本当の君
空中で、何度もナイフと剣が交わり、高い音を響かせる。振動で側のガラスが砕け散った。床に足が着地すると、瞬時に間合いを詰め、細やかな剣捌きで競り合う。刃の狭間から火花が散る。横から邪魔するように視界に入って来た男は、飛び蹴りで横に吹っ飛ばす。力を剣に込めれば、ガチガチと刃が鳴り、互いの剣が少し欠けた。思わず、舌打ちする。キリがないと判断し、押すようにして跳び退り、間合いをとった。
「しつこい野郎だな」
後ろから風を切って襲い来るナイフを剣で素早く弾き返し、投げた輩の喉笛目掛けて刺し返す。的確に刺さったそれを確認することもなく、右手に駆けて、置いてあった椅子を蹴り上げて奥の男にぶつける。そのまま再びナイフの男と対峙した。
脇を締め、剣を構えて加速。ガキィン!と野太い音が再度響き渡る。男の太い腕がレイの服を掴んだ。レイは剣を右手だけで持って競り合いつつ、左手で腰から短剣を抜いてその手の甲を裂く。声をあげた男に、ここぞとばかりに短剣で畳み掛ける。男の太腿に短剣を貫通させ、右手に左手を添えて力を込めて剣を弾いた。
後方からのナイフを頭を傾けて避ければ、目の前の男の肩に刺さる。その拍子に腕に力を込めて、男を肩から腰まで斜めに斬り裂いた。男の血管が弾け飛んだ。太腿から短剣を引き抜き、振り向きざまに投げつければ、一番奥の男が眉間にそれを刺して、血飛沫をあげつつ絶命する。壁を蹴って剣を横薙ぎに払うことでバランスを崩させ、全体体重をかけて膝を思い切り踏めば、バキリと耳障りの悪い音を立てて、絶叫をあげつつ転倒した。ついでにそいつの利き手も踏んでおけば、暫く参戦してこないだろう。
息をつく間も無く、1番手前の男めがけて斬り込む。ペンが刺さった痕を容赦なく力を込めて叩く。続け様に顔をがっちり左手で掴んで机に強打させ、そいつの足蹴りを背中に受けたが、構わず横に吹っ飛ばした。手前から顎を腫らせた奴が、背後からは片足を引きずりながらもナイフを大量に構える奴が、襲ってくる。手前の奴と拳を喰らわせ合う。脇腹を相手の拳が抉っていく。後方からのナイフは、俺の腕とふくらはぎに切り傷を作り、血を滲ませる。手前の奴の腕を引っ掻くように斬りつけ、喉を手で強く押してから、剣でナイフを弾けば窓が次々と割れた。全てナイフを弾ききり、剣を後方の奴に向けて投げつける。猛スピードで空を切った剣は、鋭い音を立てて男を壁に縫い付けた。
捩った身体を戻す力を利用して、左の拳を頰に叩き込み、足は大外刈りの要領で彼を引っ掛ける。傾いた男の身体に重い一撃を打ち込めば、白目を剥いて意識を飛ばしている。身体同士の間に隙間ができた。自分はバク転のように上半身を仰け反らせて、足蹴りを顎に喰らわせる。ガァンッ!という音と共に、男は天井に身体をはめ込ませ、ピクリとも動かなくなった。
「……ふう」
伝う汗を拭い、レイはやっと息をついた。見渡せば、操縦室は屍が幾つも転がり、血の海と化して、見るも無残。壁に男を串刺しにしている己の剣と喉に突き刺さる短剣を回収し、屍を乗り越えながら、レイは船長室へと静かに近づく。中には人の気配。レイは拳を握り、ドアノブに向かって振り下ろした。
ガンッと大きな音を立て、重厚な船長室の扉が破壊された。
「やはり、お前らか」
枠から崩れ落ちた扉の奥に姿を現したのは、ウルバヌス国第二王子、レイ・フューアンブルー・シュリアス。その紅い瞳の瞳孔は開き、猛りを轟々と燃やしている。白い制服は返り血に塗れ、頰に傷をたたえながら近づいてくる。彼の薄っすらと浮かべる笑みは、妖艶でありながら氷よりも冷たく、悪魔より恐ろしい。瞳を窺うだけで底知れぬ恐怖が這い上がり、距離が縮められるだけで心の臓を掴まれるような緊張に苛まれる。
「貿易船の船長、カディング家秘書カシミア。そして、重鎮ハイディー」
「ゆ、許してくれっ」
3人は身を寄せ、彼の迫力と殺気に声もあげられず、ただ身体を震わせる。レイの剣が振りかざされた瞬間、バタリ、と音を立てて船長がこと切れた。それを目にして、カシミアとハイディーは目を見開き、短く悲鳴をあげる。立て続けに、彼の剣が振るわれたかと思えば、船長室には2人の断末魔が響いた。
「安心しろ。殺しはしない」
血を流し、床に伏せる2人は彼を見上げ、恐怖に身体を固まらせる。
「お前らからたっぷり情報を搾り取ってからのお楽しみだ」
彼の紅い唇が、曲線を描いた。
「酷いよね」
ドサリ、と崩れ落ちた男を前にして、彼は呟いた。この場に不釣り合いなほどの、柔らかい声でそう言った彼は、細身の剣を振って、血をふるい落とす。
「俺が、船から逃げる奴らの処分担当って……アバウト過ぎでしょ」
向かって来た男を、彼はまた上段から一気に斬り伏せる。
「これ、大型船が4隻あるって知っての割り振り?」
殺気にたぎる目を細めてにっこりと笑う彼は、『紫眼の刹烈者』、カルキ・フェルドリア。汚れてはいるが、戦場でも制服を綺麗に着こなし、状況にそぐわぬ美しい笑みを浮かべている。彼は、遠くに逃げる男を確認して地面を蹴り駆けて、退路を断った。
「ほんと、うちの主人は人使いが荒い。ねえ、君もそう思わない?」
剣を振り上げたカルキに、男は、ひっ、と情けない悲鳴をあげる。問いかけの答えなど必要としていない彼は、一瞬にして刃に命を吸わせた。
「4隻分の距離を何度も往復するの、本当大変なんだけどっ」
ザシュッと耳障りの悪い音を立てて、血を吹き出させながら男は果てる。カルキは、返り血に濡れた顔を上げ、素早く辺りを見渡した。船の側面から海に飛び込み、船員が塊になって逃げているのが目に入る。彼らと岸の距離、道路からの見えやすさ、陸地へのあがりやすさ、全てを頭の中で瞬時に計算し、即座に駆け出した。目的の場所への行きがけに、1人を袈裟懸けに斬りつけ、1人に拳を食い込ませて絶命させる。辿り着いたカルキの姿を見て、やっとの事で上陸した男たちは、嬉々とした表情をすぐ様絶望の色に染めることとなった。
「逃がさないよ」
彼らの先には、茶髪を夕陽に煌めかせ、汚れた白い制服を纏う男。彼は、優しげな表情に反して殺伐とした空気を発し、笑わない目をギラリと彼らに向ける。タッと軽い音を立てて、彼は間を詰めた。キンッ!と剣が交じる。何度もそれを鳴り響かせながら、逃げおおせようとする他の男達の頭に的確にナイフを喰い込ませる。剣を交わらせた男は、カルキの表情に恐れを膨らませた。
この状況で、何故、笑顔なのか。
顔に傷をつけながらも、にこりと微笑んだまま剣を振るう彼は。不気味。カルキは剣を傾けて、相手の力のバランスを崩させると、足を蹴り込み、剣で斬り裂いた。血煙があがる。次々と襲い来る攻撃を避け、飛びかかって来る男達を斬り伏せる。最後の1人の胸に拳をぶち込ませると、骨の折れる鈍い音と派手な水音を立てて、海の底へと沈んでいった。興味なさげに、それを見届けることなく、素早く船に視線を走らせる。
また、いた。
カルキは、再び地面を蹴った。




