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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
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闘争

「お前等ー!」


 ライアはまた新しく現れた敵を相手にしながら、その者達に声を掛ける。


「敵が増えるが、持ち堪えろよ」

「ええ!本気ですか!」


 目を丸くして驚く騎士達に、ライアも溜息を吐くしかない。


「俺も嘘だと思いたいよ。でも、もう敵の大群が迫って来てるからな……。もうひと仕事だけ耐えろー」

「もうだいぶ戦ってますよ!」

「文句なら後でジェノヴァに言え」


 姿が良く見える程度の距離になった途端、ジェノヴァの駆けるスピードが上がり、みるみる敵を引き離す。彼女はそのまま、ライアの方に一直線。

 ライアは大剣を振り上げた。

 ジェノヴァもスピードを落とすことなく、走りながら背中から短剣を1本引き抜く。

 黄色の瞳と青の瞳が視線を交えて、加速。目の前に迫ったジェノヴァに向かって、ライアが剣を振り下ろした。肉を切り裂く音を立て、ジェノヴァの背後の敵が泡を吹いて崩れ落ちる。と、同時に、絶叫をあげながらライアの背後の敵が絶命した。


「んじゃ、後よろしく!」


 軽やかな足音を立て、みるみる小さくなる背中から視線を外し、ライアは苦笑した。


「はいはい」


 やはり、ライアはいつだってジェノヴァに甘いのだ。


「さっさと片付けるぞー」


 騎士達に声を掛け、ライアはまた剣を振るった。





 空気が、裂くように割れた。

 骸を目の前に、細長い剣が艶かしくも妖しい光を反射する。命惜しさに逃げ果せようとする男を、彼は容赦無く背後から串刺しにした。


 彼の剣を伝って落ちる血は、潰れた柘榴ザクロのような色合い。ゆっくりと地面を濡らし、なまぐさい臭いを放つ。

 紫の瞳が、にこりと、笑った。まるで、花でも咲いたような柔な笑顔だ。


「なんでまた、こんな場所任されてんの、俺」


 カルキがぼやく。

 彼の割り振られた場所は、宮殿の庭園。アルレミドほどの、王が絶対権力を持つ大国となると、庭園ひとつ取っても、湖が丸ごと入るのでは、と思うほどの大きさだ。


「俺の担当場所っていつも無駄に広いし、適当な指示しか来ないし。そこのところ、どうにかして欲しいよね」


 また文句を垂れながら、次々と斬り伏せて行く。

 こと切れた敵は、理解していないやも知れない。己が既に、人だったものと成り果てて、そこに転がっていることに。

 見開かれたまま、もう自力で閉じることのない瞳は、まるで硝子玉のように、昼下がりの晴れた空を映し出す。将又はたまた、赤に染まって行く眼前の地面をただ映し込むだけ。


 カルキは迷うことなく剣を振るう。彼は何にも囚われない。ただ、国と仲間と、自分の信じるものだけのために剣を振るうのだ。それを邪魔するならば、彼に殺られるだけ。簡単なことだ。

 また数人まとめてとどめを刺してから、ふう、と息を吐いた。


「あいつ、外周に幾つ出口があるのか、分かってんのかな。これをさ、隊を持つとは言え、部下一人に丸投げってどうよ」


 毎度、こんな思いしているな、とカルキは苦笑いをした。レイはいつも、カルキの腕を買ってくれている。それ故の無理難題には、もう慣れた。

 土を蹴って、敵に迫る。素早く、綺麗に、でも力強く。また一人、敵を斬り殺したその時、何かが風を切り裂いてカルキに迫った。すぐさま腕に力を込めて男の身体から剣を引き抜き、飛んで来た何かの側面を、叩くように斬る。カランと軽い音を立てて、それは塀に当たって落ちた。


「矢?」


 真っ二つに切れた矢が、転がっていた。敵のものだ。矢が射られたであろう方向に視線を送る。

 窓が並んでいる。そのうちの幾つかは角度的にも、十分狙える位置。カルキはその茶髪を風に靡かせながら、その窓の正面へとゆっくり回り込む。その姿は、屍転がる戦場を歩いているようには、見えないぬ優雅さを醸し出す。カルキが、歩みを止めた。


「出ておいで」


 やんわり笑う彼の表情は、恐怖を植え付け、心の隅にぞわりとした不可解な不安を沸き立てる。


「ね、いい子だから」


 馬鹿にされたと怒気に肩を震わせる男達が、カルキを囲むように姿を現した。屈強な敵数人に包囲されている状況にも関わらず、彼は嬉しそうにしている。

 親指で唇を撫でる仕草は妖艶。抜き払った細身の剣が、血を求めている。紫の目が、にんまりとまなじりを下げた。


「誰から、相手しようか」


 斜め前と、背後の男が同時に剣を振って襲い来る。カルキは手首のスナップを効かせて、彼等の腕と脚を斬りつけた。断末魔をあげる彼等を冷徹な瞳で見下ろし、蹴飛ばした。

 他の男を1人、振り向きざまに一太刀浴びせ、左手で殴りあげる。勢いで吹っ飛ばされた男は、また別の男を薙ぎ倒して崩れ落ちた。手前の敵の手首を斬りつけ、背後の相手を蹴る。蹴りは丁度、首に入ったようで、彼は気絶した。

 カルキは地を蹴って、剣を振り翳し、そのまま体重を乗せた重い一撃で、二人仲良く転がっていた男達を刺した。


 片膝をついて、ふう、と息をもらしたカルキの耳が音を拾った。突き出して来た剣をキン、と短い音を立てて、僅かに軌道を逸らさせる。

 目の端に映った矢の側面を手で叩く。手前の男の心臓めがけて放たれたカルキの刃が、鈍い音を立てる。

 射られた矢を幾つも弾き飛ばしながら、カルキは笑みを浮かべた。


「まあまあ、だね」


 目があった男は、一瞬動きを止めた。戦慄が走った。否応無く恐怖に支配されようとする己を叱咤して、優雅に歩いて来る彼を睨む。


 頰に彼岸花のような赤を咲かせて、笑う姿は、あまりにも不気味。

 風を切り裂く矢を一本、彼は見もせずに掴んだ。

 にっこりと笑顔を広げて、ゆっくりと開いた掌から矢を落とす。

 その時、矢の来襲が止んだ。ちらりと紫の瞳を窓の方に這わせる。


「さて、そろそろ終わりにしようか?」


 男の隣にいた味方が、いつの間にか、こと切れていた。地面にその血を染み入り、円形に広がって、黒ずんでゆく。

 咄嗟に距離をとった男は、なおもゆっくりと近づくカルキに警戒の目を強めた。

 カルキは、場面に伏せ、ぴくりとも動かない男の手から剣を奪うと、突如として、鋭い勢いで城の壁に突き刺す。そして、彼の長細い剣を、腰元の鞘に戻してしまった。

 男は訝しげに、眉をひそめ、強い眼差しを向ける。


「最近読んだ本にあったんだよね」


 カルキは鞘に左手をかけながら、男に向かって楽しそうに弾んだ声でそう言った。

 この場に不釣り合いな声音が相混じり、殊更、薄気味悪い。


「刀って、色々な技があるんだって。君、知ってた?」


 くすり、また彼の口許から洩れる。


「……っ」


 ぞわり、彼をおぞましいほどの殺気が襲い、男は臆した。全身の肌が粟立ち、血の気が引いて、顔が蒼白になる。


「失敗したらごめんね。何しろ、初めてだからさ」


 男が両手だ力一杯剣を握り、構えた。カルキはまだ、鞘に左手を添えているだけ。呼吸を整え、静かにそこに佇んでいる。

 男が土を蹴って、振り上げた刹那。紫の残影だけが微かに残った。

 ビシャッと白い壁に、赤い色が散る。抜き払った剣を、血がゆっくりと伝う。


「抜刀術」


 彼は甘く笑む。




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