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軍則第四条の罪人  作者: 南雲 燦
第三章
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本当の君

 ガチャリと鍵が鳴り、軋んだ音を立ててドアが開いた。男が大きな足音を立てて、部屋へと足を踏み入れた。そして、舐め回すように部屋の隅まで見、手前に座り込むジェノヴァに視線を止める。


「おぉ、上玉ではないか」


 感嘆したように言い、しゃがみこんでジェノヴァの顎を乱暴に掴む。彼の首から下がるペンダントをチェックして、輸出品には惜しいな、と呟き気味に零した。


「なんだ、その目は」


 瞳を見たのか、彼は額に青筋を浮かべて顎を掴む手の力を強めた。ジェノヴァの小さな顎から、ギリ、と歯が食い縛られる音がする。


「いえ……。死んでも貴方のものにはなりたくないな、と思いまして」


 反抗的なブルーの瞳が、男を下からめ付ける。男は、ジェノヴァを服の襟首を掴んで、彼を乱雑に持ち上げた。そして、ペンダントを思い切り引っ張る。白い首にチェーンがきつく食い込んだ。


「売り物のくせに、随分と生意気な女だな」

「誰が……売り物だ。あんたみたいな奴見てると反吐が出る」

「口答えするな。そんな強気でいたところでどうせすぐに売られる身だ。暫し悲しみに暮れるがいいさ」


 そう唾と共に汚い言葉を吐くと、男は床に叩きつけるようにしてジェノヴァを投げた。ジェノヴァは床で強か肩を打つ。ローズは思わず口から小さな悲鳴をあげてしまう。 食い込んでいたチェーンが喉元から赤い跡を残して離れ、大きく咳き込んだ。


「船長、行きましょう。もう出港の……、これはこれは。呪われた一族の女ではないか」


 姿を現したのは。


「ハイディー」


 大柄な船長の背後から、カディング家の重鎮、ハイディーが姿を現した。ジェノヴァは床に伏しながらも、片目を開けて確認する。猫背に、しわがれた声。その醜悪な面構え。間違いない。ネロ・カディングの城と、アルレミドの洞窟前で目にした奴だ。


「呪われた一族?」

「いえ。なんでもありません。ただ、この子はオークションにでも賭けたら高く売れますよ」


 胸糞の悪い笑いをする彼に、虫唾が走る。


「そうか、それは楽しみだ」


 女達がいることを確認した彼らは、去って行った。扉が閉まり、鍵のかかる音が鳴った途端、ローズが慌てて側ににじり寄って来て、手足が不自由ながらもジェノヴァを助け起こす。


「いってぇな、あの野郎」


 ジェノヴァは咳をしながら、忌々しげに吐き捨てる。


「貴方なら、反撃できたでしょう」

「まだその時じゃない。でも焦るな、もうすぐだ」


 真剣な瞳が、暗闇の中でメラメラと燃え上がるのを、ローズは見た気がした。床に叩きつけられた拍子に擦りむいててできた、頬の一筋の線から流れ出た血を舌で舐め、ジェノヴァは、12分32秒、と呟いた。燃えたぎる瞳をそのままに、勝ち気な笑みを浮かべてジェノヴァはローズを見つめ返す。


「絶対、お前らを助けてやるから」


 ついでに、フック船長の首も、もいで来てやるよ、と言う彼は本気でやりそうだったので、私の所には持ってこないでね、と釘を刺した。彼の温度が傍に近付き、吐息が耳にかかった。


「このナイフで足の縄を切っておけ。人数が多いから足だけだ。他の女にも静かに渡せ。こっそりやるんだぞ」


 ローズはナイフを受け取り、こくりと頷いた。


「あと、5分41秒」


 ジェノヴァは歌うように告げる。


「3分19秒」


 口元が緩い曲線を描いている。


「1分07秒」


 彼の指が踊るように床の上を弾む。


「25秒」


 そう彼が楽しげに言った時、ドアが誰かによって開かれた。思いもよらないタイミングに、ローズは肩を大きく揺らした。まさか、失敗になるなんてこと、ないわよね。そこには、1人の船員が姿があった。片手に持ったオイルランプを掲げ、女達を照らす。


「最終確認だ。全員ペンダントを見せ……」


 男が言い切る前に、ジェノヴァの体が旋回した。彼の足払いによって、彼は床へと傾く。オイルランプが落下して、パリンッとガラスが割れた。火が、木の床に移る。瞬間、ジェノヴァは手の拘束をするりと解き、船員の頭を持って、横の壁に向かって叩きつけた。大きな音を立てて、船員は大きな穴を壁に開ける。

 呆気にとられるローズ達の方を振り返る、彼のシルエットが廊下のランプの光を浴びてかたどられる。うーん、と彼は伸びをし、肩を回した。眩しさに目を細めて彼を見るが、逆光で顔はよくわからない。ただ、彼の口許がにやりとしたのは、分かった。


「さぁ!戦闘開始のゴングが鳴るよ!」


 ジェノヴァは声高らかに叫ぶ。ゴーン、ゴーンと、時計台の鐘が鳴る音が、遠くに聞こえた。


「この鐘は、午後のティータイムの報せだけどな」


 彼がそう言った途端。ダァァンッ!ともの凄い音と振動が船を襲った。一瞬、大きく船体が傾く。ローズは、はっとして、怯えでパニック状態の彼女達をなだめ、1箇所にかたまるように声をかける。足のロープは無事全員切れたようだ。メリメリ、と木の裂ける音を立てながら、部屋の奥から薄い光が差し込み始めた。土埃が舞い、女達の瞳に映り込む、その青さは焦がれていた色彩。外だ。女達の中からも、感嘆と歓喜の声があがる。ローズは久々に見るその明るい日差しと新鮮な空気に、涙が出そうになった。そこに、朗らかだが、逞しさを感じさせる声がかかった。ジェノヴァにとっては、馴染みの、安心できる声。


「お迎えにあがりました、お嬢さん方」


 彼の身長に並ぶほど大きな剣を肩に担ぎ、にこりと微笑む男が、背に光を浴びて立っている。


「ライア様っ!?」


 白い制服に銀のバッジ。右肩から広がるマントが海風を受けて、大きく、眩しく、はためく。長身で逞しい体つきの彼は、『黄眼の守護者』ライア。鉄壁と賞される腕前を持つ、撃滅の七刃の1人。ハンサムな顔に柔和な笑顔を浮かべて、部屋を半壊させた彼は女達に手を差し伸べた。女達は揃って目を見開く。と、いうことは、とローズはゆっくりと後方を振り返った。


「任せたぞ」


 ライアに向かって頷いたあの彼は、ビリビリと薄い素材で出来たワンピースを破く。その下から現れたのは、眩しいほどの白。陽の光が、彼の顔を照らす。


「ジェノヴァ、様」


 息を呑むほど澄んだ青い双眸が、ライアからローズに視線を移す。


「よくやったな。ローズ、お前はすごい奴だ。あとはライアに任せればいい」


 柔い笑みと白の残像を残して、彼は扉から駆け出していった。彼の去った方向を彼女は見つめ続けていた。立ち登る火が、彼の消えた向こう側とこちら側を遮ってゆく。


「お嬢さん、行きましょう」


 振り向けば、白い歯を見せるライアがその手を差し伸べてくれている。その手を取れば、明るい光の中に導かれた。しかし、彼女は途中で、はた、と歩みを止める。彼女の脳裏をよぎったのは、彼との約束。少し困惑した表情を浮かべたライアのオレンジに近い黄金の煌めきを持つ瞳が、どうしたんです、と問う。その麦の色に傾いた陽の光が差して、眩く反射していた。


「私も手伝います」


 驚いた面持ちでローズを暫し見たかと思うと、彼はにっこりと笑みを浮かべる。


「ジェノヴァと約束でもされたんですか。では、お願いしますね」

「はいっ」


 ローズは大きく頷くと、女達に早く船に乗るよう呼びかける。その時、バンッと扉が弾け飛んだ。ライアが彼女達を庇うように立ち塞がる。


「いたぞ!商品を船から出させるな!」

「守護神に会っちまうとは、お前達も報われないな。命が惜しいならば、今すぐ去れ」


 ダンッと音を立てて、大きく太い剣が床に刺さる。彼を取り巻く空気が変わる。威圧的な波動が、波打った。


「ここから先、指一本でも入れてみろ。全員まとめて地獄行きにしてやるよ」




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