えげつない能力
薄暗い屋敷の中に複数の呻き声と錆びた鉄のような臭いが漂う。辺りには爆発によって無残に散らばった家具や扉などの残骸が転がっており、呻き声を上げている者達は命はあるものの、己の意思では身体を動かせない状況だ。
もちろんこの状態は爆発だけによって作られた訳ではない。クレイズの起こした爆発の爆風で飛ばされ倒れていた男達をソフィアが一気に片付けたからだ。さすがのソフィアも腕の立つ男三人と真剣勝負をすれば負けてしまう。ソフィアはあくまでも闇に隠れて仕事をする諜報員。不意打ち闇討ちが専門である。
「まぁ、例外はいるけれど……」
屋敷の階段に向かったソフィアは、意識がないまま腕と足を拘束されている階段下で警備していただろう男達を見つけて苦笑いを浮かべる。男達の前には、やっと来たと言わんばかりの表情でソフィア達に視線を向けるキャメルがいた。
「さぁ行きましょう」
キャメルの言葉にソフィアとクレイズは短く頷き返し、先頭をいくキャメルの後を追って階段を駆け上がる。一階での騒動で警戒していたからか、階段を上がってすぐ、目的の部屋の前にいた男達がソフィア達の存在に気がついた。
すでに鞘から抜かれている剣を構え、男達がソフィア達めがけて走りこんでくる。男達の動きに反応して構えたのはクレイズだけ。ソフィアもキャメルも構えるどころか身動き一つしない。思わずクレイズは声を上げた。
「おい! なにボケっとしてる!」
「いいから、ここにいて」
ソフィアの声に焦りの色はない。より意味がわからないと言いたげなクレイズにソフィアは「まぁ、見てて」と呟いた。
「お前ら何者だっ! 何故ここにいる!」
「生きて帰れると思うっーー」
声を荒らげ駆けてきた男達はキャメルの前で膝から崩れるように倒れる。突然の出来事にクレイズは唖然とするものの、ソフィアやキャメルは表情一つ変えない。倒れた男達を黙々と拘束し始めたキャメルを横目に、ソフィアは呆然と立ち尽くしているクレイズの腕を引っ張った。
「ここからが本番よ」
「まずはあれの説明をしてくれ」
辺りに結界などの魔術は感じられないし、ソフィアやキャメルに動いた様子はない。なのに何故男達は突然意識を失い倒れたのか。クレイズはキャメルと男を指差しソフィアに説明を求める。ソフィアは何ともなさ気に答えた。
「キャメルの能力よ。部屋の前から階段手前までの空間にある空気をいじったんでしょう。大方、酸素を減らしたんじゃない? 階段下の男達も同じ。怪我の一つもしてないのはその所為よ。よく屋敷とかに忍び込む際、意識をなくすのにキャメルが使う技の一つよ」
「……なんてえげつない」
クレイズの感想にソフィアは苦笑いしか返せない。ソフィアもまた、初めてキャメルのこの技を見た時に同じ様なことを思ったからだ。
「だからキャメルはここまでよ。さすがに戦いながら二人も私の能力で守れないもの。キャメルの能力を相手に操られたらお終いだわ」
「確かにな」
「どうやって能力を操るかはっきりしない以上、これから会う相手にはキャメルの能力を使ってない。だから、気を引き締めて」
廊下の先にある部屋を睨みつけながらソフィアは注意を促す。クレイズが頷いたのを合図に二人は一気に部屋に向かって走り出した。
扉をソフィアが勢いよく開ける。その中にいたのはーー
「見つかってしまいましたか」
青い瞳を細め、ニヤリと笑う金髪の男と、気怠げに椅子に座っている茶髪に赤い瞳の男だった。
「初めまして、アスベル・カイドリー様。そちらの方はノエルさん……であっているでしょうか?」
「ほう? なかなか詳しく調べていらっしゃる。あなた方は大凡、他国の……いえ、ティライス王国の者達でしょうか」
この場の空気に相応しくない声色と笑顔のせいか、金髪の男、アスベルがより不気味に映る。こういう表情と腹の中で考えている事が全く違う輩を何度も見てきたソフィアだが、思わず確認するように腰にある短剣へ意識が向かった。
「どこまで知っているのか教えていただきたいですね」
アスベルから殺気が漏れはじめ、クレイズはソフィアの手を握り、庇うようにソフィアを背に隠す。その反応を見てアスベルは小さく笑いをこぼした。
「女を守りながら戦うつもりですか? それで勝てると? 馬鹿馬鹿しい。さっさと何を知ったか答えなさい!」
「答えるつもりはない」
「ならばお前を殺して、そこの女に聞くまでだ」
アスベルが剣を抜くと同時に、クレイズは胸元のネックレスをぞんざいに外して投げ捨てた。杖を構えたクレイズにアスベルの剣が容赦なく降り下ろされる。
アスベル・カイドリーは、カイドリー公爵家の次男であり騎士である。その剣の速さは凄まじい。旅を続けるにあたり体力はついたものの、体術、剣術ともにほとんどできない魔術師のクレイズがかなうような相手ではない。
「くっ! 何故だ!?」
「はぁ、はぁ……さすがに速いな。かわすので精一杯だ」
しかし実際には、アスベルの剣がクレイズにあたることはなかった。アスベルの剣はクレイズに全てギリギリの所でかわされていたのである。
「お前の考えていることなんて全てお見通しだ」
「なん、だと?」
クレイズの動きに合わせてアスベルの剣ををかわすように動いていたソフィアは内心「あなたの力も十分えげつないわ」とクレイズに毒づいた。
クレイズはアスベルの考えを能力を使って読んでいるのだ。剣を振る者は何も考えずに振っている訳じゃない。たくさんの戦術を考え、この技の次はこの技を、と考えながら身体を動かしているのだ。もちろん本能的に振るう一撃もあるだろうが、今のような一対一の状況であればクレイズの動きを見ながら考えて動くのが普通だろう。
だからクレイズは、アスベルの考えを読むことで、次はどんな技が来るかを理解し、かわしていたのである。もちろん考えて技を放つまでの時間は短い。鍛え上げられた騎士なら特にだ。だから、さっきからギリギリなのである。実はたまにソフィアが腕を引っ張り助けてもいる。
戦う相手の考えが読めるなんて、戦う者であれば誰もが欲しい能力だ。つくづく魔術師であるクレイズには必要ない能力だということが思い知らされる。
「まさか……特異体質者か? だが、お前はまーー」
「魔術師だと言いたいんだろう?」
その言葉は聞き飽きた、と吐き捨てながらクレイズはアスベルに強力な風魔法を放った。風魔法を受けた壁は鋭利な刃物で切り裂かれたような跡がつき、次々と崩れてゆく。
だが、風魔法の中心にいたはずのアスベルは服をボロボロにしながらも剣を構えてその場に立っていた。
この一撃で決まると思っていたクレイズとソフィアはありえない光景に目を見開く。
「残念だが、私に魔術は効かないよ。特異体質者だと知った以上、もうお前達に先はない」
クレイズの攻撃によってできた壁の隙間から外の光が入る。その光を背に受け、金色の髪を輝かせながらアスベルは二人に不気味な笑みを浮かべたのであった。




