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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第三章
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本当の君

 軽い靴音が船の床で鳴った。そして鮮血が次々とオレンジ色の空をバックに舞い上がる。甲板を疾風迅雷のごとく駆け回るのは、撃滅の七刃の『蒼眼の旋風者』である、ジェノヴァだ。敵は、彼の俊足についていくことが出来ない。ジェノヴァは、囚われていた女達をライアに任せてから、その船の甲板へと足を運んでいた。ここが、ジェノヴァの持ち場だ。


 隣の船の甲板を見れば、既にミルガとヴェイドがザクザクと敵を斬り倒している。2人の暴れ具合に、どうせまた勝負でもしているのだろう、と推測し、ジェノヴァは呆れたように彼らから視線を外す。周りの船員たちから、少し間を空けるようにして、立ち止まった。ジェノヴァは腰を下げ、膝を曲げて前傾姿勢を作る。背中に両腕をのばし、シュキン、と2本の短剣を抜いた。陽射しを浴びて、研がれた刃がきらめく。くるり、と手の内で回転させ、それらを逆手に持った。突如、ジェノヴァはスピードを、ゼロからマックスにあげる。瞬きをする間も無く敵の1人に詰め寄ると、下から斜めに斬り裂く。そのまま敵の塊の中に突っ込んで行くようにして、次々息を吐く間もなく斬りつけてゆく。


 降ってくる剣を弾き返しながら、もう一方の剣で急所を躊躇なく刺した。

 喉を掻き切り、腹を裂き、目を潰す。

 頭をかち割り、骨をへし折った。

 その姿は、やはり、獣そのもの。男が繰り出した拳を腹に受け、吹き飛ばされるも、すぐさま体勢を立て直し、床に這いつくばって次の攻撃を躱す。力と人数では押され気味だが、技術は明らかに数段も上。ごろごろと床を転がり、飛んできた全てのナイフを躱した。転がったその勢いで起き上がり、近くの男を殴り、迫るナイフの盾にして集団に突っ込む。盾にした男の襟首を掴んで海へと放る。


 拳を避ければ服を掴まれた。刃を背後の男の胸に突き立てると同時に、服を掴む腕に歯を立てて噛みつく。身体を回転させて、近くの敵の頭をまとめて斬り割いた。


 その内の1人の腹を足台に、上空から頭を攻撃。再び誰かの肩を蹴って飛び上がると、腰からナイフを取り出し、放射状に放つ。それらは彼らの眉間に刺さり、一瞬にして命を奪った。着地するや否や、即座に男達に突っ込む。踊るようにして、全身を使いながら斬り倒してゆく。純粋な殺気だけが彼を包む。


 彼は、斬る。

 自分の身体が傷つけられても。口元に笑みを湛えながら。





 ジェノヴァは船の帆を引きちぎり、短剣にこびりついた血を拭った。音を立てて短剣が鞘に収まる。

 陽はすっかり落ちて、星が光を放ち始めていた。夜特有の海風が、彼の金髪を撫でてゆく。まだ、下でカルキは駆け回っているので、戦闘は続いているようだ。

 その時、僅かな殺気を感じ取り、ジェノヴァは目を光らせる。パタン、と少し離れたところで船内の扉が開く音を耳が拾った。ジェノヴァは船内へと静かに足を踏み入れた。


「女っ!?」


 通路の奥部屋から出てきたのは、女だ。その女の後ろから、ナイフを持った男。隠れていたか、とジェノヴァは歯噛みした。


「近づけば、こいつを殺す!」


 唾を飛ばすように叫ぶ男に女は怯える。ジェノヴァは、歩みを止めて彼を見つめた。ナイフの持ち方がなってない。素人だ。そう判断すると、ダッと一気に男の間合いに入った。ナイフを持つ手に短剣を振り下ろし、その間に素早く女の肩を抱き込むようにして引き寄せる。

 痛みに絶叫する彼を斬り伏せた時だった。シュンッと鳴る風を捉えて、ジェノヴァは咄嗟に女を庇う。彼女のスカートが広がって、こちらに向かってくるものが見えない。通路が狭く、このままでは女に当たる、と判断し、やむなく壁に体当たり。


「ぐっ……」


 受け身をとったが、声がもれる。女を抱え、床に転った格好のまま、ジェノヴァは腕を伸ばして短剣を投げつけた。グサッという音と共に、2階のガラスに血飛沫がかかった。


「あ、ありがとうございま……っ!」


 ジェノヴァの胸から起き上がった彼女は、騎士様!と顔を真っ青にさせる。彼女は、彼の胸元に深々と刺さるナイフを見て、震えた。着地と同時に、床に押されて更に深く刺さったのだろう。血溜まりが、とどまることを知らず、広がる。


「いい、平気だ」


 ジェノヴァは、起き上がり、女の背中を押しやる。


「このまま、奥に回れ。そこに俺と同じ白い制服の男がいる。……必ず、保護してくれる」


 でも、と動かない女を睨みつけて、ジェノヴァは、行け、と怒鳴った。彼女が駆け足で去ってゆくのを見て、ジェノヴァは自分の胸元に刺さるそれに視線を移した。流石にキツイ位置に刺さってるな、と自嘲的な笑みを浮かべる。壁に手をついて、ナイフを思い切り抜いた。血が噴き出す。


 傷口を手で押さえ、壁をつたうように歩く。そろそろ、みんなも撤収する頃だろう。自分で処置せねば、と急く気持ちで必死に足を動かすが、ちっとも前に進まない。膝が震え、指先の感覚がなくなってきた。血が、足りない。


「ジェノヴァ?」


 ジェノヴァは、うわぁ、と露骨に顔を顰めた。最悪の、タイミングだ。廊下の曲がり角から姿を現したのは、レイだった。その瞬間、ジェノヴァは身体を支えきれなくなり、膝から崩れ落ちる。


「ジェノヴァ!」


 彼が駆け寄り、床に伏せる寸前でジェノヴァを抱きとめた。レイの制服が胸から溢れる鮮血でどんどん真っ赤に染まってゆく。


「おい、どうしたんだよ」


 驚愕の表情で尋ねる彼に、言葉を返す余裕さえ、ジェノヴァにはもう残っていなかった。彼はジェノヴァを軽く引っ張り、自分の肩に腕をかけさせた。ジェノヴァは、1人で歩ける、と、なんとか掠れた声を絞り出す。


「何言ってんだ」


 2人で、静かな廊下を歩く。血に汚れたガラス窓越しに、明るい月が見えた。鳥の鳴く声も、聞こえる。足元をふらつかせたジェノヴァを、レイが片手で難なく引き上げた。無言で引っ張る彼は、強引なようで、触れる手は優しく、ジェノヴァを労わる彼の想いがひしひしと伝わってくる。

 ジェノヴァは重い頭を半ば強制的に持ちあげて、すぐ側にある彼の顔を見つめた。彼の頰には、1本の赤い線が走っている。土も付いているし、痣も少し。王子様がこんなぼろぼろじゃあいけない。拭ってあげなきゃ、とジェノヴァは手を彼の頰にのせた。ちらりと、レイは目を動かし、そのジェノヴァの手を自分の頰から外す。


「俺のことはいい。今は、自分の心配だけしてろ」


 そう諭すように、低い声が呟いた。その声を聞くだけで、ジェノヴァはなんだか安心する。彼はジェノヴァを抱えたまま、船を出て、作戦の拠点としていた建物に入った。地図の広げられた机、7人分の簡易な椅子、ボードに貼られた資料。それらを無造作にどかして、レイはスペースを作り、ジェノヴァをゆっくりと座らせる。壁にもたれかかって、ジェノヴァは息を吐いた。制服が赤い。レイのも。他の皆は、船員達の捕縛と情報引き出しの真っ最中か、女達の引き渡しや後片付けだろう。ここにはいない。

 レイがジェノヴァの前にしゃがみ込み、シャツに手をかけて、ジェノヴァはハッとした。まずい。このままだと、バレる!


「レイ。いい、俺は大丈夫だ、自分で出来る!」


 途端に慌てだしたジェノヴァに、彼は眉間に皺を寄せる。ここでバレてしまっては、この何年間の努力が全て水の泡。


「お前もうそんな体力残ってねえだろ。早く処置しねえと死ぬぞ」

「大丈夫だ、ほら、元気」

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