表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
73/83

闘争




 後ずさる男の四肢の上に、影が落ち、ゆっくりと這ってゆく。滑らかに、静かに、暗澹と。

 男は、乾ききった喉を、木枯らしのような呼吸が通過するのを感じた。ひゅーっと鳴るだけで、声は出ない。忍び寄る恐怖が、彼の心臓に酸素を供給することを阻害する。


「うっ、ぐあっ」


 防がねば。絶望の中、動かぬ指を叱咤していた男は、あまりにも呆気なく命を散らした。彼は口から血を吐いて、膝から崩れ落ち、絶命する。それを無情にも見下ろすのは、切れ長の冷たいグレー。彼は、値の張りそうな黒革の靴で、男が握っていた弓矢を蹴飛ばし、破壊した。


 ヴェイド・ウォーカー。彼の凍てついた眼差しは、冷酷な印象をより色濃くした。鞭のように剣をしならせ、次々に襲って来る敵を斬り伏る。そして、力づくで、彼等を窓から突き落とした。塊になって迫った者達も、誰一人として彼の前に最後まで立つことはできなかった。


 手前の数人は、ヴェイドの掌に首をへし折られ、腹に強烈な拳を叩き込まれ、肘を胸に食い込まされていた。

 ヴェイドが足蹴りしようとした男が、彼の足が届く前に血飛沫をあげる。苦悶の絶叫が、廊下に木霊した。見ると、壁から突き抜けた剣が、男を心臓を的確に貫いている。

 瞳から色が消え、人形の如き伽藍堂な瞳が、温もりを失う。

 手間が省けたとばかりに、ヴェイドはその持ち上げた足を、そのまま他の敵に思い切りぶち当てた。

 男は吹っ飛んで、壁に亀裂を入れる。ぱらぱらと壁の塗装が剥がれ、ひしゃげた男の屍の上に散った。


 ヴェイドは、弾みをつけて階段をひとっ飛びに飛び降りた。


「ひっ。ま、待ってくれぇ」


 猛々しい殺気を孕んだ彼が、眼前に迫り、凍えるほどの冷気を纏った目が、敵を射抜く。

 男は、仮にも騎士の端くれとは思えぬ、悲鳴をあげる。

 蛇に睨まれたかのような、痺れる恐れが、体を駆け上がり、恐怖それを味わう間もなく、ヴェイドの白刃が彼の首と身体を切り離している。


 戦場を阿鼻叫喚の地獄へと変えるの彼は、狂った蛇。鎌首をもたげ、目の前のエサに噛み付き、毒を巡らせる。


「……気に食わねえ」


 ヴェイドは舌打ちしながら、背後から自分を襲おうとした男を、左手で剣を振るだけの単純な所作で、殺した。


「なんでいつもあいつと同じ場所なんだ」


 城は広い。権力を誇示するかのように、過多で華美な装飾を備え、無駄に大きい。部屋や階段なども多く、勿論敵兵も何処に潜伏しているか、どれだけいるかも計り知れない。撃滅の七刃から、二人とその部隊が配役されるのは理解できる。


 リーカスも、担当は城の中と言えど、隠密に情報を探し出す担当なので除くとして。毎度ミルガと一緒にされるのは、懲り懲りだと、深い溜息を吐いた。


 回し蹴りで壁へと男を激突させて、別の男は肩を手で押さえて剣を振るった。迫って来た剣を半身逸らして避け、横からの突きも飛んで避ける。着地ついでに剣を真っ二つに折り、身体をぶつけるように押し倒した。それと同時に、右手で剣を肩に刺して、敵を床へと縫い付ける。

 苦痛に歪む男の顔を眺めながら、歯で手袋の端を引っ張って嵌め直した。これが俺の戦い方。

 鋭い顔つきに危うげな雰囲気が相混じり、狂気的な美しさを纏わせた。


「……蛇の牙にやられた気分はどうだ」


 男の断末魔が、反響した。





 ヴェイドが、同期への鬱憤を敵に発散していたその頃、その同期は、やたらと楽しそうに剣を振るっていた。


「甘いなっ!」


 敵に飛び蹴りを食らわして、満足気な表情を浮かべる。白い制服の上着を靡かせて跳躍しては、その足で蹴りを炸裂していた。これがまた、面白いように決まる。


「はっ、もっと面白い奴いねえのかよ」


 と、端正な貴族顔に、余裕の笑みを浮かべている。


 彼の聡い耳が、刃物の滑空音を捉えた。振り向きざまに、剣の横腹で殴るように叩き斬る。

 その間にもミルガを狙って敵が迫るが、彼は壁を蹴って彼等を飛び越し、身体の捻りを上手く利用して剣を振るう。鮮血が舞う。ゆっくりと舞っていく。


 眼前まで迫った男の拳を思い切り払って、肩を掴むと、膝を腹に食い込ませる。もう一人倒そうと拳を握りなおして、ミルガは気付いた。


「あーっ! お前!」


 目の前で殺気を放つのは、今日のこの時間、地下牢の守衛を任されていた奴だ。リーカスから特徴は聞いていたので、間違いない。

 すがめられた彼の翠の瞳が、獰猛に慟哭した。刹那にして、それは刺々しいほどの空気を纏う。


「探してたよぉ」

「誰だ?」

「やだなぁ」


 にっこりと、愛嬌のある笑顔が咲く。翠の視線が、彼の服の上を這う。


「君の持ってるものが、欲しいんだ」


 ミルガは一瞬で間を詰めて、男の顔を全力で殴った。頭が右に傾ぎ、ミルガはその髪を乱雑に引っ掴む。がっしりと掴んだそれを、硝子ガラスの窓にぶち込んでから、引き戻した。男の顔は血で真っ赤だ。


「お前に会いたかったよー」


 身体を捻って、綺麗な飛び蹴りを腹にお見舞いした。ミルガの身体能力の高さを窺わせる、手本のような蹴りだ。

 その巨軀きょくにも関わらず、すっ飛んでいった男は腰を打って、ずるずると階段をずり落ちる。 ミルガは悠然と彼に近寄って、男の横の段に片足をつき、彼のネクタイを引っ張りあげた。

 ぐらん、と首が揺れる。尚も抵抗しようと、弱々しく剣を振り上げた男の髪の毛を、ガン!と剣で容赦なく床に縫い付けた。はらりと切れた髪が落ちた。


「ひっ」

「やだなぁ、こんな状況でまだやる気? うっかり殺しちゃいそうだから止めてよね!」


 彼の顔すれすれには剣の刃が、目の前には不気味な表情のミルガがいた。

 甘いマスクは、こびりついた血糊すら、化粧に変えてしまうのだろうか。何という、美の暴力。


「俺ってば優秀だからさ。脅迫が得意なのは、年長組だけじゃあ、ないんだぜ?」


 ゴキ、と嫌な音を立てて、ミルガの拳が男の頰にめり込んだ。僅かな希望と意識を男から奪い取り、ミルガは素早く彼の服を漁る。


「あはっ。あったー!」


 ポケットから鍵の束が出てきた。


「俺様、お手柄だぜ」


 無邪気に喜ぶ彼の元に、軽い足音が近づいて来る。ミルガには判る。この足音は、もう随分聞き慣れた。

 名が呼ばれる。この声も、聴き慣れた。

 幾度となく背を預けた彼女の、呼吸も、リズムも、全てを知っている。

 背後を振り向きながら、奪い取った鍵の束を放った。彼女がしっかりとその手に鍵を受け取って、駆け抜けていくのが見えた。


「さてさて、お兄ちゃんらしいところも見せれたし。……もう少し、遊戯の時間を楽しもうか」


 翠の瞳が、険を持つ。

 それは、血みどろの闘いの合図。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ