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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
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しがらみ

 彼が言っているのは、アルレミドの国王を仕留める役のことだろう。彼が花形を譲ることは、滅多にない。勿論レイも同じなので、戦闘の度によく喧嘩をする。大抵はエディアルドが持ち去って行ったが、今回は随分と珍しい。


「俺だって、今のお前の気持ちくらい、汲んでやれるさ」


 何の魂胆かは知らないが、今回は素直に貰わせてもらおうと、「そりゃどうも」と、レイはやや捻くれた返事をする。


「そんな芸当のできる兄だったとは。知らなかったぜ」

「おやおや。こんな良い兄を持てる人は、そう居ないよ」


 指の間に挟んだナイフを放ってから、血飛沫を上げる敵を横目に、レイは走り出した。

 広間に残ったエディアルドは、弟の大きくなった、逞しい背中を見送る。

 愛しい者の仇。彼は、それを死んでも取りに行く奴だ。

 エディアルドは、ふふ、と忍び笑いを零した。





 風が耳朶を撫でた。その風を残したものは、泡を吹いて崩れ落ちる男と、胸にナイフを刺された男の間を縫って、目にも留まらぬ速さで飛んでいく。

 ミルガが、押し込んだナイフを引き抜くと、敵は血を撒き散らして倒れる。見れば、既に床に潰れていた男は、矢を射られ、白目を剥いている。


「リーカス」


 ミルガの背後から、リーカスが顔を出した。『黒眼の叡智者』と呼ばれる秀才。戦場でも普段と変わらない、淡々とした表情。何もかもを吸い込み、塗り潰す、漆のような黒の瞳が底知れぬ闇と冷気を放っている。専ら情報収集や分析に長けた男だが、弓矢の技術は群を抜いて良い。


「丁度良い。ミルガ、情報収集しに行くぞ」

「え? 何で俺も?」


 叫ぶミルガを問答無用で引っ張って、リーカスはスタスタと廊下を歩く。


「敵ですね。ほら、ミルガ」

「は? おい!」


 今度はミルガの背中を突き放して、敵の前に押し出す。反論しようとしたミルガは、迫って来た敵の刃を避けて、涼しい顔のリーカスを睨んだ。仕方がないとばかりに、自分の目の前の男達を斬り伏せる。ふわふわと柔い髪を乱して戦うミルガが、敵を蹴散らすのを、リーカスは後方で腕組みして優雅に待つ。


「お前自分で倒せるだろ!」


 そんなミルガには目もくれず、リーカスは場内の見取り図を太陽光に透かして、余裕の表情。その涼しげな姿は、此処が戦場ということを忘れさせる。


「一人で、どうにかしておいてください」

「なんて人任せな!」


 文句を言いながらも、ミルガは敵をことごとく返り討ちにし、瞬く間に周辺は血の海と化す。最後の敵を倒し、振り返ったミルガは敵へと向けていた鋭い眼差しをそのままに、リーカスを睨んだ。迫力のある形相だが、リーカスは全く怖じる素振りがない。


「行くぞ」


 静かにそう告げ、見取り図を胸元のポケットに戻しつつ、リーカスは先を行ってしまう。そんな彼に、汗に濡れた髪を掻き上げ、ミルガは後に続いた。彼にとって今、ミルガは丁度手頃なところにあった盾程度の扱いなのだろう。


 入り組んだ廊下を歩き、暗がりを過ぎり、時には隠し扉とも思われる扉を開ける。ミルガはキョロキョロと辺りを見回しながら、平然と幾多の道を間違うことなく進む、リーカスの背を追った。


「案外、面白くなかったな」


 そう呟きを落として、彼は大きな扉の前に立った。ここからは彼の仕事だとばかりに、ミルガは見守る姿勢になる。腕組みをし、廊下の壁に背を預けて、リーカスの背中越しに、その手元を窺う。暫く眺めていても、ミルガの理解の範疇外だ。


 たまたま、ちらりと投げやった視線の先に、外で応戦する仲間の姿が見えた。窓辺に近寄り、その様子を見下ろした。敵の数が多い。街の方から逃げた奴等が、城の方に来たのだろうが、実質は増援されたと同じこと。この人数の差を予期して、ライアを配置したものの、こちらの応援はまだ到着していないようだ。


「あーあ……」


 沢山の敵を一度に相手するライアの、大きな背中が見える。ミルガは、辺りにさっと目を通し、適当な壁に狙いを定めて、回し蹴りを放った。メキメキと亀裂の入る不穏な音を響き渡らせて、煉瓦造りの壁が砕け散った。崩れ去ったその瓦礫の中から一際大きなブロックを拾い上げる。


「何してるんですか?」


 リーカスが作業の手を止めず、此方に視線すら寄越さずに訊く。


「助太刀ー!」


 空いた左手で拳を握り、窓を叩き割る。


「おぅらっ!」


 ミルガは腕をしならせ、ブロックをぶん投げた。豪速球と化したそれは、空を切り裂いて飛んで行く。咄嗟に反応したライアの、元あった頭の位置を通過して、男の顔面に激突した。次々と敵に当たっていくブロックを目にして、好機とばかりにライアは男達をまとめて薙ぎ倒す。血の滲んだ両手を剣に添えて、脳天から爪先まで、一気に引き下ろした。大剣が唸り、飛沫が青い空を背景に鮮やかに舞った。


 その隣では、一線が煌めいていた。助太刀とばかりに、ライアのところにやって来たカルキだ。目にも留まらぬ速さで剣を振り、瞬きの合間に、命を吸い取る。そんなニ人の背後に、線の細い影が落ちた。


「よう!加勢しに来たぜぇ」


 振り返った彼等の視線の先に、飄々とした態度で、ポケットに両手をつっこんだ男が佇んでいた。街中で出会でくしたかのように、彼は白い歯を見せて、陽気に笑いかける。


「ヤヒト。助かる」


 彼は、第一王子エディアルドの従者の一人で、軍特殊精鋭部隊第三班所属のメンバー。適当で陽気、活気に溢れた性格の、でもやっぱり適当な男。ジェノヴァのことを、よく可愛がっている。そんな適当男でも、戦いの技術は文句なしのピカイチで、目の前の敵をザックザックと斬り捨てる。

「状況はどうだ」と訊ねながら、彼は男の身体から首を刎ね落とした。


「いまいち」

「最終出発したジェノヴァの隊の奴等が来れば、こっちの勝利が目に見えたって感じなんだけどなぁ」


 援軍も上手いこと集まらず、敵の数だけが増える今は、正直一番キツイ時だ。無論、計算には入れていたし、分かってはいたが、それとこれとは話が違うというもの。

 血のついた頬を手で拭えば、赤い線が掠れ気味に伸び、カルキの表情を余計不気味にさせた。


「よし、俺も来たことだし。楽勝だろ」


 超楽観主義者のヤヒトはそんなことを口走って、ライアに笑われる。


「なあ、《《黒い王子》》って、知ってるか」


 カルキににじり寄るように近付き、そう囁くヤヒトのにやけた面が、カルキは嫌いだ。同族嫌悪というやつだと、笑われるかもしれないが、そう思うのだから仕方がない。

 その薄ら笑いは、白々しくて、淡白。飄々として、掴み所がない。似たり寄ったりの仮面を、カルキもすかさず貼り付けた。


「知らないね」


 剣で敵の胸を突いて、抉るように抜いてから、カルキは何気ないトーンでそう返す。

矜持プライドというやつか」と、自分の幼い部分に内心苦笑した。今の自分は、ジェノヴァを取られた時のレイと同じくらい、子供じみている。


「レイ王子のことをそう呼ぶ奴がいるらしいぜ。敵国軍人達の間で、噂されるのが多いようだけど」


 狂気的な笑みで剣を振り上げたヤヒトは、敵を斬り伏せ、話を続ける。


「そんで、エディアルド王子は《《白の王子》》」

「何が言いたい」


 カルキは敵を斬り伏せる手を止めずに、ヤヒトに鋭い視線を刺した。紫の目は糸のように細められ、触れれば切れる、研いだばかりの刃のように鋭い目付き。

 ライアもヤヒトの声を拾ったのか、彼らしくない剣呑な態度を隠そうともせず、遠くから静かにことの成り行きを見守っている。


「確かに納得しちゃうよねって話さ。レイ様は、王子にしては、血に濡れすぎている」


 ヤヒトの含みを持たせた言い方に、カルキが端麗に笑んだ。

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