しがらみ
レイは、ジェノヴァの震える手を、左手で強く握り込んだ。動揺と不安と恐怖に揺れ動くブルーの瞳は、どんな時も強気な、今までの彼女を忘れてしまったかのように怯えていた。
「あんな奴の言葉なんて、聞くな」
いいか、とレイは低い声で囁く。
ジェノヴァの耳朶に、レイの息がかかる。
ジェノヴァの潤んだ瞳は、目の前の柔らかく微笑むレイをぼんやり映し出した。
「お前は、俺の言葉だけ信じればいい」
絶対的な自信に溢れる言葉は、ジェノヴァを落ち着かせてくれる。
何をも凌駕する不敵な笑みは、ジェノヴァを安心させてくれる。
強い掌は、ジェノヴァの肩を優しく押してくれる。
「呼吸を整えろ。落ち着け。そう、……良い子だ」
レイの右手が、優しくジェノヴァの頭を撫でた。
ジェノヴァは、呼吸を整えた。肺の底まで深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。視界が次第にクリアになっていく。
「お前はジェノヴァ・イーゼル。もう、昔のお前じゃない。俺の知っているお前なら、大丈夫だ」
それに、とレイは紡ぐ。
「この俺が、この程度の怪我で、攻撃力を削がれると思うか?」
「……ううん」
にっこりと笑うレイに、情けなく怯える自分を押し殺して、ジェノヴァは頷いた。そっと、彼の腕がジェノヴァを解放すれば、温もりが離れていく。
ジェノヴァは二本の短剣をくるりくるりと手の中で回し、逆手に持った。深呼吸をして集中力を高め、低姿勢に構えれば、彼女は冴えた殺気を伴った獣と化した。
タンッと軽やかな音だけを立てた時には、もう其処に彼女はいない。
切り裂いて、噛み付いて、引き千切る。もう、国王の戯言も、男達の呻き声も聞こえない。聴こえるのは、信じられる人の言葉だけ。
やっと彼女らしい戦いを繰り広げ始めたジェノヴァを見て、レイは微笑を零した。そして、斬られた右腕を振ってみる。あまり使い物にはならなそうだ。
チャンスとばかりに攻撃を仕掛けようとする敵が視界の端に映る。彼等の前には、利き腕の機能を失った、格好の獲物。餌食にしてやろうと足を踏み出した途端、彼等は違和感と、とてつもない不安に襲われた。そこには余裕な表情を見せ、赫灼とした焔を滾らせる瞳を持つ男がいたからだ。
「そ、その腕じゃ何もできやしないだろう!」
レイの右手で緩く握られていた剣が、ゆっくりと左手に移された。5本の指に、順番に力が込められる。
「安心しろ、雑魚共に興味はねえ」
紅の瞳は、手前で構える騎士達の奥に立つ、ラガゼットただ一人を射抜く。
「さて、と。ここからは本気でいこうか」
「逃すかよ」
痛みに喚く咆吼が響いた。
サルファンの脚は見事、床に縫い付けられ、彼の周辺には血溜まりがじわじわと広がっていた。
彼は震える声で、もう動かぬラガゼットを呼ぶ。
「あいつを呼んだって、もう起きやしないぜ。死んでるんだからな」
「ま、待ってくれ」
その乞い願う声を無視してふらりと近付き、影を落とすのは、レイだ。
死屍累々と転がる骸の血で、その全身を赤黒く染め上げる姿は、あまりにも恐ろしい。刺々しい殺気を纏い、ずぷりとサルファンの太腿から剣を引き抜いた。絶叫が、宮殿に木霊する。
「俺の大切な女を貶めた罪、その命を以って、断罪させてもらおうか」
「は、話せばわかる。話をしようじゃないか」
「お前の戯言は聞き飽きた」
過去との決別は、己の手でやれ。
ジェノヴァ。
冷笑した彼の背後から飛び上がった小さな影が、白刃を一閃させた。
***あとがき***
いつもご愛読ありがとうございます
南雲燦です
こんなところまでやってきてしまいました!!
次から、最終節「貴方と」がスタートです ❤︎
ここまで読んでいただき、嬉しく思います。
この場をお借りして、他の作品のご紹介をさせていただきます! ☟☟☟
■『聖書を牙で裂く』
✏︎ スラム街に生きる邪神と善神の少女が出会い、物語が始まる、新作のダークファンタジーです。まだ数ページです。
★100、❤︎400、YouTubeでも紹介していただきました! カクヨムのみで連載中です。まだ13話です。
#神話 #ボーイミーツガール #純愛 #バトル #邪神 #妖怪 #怪物
■『ダウズウェル伯爵の深謀』
✏︎ 男装の伯爵と三人の執事、そしてその周囲の裏社会の貴族達が織り成す物語。
読者様のwebサイトでアンティーク作品として掲載していただきました。まだ16話です。
カクヨムで掲載中です。
#男装 #逆ハーレム #大人な恋愛 #伯爵と執事
■『誠眼の彼女』
✏︎ 盲目の男装剣士と新選組の、出会いから終わりまでの物語。長州、薩摩や土佐との決闘、過去の因縁、主人公の恋の行方を辿る物語。(なろうとカクヨムに掲載)
#男装 #逆ハーレム #純愛 #剣士 #バトル
参考までに、『軍則第四条の罪人』と似た系統のタグを#で、つけてみました。
よろしければ、お読みください❤︎




