罠
それから4年後の12歳の秋、リーカスに出会った。彼に似合う色合いに森が染まる季節であった。
彼は、今でもそうだが、妙に大人びた子供だった。彼の飛び抜けていい頭の良さは幼い頃から顕著に現れていた。それ故に、戦闘時の砲弾の着弾地点の計算をさせられていたらしい。子供にやらせる事ではない。環境も大人ばかりで、歳を経るにつれて彼の無機質な性格に磨きがかかるばかりであった。感情の色が褪せた彼に、色彩を与えたのはこの2人だ。
不完全な彼らは、互いを互いで補って、支えにしながら育ったのだ。彼らに今でも孤独や不安を押し付ける者は途絶えないが、彼らはもう昔とは違う。仲間が、できた。
彼らが16歳の時、1つ年下のライアと2つ年下のミルガが、当時3人で構成していた軍特殊精鋭部隊第四班に入隊した。今の撃滅の七刃の前衛だ。レイとリーカスと3人で話し合い、騎士団の騎士達の中から引き抜いたのだ。弟ができたみたいで、くすぐったい気持ちがしたのを、鮮明に覚えている。それから2年後に3つ年下のヴェイドを引き抜いた。
そして、また4年後。彗星の如く現れた騎士、ジェノヴァを、彼らは引き抜くこととなる。
2人はまた、押し黙った。不安定な状況、自分の立場、内に秘めておけない感情。自分の気持ちの処理が追いつかなかった彼等は、どうしようもない、やり場のないそれを、ぶつけ合うことで処理しようとしていたのだ。
「ジェノヴァ、死なないよね」
「何言ってんだよ。あいつが易々と死ぬようなタマか」
「だよね」
花笑むカルキは、もういつもの彼だ。
「帰ってきたら叱らなくちゃ」
「たっぷりしてやれ。あいつにはお前の説教が一番効く」
「いーっつも俺の顔見てビビるんだからあの子。すぐヴェイドとライアの背中に隠れて難を逃れようとするし」
「よくやってるな、それ。お前が笑うとあいつの顔が引き攣る様子がまた面白い」
その前に、とカルキは自身の剣に視線を落とした。その刀身は月光の薄い光を纏い、鈍くぎらついている。
「うちの子に危害加えた奴らを、死ぬほど後悔させてやらなきゃね」
小さな音を立ててサイドテーブルに白い陶器のマグカップが置かれた。彼は大きなソファに腰掛け、眠る彼女をじっと見つめる。その瞳は不安げな影を差しながらも、それを上塗りするような綺麗な紅の色をしていた。
「この寝坊助」
頰を緩くつねっても彼女は何も言わない。起きていたら、彼女はその頰を熟れた林檎のように真っ赤に染めて、キャンキャン噛み付いてくるのだろう。おーじっ、と言って焦る彼女は怒っているのだろうが、やたら此方の悪戯心を刺激することを分かっているのだろうか。
ベッドの上には、すっかりブランケットが用意されるようになった。しょっちゅう医務室で夜を過ごすレイを見かねて、メイドのアリスが気を遣って置いていくのだ。無理矢理レイを自室に返すことは諦めたらしい。他のメンバーも必ず毎日見舞いに来ているようだ。ベッドの側に置かれる椅子も、簡易的なものから触り心地の良い大きなサイズのソファに、いつのまにかグレートアップした。
レイは、彼女の真っ白な手を取った。自分のよりも随分小さい華奢な掌は、すっぽりとレイのそれに包まれてしまう。
「ここのところ、色々あったんだからな」
お前がいないと、面白くないだろ。
「目を覚ましてくれよ」
これほどまで願ったことはない、というほど、彼は願った。意図せず震える手で彼女の手を握り、悲しみに歪む唇を強く噛む。いつもの強気な表情は欠片もない。頼む、と小さく落とされた願いは、誰にも聞かれることはなかった。




