舞踏会
こんなに、俺を困らせるのも。
こんなに、俺をそそらせるのも、お前だけ。
笑いあっていたいのも。
触れたいのも。
ずっと一緒にいたいのも。
ジェノヴァ、君だけだ。
「あっ!レイ、見て!流れ星!」
ドレス姿なのも忘れて、無邪気にベランダから身を乗り出して、夜空を指差す彼女。こっちを見て、ニカリと笑う。上品さとは程遠いのにも関わらず、なんて魅力的に映るのだろう。誘惑的な仕草なんて何1つしていないのに、その笑顔にやられそうだ。5歳も年下にこんなにも惑わされるなんて予想もしてなかったと、レイは自身に苦笑した。
「落ちるぞ」
「落ちないしっ。俺の運動神経舐めんなってー」
なおもベランダの手すりにのしかかる彼女の腰に手を回し、引き下ろした。うわ、と声をあげるのも構わずに、手を引っ張って室内へと導く。髪飾りの、短く薄いベールを下げてやれば、彼女の目元が隠された。
「ちょ、どこ行くんだっ」
「舞台」
「はぁ?」
戸惑う彼女のイエス・ノーなんて、待ってやらない。待ってやる訳が、ない。会場の人は皆、否が応でも、第二王子と彼が連れている見知らぬ女に視線を集めた。そんな視線も意に介さずに、彼は彼女を会場の真ん中へと誘う。流れる優雅な音楽にあわせて。
「お、おい、目立つだろ!」
「わかんねぇって」
すっぱり言い返し、立ち止まった彼は、彼女の腰に手を回した。
「え、ちょっ、ダンス!?」
慌てふためく彼女に、思わずくすりと笑みをこぼした。
「無理だよ!」
「なんだよ、周りの奴らも踊ってるだろ」
「そういうことじゃないっ」
「あぁ、女側のダンスは知らないってことか。全部、俺に任せとけばいんだよ」
「そういうことでもないっ」
彼は噛み付くジェノヴァをあやすかのように、よしよしと彼女の背中をさする。
「ほら、ステップ」
ワンツー、と子供に教えるように囁く彼は、とても楽しそう。彼にリードされて、くるくると鮮やかなオレンジをひらめかせて踊る彼女も、次第に笑顔を見せ始める。
「なかなか上手いじゃねえか」
「言っただろ?俺の運動神経舐めんなよって」
「それは失礼致しました、お嬢様?」
「お、おじょっ!?」
びっくりして足を踏み外した彼女を片腕で引っ張りあげて、彼は笑う。なんて優しい、笑顔。ジェノヴァはその一瞬の笑顔に見惚れる。
「今夜は、全て忘れて」
その囁きは、砂糖菓子よりも甘い。ふわふわとした思考の中、ジェノヴァはそう思う。
「俺と過ごそうか」
片膝をついて手の甲にキスを落とす彼は。
私だけを見ていた。
***あとがき***
いつもご愛読ありがとうございます。
『ダウズウェル伯爵の深謀』がアンティーク系小説としてウェブサイトに開示させていただきました!




