呪われた一族
彼は馬から飛び降りた勢いで2人を飛び越し、しゃがみこみながら背後の敵を斬りつける。振り返った2人は、ゆらりと立ち上がった彼を見た。豊かな金髪は、蒼穹の空に良く映えた。
「お前、なんでここに……!」
そう叫びながらジェノヴァを凝視するヴェイドは、彼女に近づいた。その間に彼を倒そうと近寄った者たちは、視線すら寄越されることなく、片手で斬り伏せられた。
「酷いじゃないか。置いてくなんて」
ジェノヴァは不貞腐れた表情で、文句を言う。ヴェイドはそんな彼女の頭を、所構わず叩いた。
「……お前は大人しく寝てろ!」
「やだね!」
「言うことを聞け!」
「うるさい、なんと言われようが、俺は出る!」
珍しく大声で罵るヴェイドを見て、ミルガは思わず笑ってしまう。その声を聞いて、ヴェイドの鋭い視線がミルガへと怒りの矛先を変えた。
「てめえ、何ニヤニヤしてやがる」
彼が低く唸る。
「お前もこんな声荒げるんだなーってねー」
終盤とは言えど、未だ戦いの最中である。軽口をたたくミルガも、忍び笑いを零しながら敵を斬りつけた。
「とりあえずっ」
6つの炯眼が、辺りを威嚇した。
「……片してしまおうか」
「お前、何故ここにいる」
騎士団本拠地。
今回の戦闘における、ウルバヌス陣営の拠点である。ジェノヴァは床にあぐらをかいて、ぶすっとした仏頂面でそっぽを向いていた。彼女の目の前には、椅子に座って静かに声を落とすレイ。極めて穏やかに質すその様子は、若干怒り気味だ。彼の指の爪がテーブルの上で一定の旋律を奏でている。
「いいじゃんか。体調も良くなったし、リハビリもやってたから剣も振れる。七刃の出番に一人置いてかれるのも寂しいしさぁ」
「マシになった、の間違いだろ?お前の体調は万全じゃ無い」
まるでいじけた子供。悪びれた素振りなど無い、膨れっ面のジェノヴァを、レイは見下ろす。隣で、まあまあ、と取りなすカルキが口を開く。
「素直に心配だって言えばいいのに」
事を収めるでなく、横槍を入れて尚更事態を掻き混ぜるカルキを一瞥で黙らせて、レイは深い溜息を吐いた。
「俺はジェノヴァの気持ちも分からないでもないよ。ほら、客人もいるし、ね」
そう言うカルキの視線が、縄で縛り上げられた男に注がれる。殴られた痕だろうか、服や体は傷だらけ、頬と瞼は腫れている。レイ達が捕らえたアルレミドの高官だ。見たところ、文官だろう。こいつはいいや、とレイはにんまりと悪魔的な笑みを浮かべた。武官に比べ、身体的苦痛に慣れていない文官は情報を吐きやすい。
「こいつは兄貴の方に押し付けろ。汚れ仕事が嫌だろうと、この緊急事態だ。どうせヤヒトがやる」
ライアが、顔から血の気を引かせた男を引っ張って立たせ、別室へと連れて行く。男の身柄を兵に引き渡しすぐに戻って来た彼が目にしたのは、言い争うレイとジェノヴァの姿だ。この数分の間に何があったのか。ジェノヴァにはよくあることだが、レイが声を荒げて怒るのは本当に珍しい。
「なんでこんなことになってんだ?」
「分からない。成り行き?」
ライアがカルキにそう耳打ちすれば、彼は首を竦めてみせる。最初は面白いと一歩引いて見ていたのだろうが、今はもう少々呆れ顔である。だが、烈火の如く喧嘩する2人の間に割って入って、止める気は微塵もないようだ。言い合った末に、遂にジェノヴァが部屋を飛び出して行ってしまった。ヴェイドが呼び止めるも、既に廊下に彼の姿はない。
「あーあ。いいの?」
扉にちらと視線をやって、カルキが聞く。
「ほっとけ。俺もあいつも頭を冷やす必要がありそうだ」
レイは冷めきった珈琲を口にした。不味い、と内心愚痴を零しながら、喉に流し込んで飲み下した。
「全く良くありませんよ。連れ戻してきて下さい」
その声に、ぱっ、と皆が揃って振り返る。
「リーカス!」
彼らが振り返った先には、糊の効いたハンカチで汗を拭うリーカスがいた。
「リーカス!来たのか!おつかれ」
大声で出迎えたミルガは、部屋へと入って来たリーカスの背中を思いきり叩いた。痛いです、と彼は顔を歪めて心底嫌そうな顔をしている。
「新たな情報、持ってきました」
「でかした」
レイが舌舐めずりした。先程激昂していた人物とは思えぬほど、怜悧さの滲む姿である。
まずは、とリーカスの薄い唇が開いてそう紡ぐ。彼の長く白い指が、3本立てられた。その隙間から、彼の黒曜石のような瞳が覗いている。
「俺が引き出せたのは、3つまで」
ミルガがテーブルに身を乗り出し、ヴェイドに襟首を引っ張られる。
「まずは、アルレミド国の不法取引についての証拠」
そう言って、部屋の端に丸めて置いてあった地図を掴むとテーブル上に広げた。それを全員で囲む。
「そして、人身売買でこの国に連れてこられた者達」
リーカスが、器用そうなその指先で、側にあったナイフを思うがままにくるくると扱う。その刃先は、鈍い音を立てて、地図ごとテーブルに突き刺さった。
「勿論、此処にあります」
「……アルレミド国、宮殿」
ヴェイドが、鋭い目を更に眇めて、呟いた。
「隠し通路を使わないと辿り着けない部屋に閉じ込められている様です。詳細は彼も知らない様でしたので、着いたから頑張って見つけるしかない様ですね」
「なるほど。……もう1つは?」
それを聞いて、リーカスは待ってましたとばかりに眼鏡を押し上げた。黒縁の奥で、目が目尻を下げている。そんな表情でも、底にはどことない冷徹さと底冷えを誘う無感情が垣間見える。
「よく聞いてくれたな」
「なになに、勿体ぶるなーっ」
「きっと、この情報を貴方は求めていたでしょう?レイ」
騒ぐミルガの頭を、カルキが押さえつける。そういう彼も、早く話せと目で促している。そして、彼が口にした言葉は、レイを固まらせた。
「もう1度、言え」
レイの紅い目は、大きく見開いていて。
そのただならぬ様子に、周りの彼らは、レイとリーカスの間に視線を集めさせた。リーカスが再度、紡ぐ。
「呪われた一族について」
レイの喉仏が、ゆっくりと上下した。爪が掌に食い込むほど、ぐっと、テーブルの上の拳が握られた。
「畏怖と倦厭の象徴。毒に近しい美貌で人間を陥れる、最恐最悪な一族。彼等の扱いはレイ達が仕入れてきた情報の通りでした。アルレミドの民衆の間では、彼等は絶滅し、伝説として語られているようですが、どうやら宮殿の高官の間で噂されている話とは異なるようですね」
顔を少しうつ向かせるレイは、彼らしくない。
「伝説の悪神を奴隷に持てば、その畏怖の力により強大な力を得られるという迷信を流したのは王室です。また、その希少価値ある美貌を手にするは、どんな財宝を手にするよりも、金と権力の誇示できると考えられているようです」
なんだそれ、とヴェイドが吐き捨てた。隣で、ミルガは気持ちの沈んだ表情を浮かべる。
「冷静に聞いていられない」
ライアは、普段の穏やかな性格を忘れそうになるほど、強い怒りを顕わにしている。
「奴隷として人間の尊厳を踏み躙るだけでは飽き足らず、政治に利用するなんて」
カルキは額に手をやり、苦痛の面持ちで顔を顰める。
「伝説は昔からアルレミド国内に浸透している様です。ジェノヴァが生まれるよりも、ずっと昔から」
リーカスが溜息混じりに零す。鋭利なナイフは、木のテーブルから引き抜かれ、元あった位置へと戻される。レイは音を立てることなく肺の底にまで、深く深く、息を吸った。
「伝説って、噂って、どんなものなんだ」
言いにくそうに、ミルガが尋ねた。慎重に言葉を落とす彼の様子は、申し訳なさそうに眉を寄せて浮かない顔だ。そんなミルガとは正反対に、リーカスは事務的な口調で続ける。
***あとがき***
新作ファンタジー作品『聖書を牙で裂く』を書き始めました。☟
https://kakuyomu.jp/works/16816452221121215688
素敵なレビューをいただき、またYouTubeに紹介もしていただきました。まだ数ページの新作です。ぜひご覧下さい。




