貴方と
「ベールを」
レイが、軽く腰を下げたジェノヴァにかかるベールを持ち、めくった。
「ジェノヴァ……」
顕になった新婦の美貌に、参列者からはどよめきと歓声の声が溢れた。
汗水垂らして働く騎士生活の中で、自分を着飾ることの少なかった彼女は、少し化粧を施しただけで、見違えるほど美しくなった。自然な美は、煌びやかに飾られた美へ。いつもとは違う、艶姿。
「ジェノヴァ、すげえ綺麗」
「これは……本当、綺麗だね」
ミルガとカルキが感嘆した。
「新郎はもう、堪らないって顔してますよ」
リーカスがぼやくのも仕方ない。
一段と美しいジェノヴァに、レイは思いきり見惚れた。
「すごく綺麗だ」
「や、めてよ。恥ずかしい……」
「こんなの見せられて、黙ってなんからんねえよ」
小声でやり取りする二人の元に、冠の乗った台を持つオルガが近付く。
「これを、妃に」
レイが宝石が散りばめられた宝冠を受け取り、再び膝を沈めたジェノヴァの頭にのせた。そして、彼女の手を取り、立ち上がらせる。
「ジェノヴァ姫の誕生だ」
レイが茶目っけたっぷりに、そう耳打ちした。
「では、ここからの儀は、場所を移しまして、外の皇族礼拝堂で執り行います」
司祭の後を、レイとジェノヴァは腕を組み付いていく。
「ヴィル」
絨毯の途中で足を止め、レイは一人の男に声を掛けた。
「レイ、本当におめでとう」
隣国フィガラゼィアの王子である。ウルバヌスの親密国の王子であり、レイの唯一の皇族の友達である彼は、側近のタチバナと共に、結婚式に参列していた。
「ヴィル王子。後ろ盾の件、本当にありがとうございました」
ジェノヴァが深々と頭を下げる。
「俺からも礼を言う。ヴィルが後見人になってくれなければ、婚約すら出来なかったかもしれない」
「良いんだよ。君達の結婚に一役買えたんだ。こんなに嬉しいことはないよ」
祝福を送る彼等の前を通過して、また二人は歩き出す。その後ろを、ぞろぞろと王や貴族達が列を成して続く。外の祭壇へと向かう廊下は、兵士達で埋め尽くされ、彼等から口々に祝福の言葉が掛けられた。城に仕える者達の姿もある。
「ジェノヴァ様!」
「ナル、サンジに、ハイジじゃないか」
「大隊長うぅ。おめでとうございます!」
「泣き過ぎだ」
大号泣の騎士達に、ジェノヴァは嬉しさいっぱいの困り顔を向けた。
「レイ様……。ジェノヴァ様……。老い先短い婆にこんな幸せな時間をくれて、ありがとうございます」
「アリス。お前の説教は、俺の子供にも聞かせるつもりだから、しっかりしてくれよな」
「ううっ……」
「こ、こどもっ!?」
あわあわと慌てるジェノヴァに、レイが悪戯顔でにやつく。
「なに吃驚してんだよ。当然だろ? まあ、暫くは夫婦二人の時間を楽しませて貰うがな」
恥ずかしさに真っ赤になったジェノヴァを、呼び止める声がした。聴き慣れた大声に、ジェノヴァはパッと振り返る。そこには、人混みを掻き分ける、少し逞しく成長した青年がいた。背はすっかり差をつけられたが、精神年齢は未だ低い、たった一人の同期。
「セル……」
「幸せになれよ!」
泣いている。いつも喧嘩ばかりして、言い合いや殴り合いをしても泣かない、意固地な友が、泣いているのだ。
「セル」
ジェノヴァの手を握る力が強くなり、彼女をそこに留めさせた。
「ずっと……」
その先は聞こえなかった。それで、良かったのかもしれない。これからも、唯一であり続ける為には。
外に出た。端のように塔と塔を繋ぐ、開けた空間。
歓声が二人を呑み込んだ。
すっきりとした青空、見渡す限りの祝いの装飾、そして祝福いっぱいの世界が広がっていた。城の庭園から城門、そして城下町へと続く道のずっと先まで一望することができる。そこには、王子と新たな妃の晴れ姿を一目見ようと、多くの人で溢れかえっていた。
彼等が国民の前に姿を現すと、地と空を揺らさんばかりの大きな歓声が湧きあがった。
司祭が前に出ると、途端に静寂が訪れ、二人の婚姻の儀が粛々と始まる。
「緊張してるか」
「いや。なんだか、現実味がなくて寧ろ平気だ……」
「そりゃあ良かった」
くすくすと笑ったレイが、ジェノヴァの横顔を見る。言葉とは裏腹に、戸惑いなどない、すっきりとした表情だ。
「レイは、いつもこんな大勢の期待を背負っていたんだなって、今更ながら感心しちゃった」
「お前は俺の傍で見ていただろ?」
「でも、なんか、今は少し違って見える気がするんだ」
ジェノヴァの目には、騎士として見ていた世界とはまた違った景色が映っていた。
「では、誓いの口づけを」
二人が、お互いに歩み寄る。
レイが、ジェノヴァの腰に手を回し、引き寄せる。
そっと、影がひとつに重なった。
「第二王子万歳!」
「おめでとう!」
「ジェノヴァ様おめでとう!」
喝采と歓声が、降る。
華が空に舞い、花火が大きく打ち上がった。
「ジェノヴァ」
自分を抱く男が、甘い表情で、見つめてくる。
ああ、こんなに幸せで良いのだろうか──。
瞳には、こんな顔ができるのかと我ながら信じられないほど、幸せに満ちたジェノヴァが映り込んでいた。
「レイ」
愛しています。
二人はまた、唇を重ね合わせた。




