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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第三章
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舞踏会




 ガシャン!と陶器の割れる音が響く。ミルガは耳の割れるような音量で絶叫し、ライアは石のように固まり、リーカスはカップを1つダメにした。


「お、お、お、女ぁっ⁉︎」

「……すまん」


 レイとカルキによって、6人の前に連れて来られたドレスアップしたジェノヴァに、3人は驚愕した。落ち着いた様子で表情も変えず、足を組んで珈琲を口にするヴェイドの胸ぐらをミルガが掴み、強引に揺する。ヴェイドは鋭い眼差でミルガを睨む。近寄るな、揺らすな、触るな、と脅迫しつつも、これは仕方ない、とヴェイドは溜息を吐いた。自分が知った時も、唖然として何も考えられなくなった。当然の反応だ。


「お、お前なんで驚かないっ?」

「え!いや!は?え!」

「はあぁぁぁぁぁっ!?知ってたぁ!?」


 ミルガは狂ったように、あたふたしながら独り言を連呼する。ライアは、カルキが目の前で何度手を振っても全く動かない。リーカスも、冷静に壊れたカップを拾おうとしているが、明らかに手元がおかしい。結局見ていられなかったレイが、どけ、と言って代わりに破片を拾いだした。カルキの差し出した袋に破片を入れて、レイは口を開く。


「来週に控えた舞踏会、こいつをこの格好で出させようと思ってな。どうだ。見慣れない姿だが、似合ってるだろ」

「もごぉっ!」


 カルキが反論しようとするジェノヴァを無理矢理抑え込む。今日のレイとカルキは、何だかご機嫌だ。


「いつも面倒臭がる舞踏会を快く承諾したのはそういう事だったのですか……」

「勿論ジェノヴァが女ということは、秘密だ」


 レイは、唇に人差し指をふわりと押し付けるジェスチャーをして、また笑う。


「女姿の時は別人として、振舞ってもらうってこと」

「ジェノヴァは公務で参加できなかったことにする」


 ということだ、と満足げなレイに反して、ミルガ達は未だパニック状態から抜け出せずにいる。カルキから解放されたジェノヴァは、彼らを見た。彼等は此方を見てくれない。一歩前に足を踏み出して正対し、ジェノヴァはゆっくりと深々頭を下げた。


「黙っていた事、本当に申し訳なく思っている」


 不安げに落とされたそれは、彼らの視線をジェノヴァに集めさせた。


「トレジャーノンの騎士として、軍則違反は大罪だ。この軍に入ると決めたのは俺の独断で、これは俺の身勝手が招いた結果。どんな処罰も受ける所存だ。勿論、この軍を抜ける事も当然の結末だと思う」

「俺は認めねえがな」

「こら、王子様は発言権が大きいんだから黙らっしゃい」


 彼の後ろではレイとカルキが小突きあっている。


「その…… 俺は、このままお前達に此処で生きていくことを許してもらえるのなら、騎士として今まで通り戦いたい」


 その青い目はとてもクリアだ。不安な色を浮かべながらも、素直で真っ直ぐで、曇り無く、友を捉えている。


「普通は今すぐ軍則に則って、俺は処罰されるべきだ。俺の思いを汲んで、レイがこのチャンスをくれた……。でも、もし、お前達が駄目と言うのならば、すぐにでも国王に報告しようと思う」


 その覚悟を決めた声に誘われたように、小さく1つ、空気を吸う音がした。


「どんな君でも、ジェノヴァは俺の親友で、俺の仲間」


 優しく、穏やかな低い声がかかった。頭を上げると、ライアがその黄色の瞳を柔らかく細めて、ジェノヴァを見ていた。彼は本当、いつだって、溜息を吐きたくなるほど優しい。そして、俺に甘いのだ、とジェノヴァは思う。

 七刃のメンバーの、丁度真ん中の年齢。自由過ぎる年長組とやんちゃ過ぎる年少組を抱えて、いつだって大変なのは彼だ。でも、それを全て受け止めてしまうのもまた彼だから。ライアはその包容力のある雰囲気で、柔い眼差しをジェノヴァに降らせた。


「そりゃびっくりだし、今もあんまり実感ないし、混乱もしてる」


 でも、と彼はにこりと人懐っこい笑顔を浮かべた。


「ジェノヴァだから。どんな姿の君も、受け入れなきゃって、思う」


 ジェノヴァだからだよ、と微笑む彼に、思わず涙が溢れそうになる。咄嗟に下唇を噛んで耐える。


「ったく、徹底的に隠しきれてないところが問題なんですよ」


 ライアの横で、リーカスが腕を組んで溜息を吐く。


「私に言えばよかったものを。絶対誰にも漏らさせやしなかったのに」

「リーカス……」


 彼の素直じゃない発言は不器用で、温かい。七刃の頭脳と呼ばれるだけあって、彼は桁外れに頭がいいし回転も恐ろしいほど早い。その代償と言わんばかりの口下手っぷりは、ヴェイドといい勝負。それでも、見せる優しさは、底の見えなほど深い。


「おい、俺にも知らせない気か」

「ええ勿論」


 レイがリーカスに詰め寄るが、彼は平然と返す。

 彼の一生懸命に語った言葉を刻み付けるように、ジェノヴァは記憶した。自身が消失するまで、忘れれることが、ないように。


「お、俺は……」


 全員の瞳が、緑の揺れる瞳を捉えた。


「俺は、その、……」


 じりじりと後退していた彼は、パッと身を翻すと脱兎の如く部屋を飛び出して行ってしまった。


「ミルガ!」


 彼を追おうと駆け出そうとしたジェノヴァは、ずてんっ、と呆気なく転んだ。履き慣れぬ靴に、着慣れない服。慣れるまでには時間がかかりそうである。


「ミルガ……」


 それらに足を取られて床に潰れたジェノヴァは、走り去るミルガを複雑な気持ちで見送った。





「説明、してもらおうか」


 その低い声は、月明かりの下白い輝きを放つ大理石の廊下に響いた。


「え、何、なんのことだ」


 騎士団団長、軍官のリーダーであるダカは、レイによって行く手を阻まれていた。


「レ、レイ?ユキが待ってるんだけど。ほら、あいつ、怒らせると色々大変だから、通して?ね?」

「俺の用件の方が優先だ。後にしろ」

「いやほら、怒ったユキ怖いだろ?分かるだろ?」

「知るかよ」


 必死にレイを越えようとするダカ。行かせるものかと、対峙するレイ。上背のある二人が対峙する事で狭くなった廊下の端を、心なしか肩を縮こまらせてメイドや執事達が通ってゆく。ダカの胸中は、待たせているだろうユキの機嫌取りのことでいっぱいだ。

 今晩は舞踏会。来賓も交えてのダンスパーティーだ。そのため、ダカもレイも、パーティー服に身を包んでいた。煌びやかなその衣装が月光を浴びて、柔らかく静かな光を反射する。


「ジェノヴァのことだ」

「ジェノヴァ?あいつがどうした」


 予想していなかった名前が飛び出し、ダカは動きを止めた。真正面に捉えた紅の双眸は、思いの外真剣で。ダカは怪訝そうに、綺麗な曲線を描く眉を顰める。眉にかかった一線の傷跡が引っ張られて歪んだ。


「あいつ、なんかやらかし……」

「お前も知っているんだろ。あいつが女だってこと」

「え」


 ダカの言葉を遮って放たれたそれは、彼の挙動を完全に固まらせた。


「あいつの父親なんだ。知らねえわけが、ねえよなぁ?」

「な、なんのことだ?」


 彼の視線は明後日の方を彷徨っている。なんて分かりやすい男なのだろうか。


「何度も言わすな。あいつが女である事について、だ」

「う……」


 豪快で快活。彼のいい面だ。しかし、こういう場面で嘘をつけないことが彼の最大の難点である。確定だな、とレイは不敵に口角を持ち上げた。

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