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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第五章
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闘争

「よし、全員揃ったな」


 低く太い声が朗々と野に放たれた。騎士団最高司令官、即ちトレジャーノンの軍のトップに立つ男、ダカだ。筋骨隆々とした肉体に日に焼けた肌。豪快な彼らしい笑みを浮かべるその男は、引き締まった顔付きに鋭い炯眼を備えていた。

 筋肉の筋が浮き出る太い腕を組み、彼は大きな簡易的なテーブルの前に立った。それを囲むようにして、軍特殊精鋭部隊の全リーダーが集っていた。そこにジェノヴァ達“七刃”もいた。既にウルバヌスの軍も到着し、配置等も決定している。あとは号令を待つだけだ。


「己の仕事を徹底的にこなすよう、お前等の部下達にも伝えておけ。注意を怠るな、ともな」


 彼の良く張った声が響くだけで、全員の緊張感と高揚感が高まり、士気が上がったことが肌で感じられた。特殊精鋭部隊のリーダー達は冷静な素振りをしているが、内心は戦いたくてうずうずしているようだ。流石は選りすぐりの戦の猛者達。

 ちらりと後方に目をやれば、大柄な騎士達に埋もれている小さな頭が見えた。仏頂面で必死に隠しているようだが、にやけているのが丸分かりだ。


「今回はよろしくね、レイ」


 すぐ隣に立った兄が持ち前の笑顔を花開かせて、弾む声でそう言った。本当に嬉しそうな声音に対して、噓くさい爽やかな仮面かおは、戦場にはおおよそ相応しくない。


「まさか兄貴と組まされるなんてな」


 レイは兄エディアルドと、城の中枢を突く、重要な任務に抜擢された。兄と共同の仕事など、初めてのことであった。


「だから、お兄様って呼んでって言ってるでしょ」

「断る」


 この調子で絡まれ続けたら気が滅入りそうだと、レイは人知れず溜息を吐いた。


「よし。行くぞ」


 短い言葉だったが、瞬時に空気が変わった。張り詰めていた空気は、誰しもが気圧されてしまう粛然さに。嬉しそうに笑っていた目は、ナイフのように鋭利に。端正な造形の口許には、揺るがぬ決意と雄邁ゆうまいな佇まいが滲み出る。


 ダカが扉を開け放った。同時に、部屋の中に煌々とした太陽の光が差し込んでくる。そこから一歩踏み出せば、眼前を覆い尽くす程の騎士達がずらりと隊列を組んでいた。壮観な光景だ。

 ダカが中央に立つと、彼らの視線が彼に集まった。旗が、上がる。彼の凛々しい眼がゆっくりと騎士達を見渡した。


「誇り高き、トレジャーノンの騎士達よ!」


 震撼が波動する。


「全身全霊を賭けて闘え!」


 呼応した騎士達の喊声かんせいが、地をも揺らした。

 満足気に笑むダカが、リーダー達に向かって頷いた途端、彼等は各々自分達の部隊の方へと四散する。


 ウルバヌスとアルレミド。

 古来から敵対してきた国同士の闘いの火蓋が、切って落とされた。





「よう、ハイジ!緊張してるか?」


 振り返った彼の顔を見て、サンジは苦笑した。


「……してるようだな」


 血の気が引いてすっかり白くなっている顔を引き攣らせ、挨拶をするハイジは、緊張していた。彼にとって初陣である上に、稀に見る大きな大戦。それらを考慮すれば、至極当然のことであった。


「俺等と同じ隊だし、サポートしてやるからリラックスしろって。肩の力を抜けよ」


 そう言ってバシバシと遠慮なく背中を叩くサンジに、ハイジは固い笑いを返した。先輩が傍にいてくれるのは心強いが、やはりそうは言っても緊張は和らがないものである。


「ほら、そういえば。憧れのジェノヴァ隊長の下に就けて良かったね」

「ナル先輩ぃー……」


 サンジ横から顔を出した彼が、柔和な表情でハイジに話しかけた。あらあら、と調子の悪そうな後輩を可哀想にと見遣る。


「ほら、しゃんとしないと。一緒に戦うんだから、ジェノヴァ隊長がハイジの活躍を見てくれるかもしれないし」


 ハイジがジェノヴァに憧れていたのは周知の事実だ。ジェノヴァがライアと行った練習試合を見てから、すっかり執心してしまった彼は、その日から短剣の特訓を始めた。そして、念願のジェノヴァの隊への所属辞令が下った先日は、浮かれすぎて同期に怒られたほど。


「はぁ、それは良かったんですが……。緊張が取れなくて……」


 困ったように表情を曇らせて、ハイジは頭を掻く。


「何話してんだ。もう戦いが始まるぞ」


 空から声が降ってきた。三人は破竹の勢いで、揃って顔を上げた。視線の先には太陽の光を背に受けて、屋根の上でにやけた笑いを浮かべている、美しい男。

 ジェノヴァ・イーゼル。

 金髪を風に靡かせ、深海の如く深いブルーの瞳を煌めかせるその姿は神秘的にも映る。

 撃滅の七刃の一人で、俊足の持ち主。そして、何と言ってもその名を国外にまで轟かせる、短剣二刀流の遣い手。ハイジ達が尊敬してやまない、隊長だ。


「隊長ぉー。こいつ初陣で、緊張でガッチガチなんすよ。なんか言ってやってください。このままじゃ、即死っすよ」


 サンジがひさしのように手を額に当てて、眩しそうに目を細めてジェノヴァに言う。隣でナルも、うんうん、と頷いた。


「緊張?そんなん慣れだ、慣れ」

「そんなぁ」


 アドバイスにもなってない。彼は片膝をついて、遠くの方に目をやっている。屋根の上からならば、だいぶ遠くまで見渡せるだろう。


「ハイジ」

「へ?あっ、はい!」


 隊長はいつ、ハイジの顔と名前を覚えたのだろう。


「お前は足が速い。剣捌きには意外性もあるし、その場に合わせた柔軟な対応もできる。安心しろ、お前は強い。戦っているうちに、緊張は解れる」


 何千人もいる自分の隊に入ったばかりの新人のことを、何故、これほどまで詳細に知っているのだろう。


「そろそろ始まるぞ」


 そう言う彼の表情は生き生きとして、声も弾んでいる。まるで、これからの戦いが楽しみで仕方ないといったように。

 その時、バァンッ!と地を揺らす程の爆発音が轟いた。


「始まりましたね」


 ナルが静かにそう返事をして、ゆっくりと鞘から彼の剣を引き抜いた。その隣では、サンジもいつもの明るい表情を引っ込めて、白刃を剥き出しにしている。慌ててハイジも、己の剣を抜いた。刃の太さは少々太いが、ジェノヴァ隊長と同じサイズの短剣。


 ジェノヴァが立ち上がった。日光が彼の背後からその姿をかたどる。紗となった光のベールが薄く煌めき、彼の纏う覇気と絡んで、降り注ぐ。彼は屋根の上から、己を囲む自分の隊の騎士達を満足げに見下ろして、唇で弧を描いた。その姿は正に神秘的。


「俺等の役目は、既に衝突した皆の援護だ!」


 轟音に負けじと彼は声を張り上げる。


「俺に続け!風の如く駆けろ!」


 ジェノヴァがひらりと屋根から軽やかに飛び降りた。タンという小さな音と、少しの粉塵だけ立てて、彼は着地。


「来い」


 燃え上がるブルーが風を切り、一斉にジェノヴァの隊が駆け出した。

 ジェノヴァの隊は勿論のこと、足が速い者と小回りの効く者で構成されている。短剣遣いが多いのもこの所為だ。彼等は戦場を旋風のごとく駆け回る。


 今回の対戦では、既に他の隊を衝突させ、相手に気を取られている敵にジェノヴァの部隊の者が援護にまわるという作戦だ。動きが速い為、人手の足りないところに素早く人員を補給でき、応戦中の相手は迫られても気付きにくいという利点も生じる。


 戦火の中に、矛のように突っ込んだジェノヴァ達は、彼の号令で四散した。彼等が個々に動くことで、今回は威力が存分に発揮される。


 ハイジも短剣を振りかざし、敵を斬りつけてゆく。しかし、立て続けに迫って来た敵に対応しようと身体を捻った拍子に、泥に足を取られ転倒した。眼前には敵の刃が迫っている。苦し紛れに剣を振りかざし、防御の体勢を取ろうとした時、旋風つむじかぜが通過した。次の瞬間には、肉を斬る音と共に目の前で鮮血が舞う。生温い赤が彼の顔や服に飛び散り、奇妙なまだら模様を作った。ハイジは、地面に尻餅をついた何とも情けない格好で、人影を見上げた。


「若造、怪我はないか!」

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