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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
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闘争

「タツの旦那ぁ!」


 ハイジの側まで来たナルが敵を斬り伏せながら、驚きに声をあげた。

 ──この人が、噂に名高いタツの旦那!

 ハイジは目を丸くして、彼の精悍さの滲む顔をまじまじと見た。


 元軍特殊精鋭部隊第1班の所属の騎士で、ダカと同期の、伝説の軍人。機敏で豪快な剣さばきは天下一。数年前に突然騎士を辞め、宮殿御用達の武器屋を始めた自由人。

 彼は、ハイジの腕を引っ張って助け起こした。


「若造、呑まれるなよ。呑まれたら、死ぬぞ」


 戦場にいるのにも関わらず、格好は黒い半袖シャツの袖を捲り、手拭いを頭に巻いた軽装である。それでも纏う殺気は誰よりも本物で鋭い。獲物を狙う捕食者の眼差しには闘志が灯り、迫り来る敵を次々薙ぎ倒していく。


「剣を振り続けろ!」


 彼はまた、襲って来た相手を短剣を一薙ぎで瞬殺した。もう一人、と彼が斬り伏せようとした敵は、彼の刃が届く前にこと切れた。


「えぇー」


 タツの旦那は残念そうに声を洩らした。血に濡れたジェノヴァが、崩れゆく敵の背後からその姿を現す。彼は、ビュン、と短剣を振って血を振り落としながら、旦那を見て、眉を寄せる。


「まーたその格好かよ」

「だから、毎度言ってるだろ。気合いだよ、気合い」


 ただでさえ相手を取られたタツの旦那は、ふて腐れた顔で言い返す。


「ただ寒いだけだっつの。防護もできないじゃないか」

「その分機敏に動けるから怪我しないぜ」


 やはり、考え方が阿呆である。そんなタツの旦那に目もくれず、ジェノヴァは再び地面を蹴って加速した。一気にトップスピードにのり、的確に仕留めてゆく姿は正に圧巻である。彼の後方で次々と血飛沫が空を舞った。手首、脚の腱、首筋、顔。と、容赦が無い。

 それを見て、タツの旦那も闘志と対抗心をめらめらと燃やし、哮りの声をあげる。そして、そのまま敵の塊に体当たりするかの如く、突っ込んでゆく。


「元軍人の血が騒ぐぜぇ!」


 思うがままに暴れまくる彼を見て、日頃鬱憤でも溜まっているのだろうかと、ジェノヴァは溜息を吐いた。歳を食ったとは思えない、現役さながらの動きと目覚ましい剣捌きに、正直ジェノヴァも文句が言えない。


「呆れた。あのテンションで行くわけ?」

「の、ようですね」


 苦笑するナルが相槌を打った。

 ジェノヴァは風を伴って駆け抜ける。目指すは、既に仲間が戦っている、アルレミド中枢部、宮殿だ。





 力を込めた拍子に、敵の男の骨が砕ける音がした。絶叫と血飛沫をあげて地面に伏した敵から視線を外し、ライアは汗を拭う。


 彼は、アルレミド国の宮殿の正門の前に、腰を据えていた。黄眼の守護者と言わしめる、その防御力を発揮するだろうと配置されたのは、宮殿の周辺だ。

 城下の街から宮殿へ敵の兵を入れることを許さず、宮殿から逃すこともさせない。挟み撃ちされる状況に自らならねばならない、危険な場所である。

 こんな配役を、

「じゃ、頼んだぜ」

 と、さも当然の如く割り振ってくるリーダーは流石だな、とライアは苦笑した。


 自身の身長と同じ程度の大きさの大剣を振り回し、敵を幾人か壁に衝突させた。四方から迫り来る男達の剣を避け、身体を捻り、ありったけの力で斬り伏せる。耳障りの悪い音を立てて、一度に彼等は次々と絶命した。崩れ落ちた男達の後ろから、息をつく間も無く次の敵が迫り来る。その敵との狭間はほぼ、無い。

 大剣の柄で相手の胸をど突き、剣を回転させて、息を詰めた彼を横に薙ぎ払う。一歩踏み込み、それから、肩から腹まで一直線に叩き下ろした。男は身体が二分割される。吹きあがる血を浴びながらも、目だけはギロリと黄色が光る。


 覚悟!と喊声をあげながら接近した、巨漢の男と剣を交えた。刃を交えながら、競り合えば、食いしばった歯が音を立てる。珍しく、身体の大きさは相手の方が上だ。剣が弾けた音をあげて、飛び退れば間隔が空く。足元から砂埃が舞った。隙がない。遣り手である。


「ライア・ヘイリス。撃滅の七刃の守護神、か」


 睨み合ったまま、敵が口を開いてそう言った。じりじりと間合いを取ることは忘れない。


「へえ。俺のこと知ってんだ。光栄だな」


 ライアはそう言って、ハンッと鼻で笑い飛ばす。そして、軍の高官か、と目を細めた。この気配と腕の良さ、服の様子からして、粗方見当違いではなさそうだ。


「俺は、ユハ・ローガン。この国一の鉄壁王さ。お前の首を頂戴しよう」


 なら、と大剣を下ろしたライアに、ユハは訝しげに顔を歪めた。あげた顔に嵌め込まれた瞳が、柔らかい色を帯びていることに気付いて、眉を寄せる。殺気が、ない。変だ、とユハは警戒を強めた。しかし焦燥に駆られる気持ちに反して、剣を握る手は汗ばんで震えてくる。幾度も戦場を経験してきて、国中に名を知らしめたユハに、底知れぬ恐れを抱かせるなど、並大抵の剣士にはできない芸当。ライアは、殺気を纏わぬまま、ユハに近付いてくる。


「なら、守護神の方が上ってこと、教えてやらなきゃいけねえな」


 後ずさる脚を気合いで踏み留めて、ユハは目の前に歩み寄る男を見つめた。


 変だ。おかしい。何かが、おかしい。


 だらり、と大剣はぶら下げられていて。でもまだ、殺気はない。冷や汗が流れて行く。黄色の瞳と目があった。呑まれる、と思った瞬間、ユハは剣を振りかぶり、間隔を一気に詰めた。真っ直ぐ振り下ろした剣は擦りもせずに避けられる。勢いはそのままに、彼を追い抜くと、彼の背後から横薙ぎに剣を振るった。背後はがら空き。殺気もなく、隙しかない。


「え」


 キィンと空気の震える高い音が鳴った。片手一本で持ち上げられた大剣が、ユハの剣を受け止めていた。

 ──両手で込めた力を、腕一本で止められた、だと?

 ユハは急いで間を取るが、彼の一歩で間隔が無くなった。


「なぜだ……」


 何度も荒れ狂ったように浴びせかける刃が、いとも簡単にいなされてゆく。


「なぜ……っ!」


 何度も、何度も、どこから迫っても、彼は全て弾き返してしまう。連続する攻撃の狭間から見えた彼は、戦いの最中とは思えぬ、穏やかな表情だ。

 ユハは、必死の程で、距離を置いた。荒れた息を整え、ゆっくりとした歩調で歩いてくる彼を睨んだ。彼は、息すら乱していない。彼は、ユハの体力を搾り取っていたのだ。


「ぐあ!」


 突然、ユハを衝撃が襲った。目の前が一瞬暗くなって、頭の中が落雷を受けたようにピカッと光り、真っ白になった。髄が、痺れる。すぐに正気に戻るも、激しい痛みがユハの全身を襲った。咆哮に似た絶叫があげる。ライアの大剣が、ユハの身体を地面に縫い付けていた。彼はユハの目の前にいたはずなのに、剣を投げつけられたことに気付くことができなかった。何故なら、彼に殺気がないから。

 傾いでゆく彼の眼前に広がる青空。美しい蒼穹の空をバックに、彼の顔が霞んで映っていた。


「言ったろ?守護神の方が上だって。ま、なかなか面白かったぜ!」


 鮮血を振り落としたばかりのライアの耳が、音を聞いた。迫った男を振り返り様に斬りつけて、音のする方を見遣った。地鳴りにも似通った、大勢の足音。敵方の増援は嫌だな、と眉を顰める。……が。


「え、ジェノヴァ?何連れてきてんの!?」


 ニ人、三人、と斬り伏せながら、ライアは自分の方に向かってくる彼に、表情を引き攣らせた。


「ん?あいつ……」


 ジェノヴァの走るペースが遅い。


「引き寄せてやがる!」


 彼女を追ってくるのは、明らかに体格が良い、巨漢の兵ばかり。彼等をまとめてライアに任せようという魂胆なのだ。普段からジェノヴァと一緒にいれば、彼女の考えることなど、すぐに検討がつく。血を頬にべたりと付け、満面の笑みを笑みを浮かべている彼が、悪知恵を働かせていない方が可笑しいのだ。


 おいおいマジか、と深い溜息を吐いて、額に手をやるライアのことなどつゆ知らず、彼女は暢気に手を振ってくる。


「おーい、ライア!手土産だ!」


 やっぱり、とライアは肩を落とした。仕方なしに、背後を振り返る。そこには、ライアの隊の兵士達が、ライア同様戦闘を繰り広げていた。大柄な兵士が多く、皆大剣を携えている。

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