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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第四章
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自覚

 見上げる美麗な彼女が艶めいて、潤んで、光を纏う。


「好きだ」


 ジェノヴァが完全に固まる。彼女のうぶな反応に、レイからは愛しくて仕方ないという感情がだだ漏れであった。


「嫌なら、拒め」


 レイはジェノヴァを引き寄せ、彼女のふっくらとした唇に、そっと、食むようなキスを優しく落とした。どんな砂糖菓子よりも甘い口づけ。


 カーテンの狭間から降り注ぐキラキラと煌めく光が大理石の床に、重なる2人の影を静かに映す。


 ぎゅ、とレイの服を掴む彼女が愛おしい。少しだけ離した口から、微笑がその感情の代わりに溢れた。目の前の彼女が、ただただ、欲しい。その感情に引っ張られるようにして、甘い声を洩らす彼女にレイは何度も何度もキスを注いだ。


 自分の目を真剣に見つめる彼に、ジェノヴァはどきりと胸が高鳴るのを感じる。


「ジェノヴァ」


 なんて迷いのない、真っ直ぐな瞳。

 強い、紅の光。

 私の希望。


「愛してる」





「にしても、あの話未だに俺混乱してるんだけど」

「アルレミド国王が、若い奴隷を飼ってはいたぶる気色悪い趣味を持ってたって話?」

「うん、まあそれもあるけど、ジェノヴァが昔アルレミド国の奴隷だったって話。しかも、呪われた一族?とかなんとか、訳わかんねえ」

「レイがフィガラゼィア国のヴィル王子から聞いたことあるくらいで、誰も知らなかったもんね」

「それにしても、カルキはすんなり受け入れすぎだよ」


 ミルガとヴェイドの視線を受けて、カルキは困り笑いをした。


「実は、レイと二人でちょっと探り入れていたんだ」


 なにそれ、と非難と興味の混ざる声は、話を催促している。


「ハーヴィー・ムーンって知ってる?」

「裏社会の情報屋だよな?」


 ヴェイドが答える。


「そ。彼のところに行ってきた。居所を調べるのに苦労したよ」

「実在したのか……」


 ミルガは驚いてぱちりと目を丸くした。


「アルレミド国の情報すら持ってるっつー怪しい奴じゃないのか」

「うん。どちらかと言えば反アルレミド的な姿勢ではあるようだけど、信用ならない奴だったね。ジェノヴァは昔、彼を使って自分の痕跡を消したんだ。それからは、普通に情報屋と客の繋がりを続けているらしい」


 え。と、仲良く声を揃えて、二人が固まる。


「居場所を突き止めて報告した途端どこぞのせっかちさんがすぐさま乗り込もうとするから、俺が付き添ってあげた訳よ。ジェノヴァの事となると、彼は何しでかすか分かったもんじゃないから」

「あー……」


 ミルガも、彼のことを思い浮かべたのか、何度も首肯して賛同した。





「おいてめえ、アルレミドにジェノヴァの情報売ってねえだろうな」

「ちょ、レイ。狭い部屋なんだから剣振り回さないで」

「あらぁ?すごいすごい。ウルバヌス国の王子様と騎士様じゃないかい。遥々ようこそ、いらっしゃい」

「随分とまた気色の悪い部屋ですね」

「おや、綺麗な顔の割に毒舌だねぇ」


 底気味の悪い引き笑いをして、ムーンは楽しそうにしている。やけに大きな口がにまりと開いて、長い舌が唇をゆっくりとなぞった。そして、とんとん、と爪先でテーブルを叩く。


「ここが情報屋ってこと、忘れてない?王子様ぁ?」


 薄闇の中で赤眼をすっと細め、レイは徐にマントの下、制服のポケットに手を突っ込むと、取り出したものを迷いなくテーブルに置いた。


「おやおやおや。これは先王の妃が身につけていた代物じゃないかい?」

「レイ!いいのか?」

「ああ。ジェノヴァの安全が少しでも確保されるなら、これぐらいどうって事ない。それよりもアルレミド国と呪われた一族について、話して貰おうか」


 満足げに大ぶりな宝石があしらわれたネックレスを布で包み、引き出しに仕舞いながら、ムーンは歌うように先程の彼の質問を否定した。


「言ってないよぉ。ジェノヴァはうちの常連さんだからねー。でも、呪われた一族がまだ生きてるって話は、流してるけどねえ」

「なんだと」

「だって、そうでもしないとたかが髪の毛一本に値段がつくわけがないでしょー。アルレミドじゃ、妖精に並ぶ伝説級の異国民だからね。それも国王が寵愛していたともなれば、これほど箔がついて噂されることもなかっただろうよ」


 二人は深々と溜息を吐きたい衝動に駆られた。呪われた一族の問題はアルレミド国の悪事に根深く絡んでいそうである。


「とりあえず、この件に関して、七年前から今までの全て、話して貰おう」

「ひひひ。これは長くかかりそうだねぇ。夜が明けるまでに終わればいいけど」


 そして見事、彼等は暗く深い地下で朝を迎えたのであった。





「それから、幾つか情報操作を頼んで帰って来た」

「戦いの布石まで……ほんとちゃっかりしてる」


 でしょう?と笑顔を作ったカルキが、懐の時計を確認した。


「さて、久しぶりに七刃の間で会議だ。行こう」

「今日はジェノヴァの病室じゃないのか?」


 そんな呑気な質問を返したミルガを膝でどついて、ヴェイドが呆れたような表情かおをした。


「レイの話聞いていなかったのか。次はジェノヴァ抜きの作戦だ。あんなぼろぼろな奴連れて行けるか」

「一緒に戦略でも立てようものなら、病室から這ってでも戦闘に参加しようとしそうだもの」

「やりかねない……」


 3人は引き締まった顔に、困った友のことを案じるような、笑い物にしているような、微妙な表情を浮かつつ、会議に向かうのであった。

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