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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第四章
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理由




 ウルバヌス国港街のシータでの戦闘から早2ヶ月が経ち、季節は冬を迎えようとしていた。頬を打つように吹く風も心なしか乾燥していて、身を刺すほどに冷たい。あれほど絢爛に花をつけていた木々も、すっかり葉を落として、執事やメイド達は日々木枯らしに吹かれるそれを掃除している。


 レイ達は、あの戦闘で捕らえた者たちの情報から、捕らえられた女達を全員解放させた。売られてしまった者達も今手分けして探し出している最中であるが、解決の見通しも立ち、アルレミド国の処理の方の仕事に追われている。

 遠国ラウスピクスの元侍女の騒動も、アルレミド国が仕掛けた罠だった。毒殺である。アルレミド国の常套手段だ。鎖国状態にあり、物資の流入が少ないあの国では、少量で人を殺す武器が不可欠だ。その背景から、毒や針などが発達し、昔から多く用いられてきた。ジェノヴァが敵と交戦した時も、兵士達は剣と共に針を使って交戦していたが、毒針でなかったことが不幸中の幸いであった。そのアルレミド国の侵略活動は今や、疑いのない事実である。


 このウルバヌス国は友好的な隣国である、フィガラゼィア国と協定を結び、戦に備え始めていた。国内では騎士の募集や武器の発注が密かに進み、大量の医療器具や大勢の医師、看護師、薬師も宮殿に呼ばれることとなった。そんな慌ただしくなった場内の活動伴って、次第に軍議や訓練は回数を増し、城内にも少しピリピリとした空気が漂っている。この世から戦争がなくならない限り仕方のないことだ。

 しかし、どんなに城内が緊張し始めていても、彼らは別だった。寧ろ、他の者達の気分を鎮めようと、リラックスしているように見せかけていた。朝からミルガとヴェイドは喧嘩を吹っかけ合い、ジェノヴァが巻き込まれて。それをライアが困ったように優しく笑い、レイとカルキが面白がる横で、リーカスが溜息をつく。そんな日常が今日も変わりなく繰り広げられていた。


「ヴェイド!お前の担当場所もっと北だろ!俺の敵が減っただろうがっ!」

「はぁ?何言いがかりつけてんだよ。お前の実力が足りなかったんだろ」


 顔を合わせた途端、食事も忘れて言い合いに発展するミルガとヴェイド。自分を挟んで喧嘩するのはいい加減やめて欲しいと、ジェノヴァはジト目を2人に向けた。今日2人はウルバヌス国とアルレミド国の国境で、彼らを追い払ってきたところである。


「ちげーよ、お前が定位置でちゃんと仕事しねえからだ」

「あー?ふざけんな、てめえの仕事が遅かったからそっちまで行っちまっただけだ。のろま」

「のろまぁ?そっちこそ頭すっからかんで剣だけ振ってりゃ良いと思ってない?ねえ、ジェノヴァ、俺とヴェイド、どっちが活躍したと思う?」

「……俺に聞くなよ」


 あの舞踏会の数日後、ジェノヴァはミルガに話がしたいと呼び出された。夜の宮殿の裏庭で、二人で噴水の縁に腰掛けて、話をした。告白かよ、と本来なら茶化したいところだったが、事が事だったので、大人しくだんまりしていたものの、彼の真面目な《《お返事》》に思わずジェノヴァは吹き出してしまった。年上とは思えぬその様子に、こっちが恥ずかしい、と洩らせば彼の反論が始まって、後はもういつもの調子が戻るだけだった。居心地の良いこの世界にこれからも居て良いのだと安心し、少し肩に入っていた力が抜けた。彼なりに一生懸命考えて伝えてくれたのだと、堪え切れなかった笑い声は風に乗って飛んで行った。

 

「今日のメイン、レイの好物だね」


 今日の夕食はいつもより少し遅い時間。目の前で繰り広げられるいつもの光景が、少し霞んで見えた気がして、ジェノヴァは目をこすった。


「俺も久しぶりに食べる。やっぱ美味い。毎日食いてえ」

「どうせ2日目にはもういらないって言いますよ、それ」

「今なら何日でも食える」


 そう言って、珍しく目を輝かせるレイを笑ってやろうと思って、ジェノヴァは口を開こうとした。しかし、結局唇は閉じられたまま。何故か開く気になれなかった。ひどい倦怠感を感じる。


「2人とも、喧嘩するのは後にして早く食事を済ませなよ」


 そうカルキに叱られて、ミルガとヴェイドは睨み合いつつも、フォークとナイフを手に取る。自分も、食べ進めようとしてそれから、ふとジェノヴァは気付いた。

……身体が言うことを聞かない。


「ジェノヴァ」


 向かいの席のレイが、訝しげにジェノヴァを見ている。眉を顰めて、不安そうな表情に変わる彼を見て、なんでもない、大丈夫、と言いたいのに、言葉がでない。

 その時、血がどくん、と脈打つのを感じた。身体が、内側から熱せられているかのようにもの凄く熱くなる。それに比例して、ジェノヴァの気持ちは深海に沈んでいくようだった。訳もなく寂しくて、悲しい。不安で、落ち着かなくて。でも、自分ではどうすることもできない。足掻こうとすればするほど苦しくなり、意識が朦朧としてくる中、ふと気付く。


あれ、息が、できない。


 ガシャンッ。ジェノヴァの手から食器の上に滑り落ちた銀のフォークが、大きな音を立てる。レイの瞳に、恐怖の色が走った。皆も、音に驚いて弾かれたようにジェノヴァを見る。笑って、なんでもない、と言いたいのに。ただただ、苦しい。身体が傾いで、重力に逆らえずに椅子から滑り落ちてゆく。


「ジェノヴァ!」


 ミルガが、持ち前の瞬発力で床に落ちる寸前のジェノヴァを抱き止めた。


「おい、どうしたんだよ!ジェノヴァ!」


 必死にジェノヴァを抱き締めるミルガ。応えようにも、喉からは、荒い呼吸音しか発することができない。恐怖に固まるヴェイド。震えながらもジェノヴァの容態を確認するカルキ。みんなが遠くに見える。目の前の不安に揺れる赤い瞳も、ぼんやりとしか見えないことが、急にどうしようもなく悲しく思えた。彼の震える手が頰に触れているのに、感覚がない。貴方の温もりを感じたいのに。


「ジェノヴァ!」


 視界は靄がかかったかのようにぼんやりとし、音も不明瞭になってくる。恐怖が膨れ上がる。掴まなきゃ、と思い、彼等に手を伸ばした。もう、何もかもが真っ暗だ。それでも尚、彼等に向かって手を伸ばした。レイ、貴方はこの手を掴んでくれるだろ?

 ジェノヴァの意識は途絶えた。

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