト帝国編
40/73

企みの裏にあったもの

 壁の崩れ落ちる音が静まり返った部屋に響く。目の前の光景に唖然としていたソフィアとクレイズに向けて、アスベルは不敵な笑みを浮かべ剣を構える。



「いいことを教えてあげよう。この剣はある特異体質者に作らせた『魔術を跳ね返す剣』なんだよ」

「魔術を、跳ね返す……」



 苦虫を噛み潰したような表情のクレイズを見て、アスベルは鼻で笑う。その様子はもはや勝負は決まったと思っているようでもあった。



「それに私も特異体質者でねぇ。その面白い能力をーーな、なんだ、と?」



 流暢に話していたアスベルは突然眉を寄せ、クレイズへ鋭い視線を送り、そのまま視線を隣にいるソフィアへと移した。アスベルの鋭い視線にソフィアはビクリと肩を揺らすも、内心、そこまで馬鹿ではないかと息を吐く。



「私の能力が効かない……なるほどな。私の能力はすでに知っているということか。そこの女も特異体質者というわけだな。だが、それだけのために連れてきたか? 可哀想に……こんなに怯えているぞ」



 言葉とは裏腹にアスベルは素早く踏み込み剣を振り下ろす。咄嗟にクレイズがソフィアを庇うように立った。魔術が効かない剣が相手なのだ。結界を張ったとしても破られるのはわかっているはずだ。

 それなのに目の前に飛び出してきたクレイズに一瞬戸惑いながら、ソフィアは思い切りクレイズの手を引っ張った。



「何してるのよ!?」



 思わず声を上げたソフィアだが、アスベルの剣が続けざまに襲ってくるため言葉を続けることができない。クレイズも答える余裕がないからなのか、答える気がないからなのか、アスベルから視線を逸らすことなく剣をかわし始める。

 手を引っ張られるようにしてソフィアもクレイズと共にアスベルの攻撃をかわしているが、逃げるだけで一向に攻撃を返すことができずにいた。次第に魔術師であり、元々そこまで体力のなかったクレイズの息は上がり、動きが鈍ってくる。



「持久力で騎士の私に勝とうなど無謀な話だ。ましてや魔術も効果がなく、お荷物までいるんだからな。そろそろ観念して知っている事を話してくれてもいいんじゃないか?」



 余裕の笑みを浮かべているアスベルも、さすがに額には汗が光っている。クレイズはアスベルから大きく距離を取りながら大きく息を吐き出すと、小さく頷いた。



「いいだろう。そうだな……お前が他者の能力を操れること。そいつが穢れを生み出す能力を持っていること」



 そう言いながらクレイズはチラリと部屋の端にある椅子に座っている茶髪に赤目の男を見る。こんなにも部屋の中で戦闘が繰り広げられるというのに、逃げるどころか怯えることもないその男は、部屋の中でも異質だ。



「そいつの力をお前が操り、ティライス王国に穢れを多く出現させ、弱ったティライス王国に攻め入ろうと皇帝が企んでいること。あとは、皇帝が聖女を邪魔だと思っていることか」

「なかなか調べられているな」

「聞きたいんだが、なぜ皇帝は聖女を消したい? こう言っちゃ何だが、あの聖女なら簡単に操れるぞ。ハデスト帝国だって多くはないが穢れの影響を受けている。現に、首都の周りでは魔獣だって出現しているが、対応しているのは騎士の中でも下っ端だ」



 アスベルを調べれば調べるほど、ソフィアもクレイズも皇帝が何を考えているのかわからなくなった。ハデスト帝国は漁業が盛んだが、寒暖差があり、食物ができない季節はティライス王国から食物を輸入している。そのため、自然が多く、農業も盛んで、技術者なども多いティライス王国を手に入れたいと考えるのはわかるのだ。


 しかし、いつ現れるかもわからない貴重な聖女を消せば、戦で勝っても荒地を手に入れることになる。自国でさえ穢れの影響でどうなるかわからない。

 それなのに、皇帝ザドルフは自国民に聖女を消そうとしていることを知らせていないどころか、自国の魔獣にさえ関心がないように思えるのだ。



「皇帝はいったい何がしたいんだ?」

「何がしたいか……さぁ、何がしたいんだろうね」

「なに? 知らないで協力しているというのか?」



 まるで他人事のように話すアスベルの態度にクレイズは眉を寄せた。



「あのお方は昔から自分勝手でね。まあ、資源や技術は欲しいのかもしれないが、退屈しのぎなだけかもしれない」

「退屈しのぎ、だと?」

「そういう方なんだよ。聖女のことだって、私の能力で何度ティライス王国に穢れを生み出しても、片っ端から浄化されたら面倒くさい、くらいかもしれないしな」

「なら、なんでお前は協力してるんだ?」



 アスベル・カイドリーは、カイドリー公爵家の次男である。公爵家出身ということもあり、近衛騎士として活躍しており、財産だってある。容姿も金髪に青い瞳の知性を感じさせる整った顔立ちの持ち主だ。

 先の見えない皇帝の計画を知りながら、止めるどころか協力をして、国が滅んだらどうするのか。


 国に思い入れがないソフィアやクレイズでさえ、アスベルの心の内を理解することはできなかった。だから、聞けるのならアスベルに聞いてみたかったのだ。

 当のアスベルは何でもない事を話すように口元を緩める。



「私は別にこの国がどうなってもいいんでね。皇帝の計画が成功すれば、それなりの地位を与えて貰えるし、失敗しても私は他の国でもやっていける。私は一度操れば、その特異体質者がある程度近くにいると勝手に能力を操れる。この計画に参加することで、様々な特異体質者に会うことができ、便利な奴を捕らえることもできた。それだけでも成果というものだ。お前の能力も欲しいところなんだがな……」



 アスベルの言葉にそれまでずっと黙っていたソフィアは堪らず大きなため息を吐いた。再び剣を構えジリジリと距離を縮めてきていたアスベルが、不愉快そうに顔を歪める。



「どいつもこいつも、しょうもないわね。そんな理由で巻き込まれた国民には同情するわ」

「はっ! 守られることしかできない女がよくそんな口をきけるな」

「真っ当な生き方をしてきたとは言わないけれど、さすがの私も、他人の人生をめちゃくちゃにしてまで欲しいものを手に入れたいと思ったことはない」

「うるさいっ!」



 己よりも下に見ていた女に馬鹿にされたのが腹立たしいのか、アスベルはソフィアを睨みつけ剣を振り上げる。



「お前から消してやるっ!」



 怒りのこもった叫び声を張り上げ、アスベルが足を踏み出そうとした瞬間、辺りが突然暗くなる。窓からも壁の隙間からも光は入ってこず、部屋は人の姿すら見えない程の闇に染まった。



「な!? なに、ぐぁ! がぁあああ!!」



 何も見えない真っ暗な世界に凄まじい叫びが上がったのは、闇に染まってすぐの事だった。

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