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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
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貴方と

「ベールを」


 レイが、軽く腰を下げたジェノヴァにかかるベールを持ち、めくった。


「ジェノヴァ……」


 あらわになった新婦の美貌に、参列者からはどよめきと歓声の声が溢れた。

 汗水垂らして働く騎士生活の中で、自分を着飾ることの少なかった彼女は、少し化粧を施しただけで、見違えるほど美しくなった。自然な美は、煌びやかに飾られた美へ。いつもとは違う、艶姿。


「ジェノヴァ、すげえ綺麗」

「これは……本当、綺麗だね」


 ミルガとカルキが感嘆した。


「新郎はもう、堪らないって顔してますよ」


 リーカスがぼやくのも仕方ない。

 一段と美しいジェノヴァに、レイは思いきり見惚れた。


「すごく綺麗だ」

「や、めてよ。恥ずかしい……」

「こんなの見せられて、黙ってなんからんねえよ」


 小声でやり取りする二人の元に、冠の乗った台を持つオルガが近付く。


「これを、妃に」


 レイが宝石が散りばめられた宝冠ティアラを受け取り、再び膝を沈めたジェノヴァの頭にのせた。そして、彼女の手を取り、立ち上がらせる。


「ジェノヴァ姫の誕生だ」


 レイが茶目っけたっぷりに、そう耳打ちした。


「では、ここからの儀は、場所を移しまして、外の皇族礼拝堂で執り行います」


 司祭の後を、レイとジェノヴァは腕を組み付いていく。


「ヴィル」


 絨毯の途中で足を止め、レイは一人の男に声を掛けた。


「レイ、本当におめでとう」


 隣国フィガラゼィアの王子である。ウルバヌスの親密国の王子であり、レイの唯一の皇族の友達である彼は、側近のタチバナと共に、結婚式に参列していた。


「ヴィル王子。後ろ盾の件、本当にありがとうございました」


 ジェノヴァが深々と頭を下げる。


「俺からも礼を言う。ヴィルが後見人になってくれなければ、婚約すら出来なかったかもしれない」

「良いんだよ。君達の結婚に一役買えたんだ。こんなに嬉しいことはないよ」


 祝福を送る彼等の前を通過して、また二人は歩き出す。その後ろを、ぞろぞろと王や貴族達が列を成して続く。外の祭壇へと向かう廊下は、兵士達で埋め尽くされ、彼等から口々に祝福の言葉が掛けられた。城に仕える者達の姿もある。


「ジェノヴァ様!」

「ナル、サンジに、ハイジじゃないか」

「大隊長うぅ。おめでとうございます!」

「泣き過ぎだ」


 大号泣の騎士達に、ジェノヴァは嬉しさいっぱいの困り顔を向けた。


「レイ様……。ジェノヴァ様……。老い先短い婆にこんな幸せな時間をくれて、ありがとうございます」

「アリス。お前の説教は、俺の子供にも聞かせるつもりだから、しっかりしてくれよな」

「ううっ……」

「こ、こどもっ!?」


 あわあわと慌てるジェノヴァに、レイが悪戯顔でにやつく。


「なに吃驚びっくりしてんだよ。当然だろ? まあ、暫くは夫婦二人の時間を楽しませて貰うがな」


 恥ずかしさに真っ赤になったジェノヴァを、呼び止める声がした。聴き慣れた大声に、ジェノヴァはパッと振り返る。そこには、人混みを掻き分ける、少し逞しく成長した青年がいた。背はすっかり差をつけられたが、精神年齢は未だ低い、たった一人の同期。


「セル……」

「幸せになれよ!」


 泣いている。いつも喧嘩ばかりして、言い合いや殴り合いをしても泣かない、意固地な友が、泣いているのだ。


「セル」


 ジェノヴァの手を握る力が強くなり、彼女をそこに留めさせた。


「ずっと……」


 その先は聞こえなかった。それで、良かったのかもしれない。これからも、唯一であり続ける為には。


 外に出た。端のように塔と塔を繋ぐ、開けた空間。

 歓声が二人を呑み込んだ。

 すっきりとした青空、見渡す限りの祝いの装飾、そして祝福いっぱいの世界が広がっていた。城の庭園から城門、そして城下町へと続く道のずっと先まで一望することができる。そこには、王子と新たな妃の晴れ姿を一目見ようと、多くの人で溢れかえっていた。


 彼等が国民の前に姿を現すと、地と空を揺らさんばかりの大きな歓声が湧きあがった。

 司祭が前に出ると、途端に静寂が訪れ、二人の婚姻の儀が粛々と始まる。


「緊張してるか」

「いや。なんだか、現実味がなくて寧ろ平気だ……」

「そりゃあ良かった」


 くすくすと笑ったレイが、ジェノヴァの横顔を見る。言葉とは裏腹に、戸惑いなどない、すっきりとした表情だ。


「レイは、いつもこんな大勢の期待を背負っていたんだなって、今更ながら感心しちゃった」

「お前は俺の傍で見ていただろ?」

「でも、なんか、今は少し違って見える気がするんだ」


 ジェノヴァの目には、騎士として見ていた世界とはまた違った景色が映っていた。


「では、誓いの口づけを」


 二人が、お互いに歩み寄る。

 レイが、ジェノヴァの腰に手を回し、引き寄せる。

 そっと、影がひとつに重なった。


「第二王子万歳!」

「おめでとう!」

「ジェノヴァ様おめでとう!」


 喝采と歓声が、降る。

 華が空に舞い、花火が大きく打ち上がった。


「ジェノヴァ」


 自分を抱くひとが、甘い表情かおで、見つめてくる。

 ああ、こんなに幸せで良いのだろうか──。

 瞳には、こんな顔ができるのかと我ながら信じられないほど、幸せに満ちたジェノヴァが映り込んでいた。


「レイ」


 愛しています。


 二人はまた、唇を重ね合わせた。


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